始まりの終わり
卒業式のあとここに来たら今の続きを言う。
ということは卒業式までは何もないと考えるべきか。
「それまでおあづけか…」
自室のベッドに寝転がりながら壁に掛かっているカレンダーを見る。
卒業式まであと3ヶ月。
それまでに大学入試があったりと高校生にとっては極めて多忙な時期だ。
これなら3ヶ月なんてすぐだ。
俺は3ヶ月後を想像してニヤニヤしながら幾夜も越えていった。
※※※
そして桜が舞う季節がやってきた。
満開の桜の下でクラスメイトたちと写真をとったり泣いたり笑ったりしながら別れを惜しむ。
「隆太と俺は就職、清と優吾は大学か〜」
「俺らのこと忘れんなよ。つか飲もうぜ集まろうぜ」
「まだ飲めねっつの。忘れねーよ」
特に仲の良かった連中とひとしきり絡んで、俺は校舎の時計を見た。
「俺ちょっと行くわ、二次会には出るからさ」
えー、と不満そうな声を背に俺はその場を離れて静かな校舎へと上がった。
普段の賑わいが嘘のように静まり返った廊下をあるいていると自分の鼓動がやけにうるさく感じる。
保健室の扉には退出中のプレートがかかっていて、電気もついていないようだった。
しかし手をかけた扉には鍵がかかっておらず、がらがらとそれは開いていく。
「先生…」
カーテンの閉められた薄暗い室内には先生だけがいた。
いつもと違い白衣来ておらず垢抜けない服装でもなくぴしりとしたスーツを着て髪ももさりとしておらず全体的に整っている。
デスクのイスに腰掛けてはいたが、コーヒーのマグはない。
「来たか」
その表情はいつも通りだったがひどく優しい目をしているのが暗い室内でもわかった。
鍵、と言われて慌ててパチリと鍵を締める。
ごくりと唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
我ながら尋常ではなく緊張している。
「こっち来な」
まるで呼ばれるのを尻尾を振って待つ犬のような自分が恥ずかしい。
そろそろと先生の前へと立てば当然ながら先生がより近くにある。
「まずは卒業おめでとう」
「あ、ありがとう…ございます」
「大学も頑張ったな」
「はは、めっちゃ頑張ったよ」
気恥ずかしさに目を泳がせながら乾いたような笑い声を漏らすと、先生がすっと手を俺に伸ばしてきた。
「これだけ諦めが悪いんだ。根性あるよ全く」
首筋に手を添えられてぞくりと肌が粟立つ。
「…あの時の続きを言う。俺は…お前がよく知らな奴と付き合うのが嫌だ。教師として以上に…俺自身が嫌で仕方なかった。けどそれはつまりはそういうことだからそんなのあの時は言えるわけがなくてここまで引っ張ったわけだけど」
先生の目に俺が映る。
「もしお前が来なかったらそれまでだと思ったしそれでもいいとも思った」
膝が震えるかとも思った。
「でもお前は来た。それは、お前もまだ思ってくれてると受け取っていいな?」
俺は多分間抜けなツラをしていたと思う。
口は開きっぱなしで乾ききっていた。
「やっぱナシでってなったらナシにしてもいいけど」
「馬鹿言うなよ…」
俺は乾いた声を震わせた。
「ここまで来てそれはねえよ…」
「そか」
スラックスに突っ込んでいた手が俺の腰に回された。
「嫌なら突き飛ばせよ」
そういって腰を引き寄せると先生の顔との間の距離がなくなる。
突き飛ばす隙なんてなかった。
触れるだけのキスに頭が真っ白になる。
心臓の鼓動が唇を通じて伝わりませんようにと思いながら体を強張らせていると先生がフフッと笑った気がした。
温い感触が唇を割って侵入してくる。
「!」
衝撃に息をする隙を奪われ思わず先生の背中に腕を回し爪を立てた。
苦しさと羞恥心と情欲がないまぜになり目元には生理的な涙が浮かぶのを感じる。
侵入してきた舌に自身の舌を絡め取られて他人の熱だとか唾液だとかが伝ってくるのに耐えられず今にも腰が砕けそうになる。
くそ、こんなのまるで。
未だ経験したことのないそれを想起させるキスにただただ溺れていく。
時折漏れるどちらのとも言えない呼気が暗い室内に染み込んでいった。
ずる、と引き出されたそれは透明な糸をひいておりひどく淫靡なものに見えた。
先生はぺろ、と小さく舌を出して自身の唇を舐めるとなんでもないような顔をして見せた。
俺はといえば腰を離された途端にがくりと膝を折り半泣きで先生を睨みあげている。
「なんで睨むんだよ。嫌なら最初から断れよ」
「そういうんじゃなくて…っ」
まさかちょっと下が反応してしまって恥ずかしいとは言えない。
しかし先生は涼しい顔で俺をちらりと見て察したのかどうか「トイレの場所はわかるだろ」なんて言ってよこしてきた。
「なんでここまでなんだよ!」
すると先生は目を丸くしてハァ?と怪訝な顔をしてみせた。
そしてすぐにニヤッと意地の悪い笑みを浮かべる。
「これ以上も期待してたか。それは悪い」
1ミリも悪いとは思ってないだろう笑顔で続ける。
「まぁ、すぐに次々と経験しちゃつまらんだろ。俺も十代とヤる気はさらさら無いし」
「はっ?てことは」
「20歳まで無しってことだよ」
違う意味で頭が真っ白になる。
「年単位で待てってのかよ!そんなの…」
「あくまで俺とは、だよ」
先生が本当に悪魔に見えた。
禁欲的な淫魔に、だ。
俺は頭を抱えた。
しかしここまできて、あんな刻み込むようなキスをされてじゃあなんてとは言えないし言いたくもない。
「わかったよ!20歳になったら即行くからな!」
俺はキレ気味に宣戦布告を叩きつけた。
先生は無理すんな、なんて言ったけれど俺は俺の初めてを絶対に先生に熨斗をつけて送り付けてやる。
三井優吾、18歳の春のことだった。
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