第6話

 カミュは悩んでいた。

 ハンナムの治療のことではない。手元にある数枚の依頼票を見比べているのだ。

 ロベルは今月中に依頼達成をしておくように言ってきた。そこで看病のかたわら、空いた時間でいくつかめぼしい依頼を取ってきたのだ。

 とはいっても最低ランクが受注できる仕事は少ない。町内清掃、弱い魔獣狩り、町近隣での素材採集、などなど雑用が関の山だ。報酬もこの診察室で稼ぐ金額の方が何倍も多い。だからこそこの三ヶ月まったく依頼を受注する必要性を感じていなかったし、実際に仕事も請け負っていなかった。しかしギルドカードが剥奪されるのならば話は別だ。

「ここでの仕事もあるし、短時間で終わるものがいいけど……」

 討伐系なら角イノシシかゲルが対象だ。

 角イノシシは突進してくる特性があり、おまけに角まで付いているから当たればかなり痛い。盾役が必要になる。ゲルはぶよぶよとした得体の知れない生き物だ。物理攻撃が効きづらく魔法が必須。

「……どっちも厳しいな」

 ならば町内清掃はどうだろうと依頼票を取り上げてみたものの、清掃場所は地下水道ときた。水場の近くにはゲルが繁殖している可能性がある。おそらく魔法職が必要だろう。

 せめてソロでなければどれも難易度は高くないのだが、カミュにはパーティを組むような仲間はいない。

「残るは素材採集か」

 素材といっても近場の森ではなく、半日移動した鉱山で鉱石掘りときた。終日拘束されそうな依頼に、診察室の仕事と天秤に掛ける。うん、素材採集よりは町内清掃の方がいいかもしれない。

 魔法職を用意するために一時的なパーティでも募集するか、と考えていたところで診察室のドアがノックされた。

 朝から怪我人でも来たのだろうかと返事をすると、ひょこりと顔を覗かせたのは宿屋のアイシャだ。

「カミュ、ご飯持ってきたよ」

「ああ、ありがとう。昼食代はあとで女将さんに支払うね」

「あと草もいっぱい取ってきたよ。今朝は行けなかったんでしょ?」

「本当か? 助かるよ!」

 美味しい朝食と薬の材料を受け取ってカミュは満足顔だ。

 するとアイシャは診察台に横たわるハンナムを一瞥いちべつして首をかしげた。

「……あれ? この人……」

「ああ。昨日の夜ロベルさんに呼ばれたのは、この人が大怪我をしていたからなんだ。だいぶよくなってきたけどね」

「へえ、やっぱりカミュの魔法の水はすごいのね。それにしてもこの人だけど」

「どうしたの?」

 カミュが尋ねるとアイシャはこくりと小さく頷く。

「ほら、うちの宿屋って一階で酒場もやってるでしょ? この人ね、二、三日前にお店に来てた気がするのよね」

「そりゃ冒険者だから外から帰ってきて一杯引っかけたりもするだろう。同じパーティの仲間もいるようだし」

「それって小さい女の子?」

 アイシャに尋ねられてカミュは眉を寄せた。

 今朝、見舞いに現れたイザベラはすらっと背が高かった。それに出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる、いわゆるナイスバディというやつだ。肉体的にも年齢的にも小さいとは言えないだろう。

 そのことをアイシャに話すと、彼女はうーんと唸った。

「じゃあこの人のお子さん、なのかな? 一緒にお店に来てたのよね」

「だとすると、その子は父親が帰ってきてなくてさぞや心配してるだろうな」

「どうだろう。一緒にお店には来てたけど、途中でなんだか言い争って女の子だけ先に帰っちゃったの」

「そうか。あとでロベルさんにも確認してみるよ」

 いずれにしても家族がいるのならば知らせなければならないだろう。

 アイシャと少しだけ雑談を交わした後、彼女は宿屋の仕事へと戻っていった。カミュも机に向き直ると、受け取った野草の選別を始めるのだった。

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