第9話

 地下水道は思ったよりも薄暗い。

 町の外れに人工的に作られた小川がある。それをさかのぼっていくとそこそこ大きなトンネルの中へと続いていた。そこが地下水道の入口だ。入口には特に柵などがあるわけでもなく、誰でも入り放題だ。

「こんなに開放的な場所だと、魔獣も盗賊も住み放題なのでは?」

 などと疑問を口にしてみたが、周辺は憲兵団や傭兵団が巡回しているしおそらく大丈夫なのだろう。

 中に足を踏み入れると、地下水道特有のにおいが立ちこめている。カミュは少しだけ眉をひそめた。しかし請け負った仕事なのだから仕方がない。

 地下水道の清掃は全域が対象ではない。あまりにも広すぎるからだ。地下水道内であればどこでもいい、ここで三時間だけ一生懸命掃除をすれば報酬が得られる。短時間で済ませたいカミュにとってはうってつけの仕事だ。

 カミュはほとんど魔法が使えない。清掃箇所は入口付近にとどめることにした。

 三時間で終わるだろう場所に目星をつけ、そこにしびれ薬入りの餌を置く。手の届くところに消毒水をセットしたら清掃開始だ。

 冒険者ギルドで借りたデッキブラシでごしごしとこするが長年こびりついた汚れはなかなか取れない。他の低レベル冒険者たちも今までこの仕事を請け負ってきただろうに、さては皆、適当に掃除をしていたに違いない。

 二十分ほど壁を磨いていたがらちがあかない。

 ふうと一息ついてトンネルの入口の方を見ると、見たことのない野草が目に付いた。無意識のうちにその名前を鑑定する。

(サボニウム……洗浄効果、か)

 今ここで試してみたいが常にすり鉢を持ち歩いているわけではない。

 その葉を一枚摘み取ると、床に置いてその上からデッキブラシで磨いてみた。ぶくぶくと白い泡が出始める。

「おお」

 磨いたところに生活魔法の洗浄で洗い流すと、そこはすっかり綺麗になっている。しかも心なしか良い香りすらしてくる。今まで一生懸命磨いていたのはなんだったのか。

 効果が確認できたので早速サボニウムをいくらか摘み取る。全部取ってしまって絶滅させるといけないので、根や茎、葉もいくらか残す。

(これで地下水道を綺麗にしてしまえば、ある程度の期間は衛生状態を保てるんじゃないか? ロベルさんに相談してみるか。いや今は人員が足りないんだったか)

 そんなことを考えながら磨いていると、気がつかないうちに見積もっていた広さまで清掃が完了していた。

 途中でコウモリやラットが現れたが、持っていたナイフで十分対応できた。死骸は放置すると不衛生なので袋に入れて、あとで燃やすことにしている。

 ゲルも餌を食べに現れたが、しびれて動けなくなっているところに消毒水をかけるとしゅわしゅわと縮んでなくなった。野草の勝利だ。

「そうだ、使えるかどうか分からなかったけど……」

 すっかり綺麗になった壁のレンガの隙間に、カミュは持ってきた野草を押し込んだ。

 ヒカリゴケという淡く発光する植物だ。不衛生な場所では繁殖しないが、サボニウムで磨いた箇所ならば生息は可能だろう。この淡い光は低レベルの魔獣を寄せ付けない効果もある。

「定期的に掃除にきて、ヒカリゴケを植栽していくのもいいな。サボニウムを研究すれば、もしかしたら自動で洗浄なんてことも……あれ?」

 野草の活用について色々と思い巡らせていたカミュは、前方に何かがあることに気がついた。

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