可視聴域
橘 紀里
陰陽師、ロボット、耳
鳥の声っていいよねえ、と
それを見つめていた視線がちらりと彼の方に向く。いつも通り、やけに楽しげな、期待に満ちた色を浮かべて。
『ピチチチチ、歌うように』
ため息をつきながら彼がそう言って手のひらを上に向けると、薄い
「なるほどなるほど。可愛らしい声だ」
満足げに頷くと、春明はすっと指先で印を描く。ほんの微かに発光するように見えた何かは、他の計器には一切反応していない。「見えて」いなければないはずの不可視データは人間ならいわゆる『気のせい』というやつだ。
なのに、そこに確かに存在していた白い鳥は、その光に呼応するように姿を消して、だから彼は常に混乱する。そもそもその鳥が
「誰がポンコツだよ。そのために君がやってきたわけだろう」
『内部処理を
本来こんな異常データを検知すれば、彼自身の内部処理のバグが疑われて要検査案件だが、そもそも彼は春明の「耳」となるべく
そう、春明は耳が聞こえない。それも生まれつきではなく、半年ほど前に事故で聴力を失ったという後天的タイプだ。本人にしてみればかなりの衝撃ではあったのだろうが、今のお花畑な様子からはそのあたりは一切
「また考え中? 最近のロボットは繊細すぎて大変そうだなあ」
『繊細じゃない、精巧なんだ。あとロボット言うな。前時代的っぽすぎる。そもそもあんたみたいな変異種と共存させられるこっちの身にもなってみろ』
「だってロボットは人間のために存在するんだろう? お役に立てて光栄じゃないか」
『用法がおかしい。曲がりなりにもこの国を陰で支える陰陽師の
「何それ、
ケタケタと笑う様子はごく朗らかで、だからその闇を窺い知ることはやっぱりできないのだけれど。それでも、思わぬ問いが溢れてしまったのは、だいぶこの主人に感化されてしまっていたせいなのだろうと後から思った。
『なあ、耳が聞こえない、ってどんな感じ?』
そう尋ねた彼に、春明はほんの少しだけ目を見開いて、それから珍しく視線を逸らした。唇が微かに震えて、音を作るより先に思考が流れ込んでくる。同時に、何かを振り切るように春明は彼をまっすぐに見つめると、いつも通りに笑った。
「別に何も変わらないよ。目を開けていれば見えるし、こうして君と会話もできるしね」
『っていうか、そこまで普通にできるなら、何で俺なんか
電力や装置を必要することなく使いを顕現させることのできる非常識さは彼には全く理解できないけれど、便利なのは間違いなさそうだった。
「式は、おれの意のままになりすぎるからな。ちょっと不便なくらいでちょうどいい」
『不便て何だよ。超有能だろうが』
「そう、そうやって口答えしてくれるしね」
くつくつと笑う顔は屈託がなくて楽しそうに見える。いつだって前向きで、聴力を失っても以前と変わらずに朗らかだ、と誰もが言う。
だから異常な通信方式で流れ込んできて、言語に変換された信号は聞こえなかったふりをした。
『ひとりぼっちで、暗い箱に閉じ込められた感じ』
情報伝達だけなら文字情報で十分のはずなのだ。それでも、波形で音を知ろうとする意味を、きっと彼だけが気づいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます