第10話

 それは花束だった。

 青や紫、白で統一された花に、黒いリボンが掛けられている。これは間違いなく葬送の花束だ。

 それが地下水道の小脇に、ぽつんとひとつだけ置かれている。

 まさか置き忘れということはないだろう。十中八九、この場所に手向たむけられたものだ。

「……ここで誰かが亡くなったということか?」

 清掃中の冒険者が魔獣にでもやられたのだろうか。しかし死亡者が出るほどの危険な場所ならば、受注者の対象ランクはもっと引き上げられるはずだ。

「ギルドに戻ったときに報告がてら聞いてみるか。定期的に誰かが供花きょうかを手向けにきているんだったら、また受注してこの辺まで綺麗にした方がいいだろうしな」

 今日はもうそろそろ規定の時間だ。

 カミュは清掃道具を片付けると、地下水道の外に出て魔獣の死骸の入った麻袋を燃やす。燃えきったら火の始末をして、その場を後にした。



 ギルドに戻ると受付嬢に報告する。

 受付には今日もニィナが座り、のんびりとした口調で対応していた。

「カミュさん、おかえりなさあい。地下水道はどうでしたあ?」

「魔獣はそこそこ出たけどなんとか対応できたよ。今日はトンネルの入口から五十メートルほど奥まで清掃した」

「わあ。沢山ありがとうございますう。このあと地下水道に行って衛生値の確認が取れたら、それから報酬をお支払いしますねえ」

「これでギルドカードも更新される?」

「大丈夫ですよお」

 ニィナの返答に、カミュはひとまず胸をなで下ろす。ギルドカードは身分証明書のようなものだ。これがなければ他の町との往来も許されないし、そもそも町の外に出られなくなる。

「そうだ。地下水道に入った少し奥に花が供えられていたんだけど、事故か事件かあったの?」

「お花ですかあ? 子供が遊んでたんですかねえ」

「いや、それはないだろう。花屋で綺麗に束ねてもらったものみたいだった」

「ううーん。事故や事件の報告は今まで聞いたことないですけどお」

「そうか。ならいいんだ」

 何らかの意図があって置かれたものなのだろうが、その謎を解いたところでカミュには関係のない話だ。弔いの花束の背景を暴こうなど、死者を冒涜ぼうとくするようなものだ。

「それと、ロベルさんはいる?」

「ギルド長は二階のお部屋にいらっしゃいますう。お呼びしますかあ?」

「忙しくないなら頼む」

「たぶんギルド長はお暇ですよお。お待ちくださあい」

 ニィナは席を立つと背後の階段を昇ってロベルを呼びに行く。カミュ自身で行ければ話は早いのだが、カウンターの向こう側は職員しか入れない。

 ほどなくしてロベルが二階から降りてきた。

「どうした、カミュ。診察のことか?」

「いえ、地下水道の清掃をしてきたんですけど、そのことについて報告と提案がありまして」

 カミュの言葉に、ロベルはフロア内をぐるりと見渡す。冒険者の数はまばらだが、空いている座席はなさそうだ。

「診察室で聞こうか」

「ありがとうございます」

 扉に休診の札はかけたまま、ロベルとカミュは診察室へと入った。

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