3

外の運動部が終わりなのか片付けを指示し合う声が聞こえる。

廊下の方からは他の部活動も終わりのようでバイバーイみたく無邪気な挨拶が響いてきた。


俺は先生の顔を見ることも出来ぬまま、もはや痺れすら感じるほど冷たく組んだ手を握りしめている。

先生は何も言わない。

早く断って俺をここから解放してほしいのに。


ちらり、と盗み見てみれば先生も俯いたままもう空になったマグカップを眺めている。

しかし、ふいに顔を上げたので目が合ってしまいそのままそらせなくなってしまった。


「三井」


大げさかもしれないが、ギロチンにかけられた気分だ。

どんなふうにぶった切られるのか気が気じゃない。

先生は淡々と言葉を選ぶようにゆっくりと話しだした。


「まずな、俺とお前は教師と生徒という立場だ。それでもって…同性を愛することをおかしいとも悪いとも思わないが俺はお前を恋愛対象として見れないし見る気もない」


ああ、そうだよな。

そうくるよな。

これで終れる。俺の不毛な恋は。

苦しかったけど楽しかったよ。

これで明日からはまた気持ちを切り替えていける。




「ただな」


…?

俺はこのときまでひどく安らかな顔をしていた筈だった。


「好きになってくれたことは嬉しい。ありがとな」





「はぁ?」


俺は頭が真っ白になる瞬間を初めて経験した。

そして次に腹の底から湧き上がる炎に白い世界が灼き尽くされる。

俺はがばり、とソファから立ち上がった。


「なにそれ、何がありがとうだよ」


もう先生の顔をガン見しながら言葉を発せている。

ダメだ、と思いつつも頭の中で弾けた言葉が口から花火のように炸裂した。


「それ俺を傷つけたくなくていってんの?優しさ?ふざけんな、そんな優しさ今はいらねーんだよ。こっちはすっぱり断られてハイすっきり明日から心機一転のつもりだったのに何?中途半端に優しく締めやがって、先生として正解だと思った?知らねえよ!」


「ああくそムカつく。これから捌かれる魚の気持ち考えたことある?ああいうのは一思いにザックリやるからそれが唯一の慈悲ってもんだろ」


「あーありえない。先生、もうカウンセリングとかやらないほうがいいわ。乗ってもらってなんだけど余計傷つくやついるぜそれ」


怒涛の罵詈雑言を浴びせた後、俺は肩で息をしながら先生を見下ろした。

先生は少し目を丸くしたようだが間抜けヅラに見えないのがまた腹が立つ。


「…すいませんでした」


すとん、とソファに腰を落とす。

こうは言ったものの腹の中はぐちゃぐちゃだしぐつぐつと煮えたぎっている。

本来ならすっぱり断られてすっきりしてまた明日からよろしく先生、みたく目元に涙を浮かべながらも爽やかに気持ちにケリをつけるつもりだったのに。

こうも歯切れの悪い結果になるとは。


「先生、俺諦められないよこれじゃ。じゃあなんて言えば良かったなんて言うなよ…わかるだろ。今ここで言えないなら俺はずっと先生につきまとうからな」


先生は何も言わない。

ただ俺と目をじっと見ていて何が言いたいのかさっぱりわからなかった。


落ち着けよ三井、それじゃお前が辛いだけだとか考えてるんじゃないだろうな。


俺はそれを言われる前にその場から出ていこうとして最後に振り返って吐き捨てた。


「俺は本気だよ」




扉を閉めるまで先生はソファから立ち上がることはなかった。


視界が歪むのを感じながら、それでも学内で泣きたくなくて顔を隠すようにしながら丘の上にある公園を目指した。


普段は子供連れで活気に溢れた公園も夕方のこの時間には人気もなく丘を登りきったとこにあるベンチも空いていた。

俺はそこで蹲りながら泣いた。

号泣とまではいかずともまぁまぁ盛大に泣いた。

そして段々と冷静になるほどに先程の自分が恥ずかしくてたまらない。

先生の立場ならああ返すのが正解だろう。

俺を傷付けないように注意を払ってくれていたのだろう。

それをあの時からわかってはいたがせり上がる言葉を押し留めておくことはできなかった。


ああはいったがどんな顔で先生の前に立てばいいのだろう。

わからないが、俺はとにかくはっきりとした拒絶を貰わないといけないことはわかる。

来るな、とか迷惑だとかそれだけでいい。


好かれたかった相手に嫌われたいだなんて。


「俺、めんどくさ…」


そう言ってまた頭を抱えた。


そこまで考えてふと自分はどうだったかと思う。

女子に告白されてどう断っていただろうか。

思い出せる限りでは全く興味がなかったからはっきりと断っていた気がする。

あれもあれではっきり断りすぎてたまに泣かれたりもしてちょっとだけ悪いとは思ったが今考えるとあれで良かったのかもしれない。


自分の対応を思い出しながら自分は間違っていないと正当化する。

そうでもしないと恥ずかしさでおかしくなりそうだった。

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