第3話

 カミュは診察台の男に手をかざすと小さく唱えた。

「水魔法、洗浄」

 途端に霧状の水が現れ、体表についた血を取り除いていく。

 カミュが唱えたのは生活魔法というものだ。生きていくのに必要最低限の魔法はこれに分類され、この世界の者は誰でも使うことができる。まきに火を付ける着火、ランプに火を付ける灯火、などもこれに分類される。

 体表を洗い流すと傷が見えてきた。

「魔獣にやられたのかと思っていたけど、これは……」

 右の脇腹に深い切り傷があった。切り口が綺麗なので刃物による傷だろう、刺されそうになったところをギリギリで避けたか。

 今度は水魔法ではなく消毒水で傷口を丁寧に洗い流すと、ニットウ草をすりつぶしたものをそこに塗り込んでいく。綺麗な布で傷を塞いで包帯でも巻いておけば、数時間で綺麗になるだろう。

 右の肩にも同様の深い傷があったので同じように処置をする。

 次は腹部にある沢山のあざだ。これは明らかに殴るか蹴るかの暴行を受けた跡だ。内臓が損傷している可能性があるので、ゲットウ草で作った水薬を布にしみこませてあざに押し当てる。

「回復水がしみこんで内臓を修復するのに半日くらいだろうか。俺が回復魔法さえ使えていればな……」

 ないものを嘆いたところで仕方がない。

 次は足だ。右のすねが紫色に変色している。骨折の可能性があるのでこちらもゲットウ草の回復水をしみこませた布を巻いた。その上から添え木を当てて包帯で固定する。

 頭部に殴られた跡があったが、こちらは軽傷のようだ。冷やしていればおさまるだろう。生活魔法で氷を作ると、革袋に入れて頭部に当てる。

 あとは身体中に小さな傷がいくつもあった。振り回した刃物があちこちをかすめたのだろう。出血はあるが脇腹の傷よりは浅い。

 小さな傷ひとつずつに丁寧に薬を塗布していると、診察室にロベルが戻ってきた。

「状態はどうだ」

「一番深い傷は脇腹と肩ですね。ニットウ草を塗り込んだので二、三時間で綺麗になると思います。それと腹部に暴行のあとがあって、内臓が損傷している可能性があります。回復水を染みこませているところですが……回復魔法が使える人はいましたか?」

 カミュの質問に、ロベルは苦虫をかみつぶしたような顔で首を横に振った。

「小さな傷を治せる者はいるが、ここまでひどいものは無理だろう」

「そうですか、彼の体力が続けばいいのですが……。ところでロベルさん、これは魔獣にやられたものではないですよね」

 もしこれが魔獣の爪や牙の跡ならば、傷口はもっとギザギザになったり押しつぶされたりしている。この傷は刃物、つまり人によるものだ。

「カミュには伝えておこう。もしかしたら今後も同じような患者が出てくるかもしれないからな。……今、街の中で冒険者狩りのようなものが横行している」

「冒険者狩り?」

「夜中、街灯の少ない場所を通りかかった者を死角から襲い、金品を強奪していく。憲兵の巡回を増やしてもらってはいるが、犯人はまだ捕まっていない」

「今回が初めてではないんですね」

 カミュの質問にロベルはうなずく。

「今までは後ろから殴られるくらいで済んでいたんだ。金品を盗られた冒険者は泣き寝入りだが、傷の方は冷やしていればすぐに治るから、そこまで大事おおごとにはならなかった」

「今回に限ってなぜ……」

 カミュは診察台に横たわる男に目をやった。

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