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俺が普通じゃないと気付いたのは小学生の頃だ。

当時、クラスで流行っていた番組に同性愛者の男性が登場した。

彼はオネエキャラでもなくただ同性が好きだというだけでそれ以外は他の出演者の男性と変わりはない。

しかしその彼に対して司会の初老の男性は執拗に彼に話を振った。その態度からはあからさまに「こいつがいかにおかしいやつかイジッてやろう」というのが見て取れた。

案の定、彼は同性愛者あるある的なネタを言わされその度にスタジオからはもはや悲鳴に近い感嘆の声が上がった。

それを見ていた子どもたちは案の定、「同性愛者というのはおかしい存在」とインプットしてしまう。そして子供というものは残酷なまでに自分たちと違う存在を排除しようとする。

おとなしく内向的な同級生に向かって、意地の悪い男子がイジる光景をよく見るようになった。


あいつさー、女興味ないんだって

なにそれ、ホモ?

うわーキモい


自分が当事者にされることはなかったが、そういう扱いを受けている現場を目の当たりにして背筋が寒くなった。

自分は女の子に興味がなく、どちらかというと学年主任の30代後半の男性の方が気になっていたからだ。

しかしこれは子供の世界の話だと無理矢理に自分を落ち着けながら家に帰り更に衝撃的な会話を耳にしてしまう。


「この歌手、最近変わったな。前は男らしかったのに今は完璧にアッチ系じゃないか」


「実際カミングアウトしたらしいわ。気持ち悪い」


あの瞬間から俺はどこにも安寧を見いだせなくなったと言える。

精神的な孤独に苛まれ続け、誰にも相談性のない世界で肩身を狭くして生きていかざるを得なくなったのだ。

しかし世界はそれを俺に許さなかった。

小学校高学年から中学にかけて背が伸びた俺を女子たちは恋愛対象に見始めたらしく頻繁に呼び出しを受け告白された。

俺はいつもそれを絶望的な気持ちで聞いていた。

答えは決まっている。が、中にはなんで?と詰め寄ってくるのもいて一度好きな子がいると断ったら誰?とまで聞かれた。

困った挙げ句、誰も知りようがない小さい頃引っ越しで離れ離れになった子という架空の存在を生み出すことで事なきを得た。

ただそれはまだまだ小さいうち限定というか更に成長すると女というものはより手札を増やしてやってくる。


そんな小さい頃のこと、相手も覚えてないよ。思い続けるだけ不毛。だったら私と…


実際の俺はもっと不毛なのだ。

ほうほうの体で毎回断っている有様だ。

何故、異性と付き合わなければならないのか。

ずっと疑問に思っていて吐き出してしまいたい衝動にかられているがそうしない。


結局俺は臆病で、反抗する気合すらない軟弱野郎だ。

そんな俺は一生幸せにはなれないのだろう。

数多の女子の想いを無下にしてきた俺の罰だ。





倒れたあの日以来、気分が悪くなることが増えた。

俺ぐらいの年齢なら気分が悪くなることもよくあることと思われているらしく担任も保健医も当たり前に俺を保健室に送り出し迎え入れてくれる。

俺はそれが有難くて保健室の常連となっていた。


「なぁ三井みつい、カウンセリング受けてみないか」


「へ?」


その日もベッドに横になろうとしていた俺に向かって保健医の男が言った。

すっかり常連と化し、名前もすっかり覚えられているが俺の方は未だ彼の名を知らなかった。


「二階にスクールカウンセリング室あるだろ。あそこ。その怠いってのも心理的なものかもしれない」


「あー…」


「カウンセラー、女の人だしその方が話しやすいだろ」


俺はそこでうっ、となった。

あまり女性が得意ではない俺はいくらカウンセラーといえど心の悩みなど到底話す気にはなれない。


「…いや、いいっすよ。別に鬱とかいじめとかないですし」


しかし、恐らく心因性のものだというのは十分わかっている。話したい気持ちはあるのだ。

そこではたと閃いた。


「先生に話したい」


「俺?」


保健医の男は目を丸くした。

女性が単に苦手、ということもあるが女性というのはやたら勘が良い。その点男に苦手意識はないし女性ほど勘も良くないはずだ。

それに保健医はここ最近保健室の常連となっているからか同じ空間にいて落ち着くのだ。


「俺でいいならいいけど専門じゃないからな」


「いいよ、大した話じゃないから」


それなら、と保健医はカウンセリングというか相談にのることを了承した。

来週の水曜日、俺は今まで心のうちに秘めていた事をぶちまける。


ただし、あくまで俺のことではなく俺の知り合いの相談にのっているがどう対応すべきか悩んでいるというテイでだ。

俺はその日、保健室を後にする際初めて入り口脇に掲げられたネームプレートを確認した。


石田いしだ、先生か」








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