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ずらりと並ぶボタンを眺めながら、俺はふと逡巡したのちいつもとは違うメニューを選んで押した。


「はい、ニンニクマシマシアブラオオメラーメンお待ち」


ドン、と目の前に置かれた脂がギラギラ輝くラーメンを隣でシンプルなラーメンを啜っていた友人が二度見した。


「それ食べんの優吾。珍し」


カウンターテーブルに置いてある割り箸の束からひとつ抜き取ってパキッと割る。


「たまには違うもの食べてみたくてさ」


そして勢いよく麺をすすり、噎せた。

想像以上に濃い味わいだが、旨い。

あの人はこれを好物と言ったが自分でもちょっとパンチが効いてると思うくらいなのだからあの人の年齢じゃ胃をノックアウトされやしないだろうか。

今度はちまちまとれんげにミニラーメンを作って啜った。





あれから嘘のように気持ちが楽になり、保健室に逃げ込むことも無くなった。

やはりストレスによる不調だったのだろうか。

そして話しただけでこんなにも楽になるものなのだろうかと自分でも不思議に思いながら日々を過ごしている。

現状は変わらず、どいつもこいつも息をするように普通普通言っているし女子に告られるのも止まることはない。

しかし息をしているのだと思えば気にならないし、好意を向けられるのも好きという感情が止められないものだと理解すれば仕方のないことだと思えるようになった。


まるで世界の光度が変わったかのようだ。


今日、俺は久しぶりに保健室へと足を向けた。

一応「友達の反応」を報告しなきゃ行けない気がして行ってみれば先生はデスクでコーヒーを嗜んでいた。

このコーヒーの香りも前よりずっと好きになった気がする。

以前はあぁコーヒーのいい香りだなとしか思わなかったのだが今はとても落ち着く香りに感じる。


「…だから今だいぶ楽になったって」


「そりゃ良かった」


俺が話し終えると先生はそうかと頷いただけだった。


「俺に相談して良かったって言ってたけどさ、先生の言う通りにしただけだし。だから先生のおかげ。ありがとーございました」


「いやいや」


「で、俺なんかお礼したいんだけどなんかある?」


「別にそういうのいらないから〜…でもどうしてもってならちょっとあとででいいから手伝ってくれ」


「うっす。何すんの?」


「力仕事」


放課後、俺は先生に連れられて備品倉庫へと向かった。

一人でやるのはさすがに骨が折れるとのことで俺は快諾し、消毒液やら薬品やらの運び出しや在庫チェックを手伝った。

最初は俺が重い物を運んだり力仕事を請け負っていたが後半になってからは交代し、俺がチェック係となった。

ダンボールの迷路の奥でガサガサやっている音を聞きながら、数を確認していた俺だったがうち一つの数が合わないことがわかり声を掛けた。


「先生、ちょっと数が合わないっぽいから確認してもらえませんか」


すると奥から先生が戻ってきて俺の持つチェックシートに顔を近づけた。


「どれ?」


「これ、つか先生そんな近くないと見えな…」


瞬間、声が詰まった。

俺をじろりと睨みつける先生と目が合ったからだ。


「なんだよ老眼だってのか」


本気で睨まれている訳では無いが、元より目つきがあまりよくないのに軽く睨まれるだけで随分と鋭くなるそれにびくり、と身が竦む。

というか今まで眼鏡ともさっとした垢抜けない外見から気付かなかったが端正な顔立ちをしている。

ビシッとセットすれば保健室に足繁く通う生徒が増えるのではないかとすら思うくらいだ。

顔が近づいたことで喉仏が結構はっきりしていることだとか唇が薄いこと、シルバーフレームの眼鏡と合わさってもさっとどころかスパッと切れそうな鋭利さを持っているところなんかが嫌というほどよく目に入って何故だかまずい、と思った。


「三井?」


声が詰まった俺を先生が呼ぶその声すら、今まで感じたことのない擽ったさを感じさせてくる。

この声で自分の名前を読んでほしい。

苗字の方でなく、下の名前を。


「三井、どうした。おい」


「え?!あっ、はいスイマセン!」


「疲れたか?もう終わりだから。ありがとな」


先生が俺の手からチェックシートを受け取る。

その際に少しだけ触れた指先が妙に熱を持っている気がして俺はなるべく自然に手を引いた。


そして作業を終えた俺は、倉庫の戸締まりをする先生と別れてその場から足早に去った。



帰宅した俺は、それまでずっと保っていた無表情を枕に抑え込みながら崩した。

そして制服のままだったがベッドに寝転がり声なき声を、サイレンサー奇声を上げたのだった。


今まで、自分に好意を寄せてくる女性らに自分の何がいいのかと聞いてノータイムで顔!顔で即落ちした!と答えてくる女性たちを正直軽蔑してきていた。

顔って、そんな表面だけしか見てないの丸出しじゃないか。

それなのに、今俺は…


いや、俺は顔だけがいいと思ったのではない。

ちゃんと相談に乗ってくれる誠実さだとか、頻繁に保健室に来る俺を見守ってくれる包容力だとかを考慮した上で、だ。


…そんなふうに俺は彼女たちと違うなんてことを考えようだなんてバカバカしい。

どんな経緯や理由があろうとこうなっては同じだ。


「クソチョロ…俺…」


冬の時代に煮詰まって冷え切った気持ちは春を迎えて今、溶けてだばだばと溢れようとしていた。

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