STOP〜まだまだ〜

佐楽

君と出会う季節

1

「ていうかさ、ありえなくない」

「普通はそうするっしょ」

「普通そうだよね」


普通普通うるせえな。

ちょっとした雑談すら拾ってしまうほどにはそのワードに過敏になっている。

家でも学校でも頻繁に交わされるその言葉は俺にとっては呪いの言葉だった。

どこの誰が言ったか、普通が一番。

そうなんだろう、この世界においては。

高望みせずありふれた普通がなんやかんや一番幸せになれる。

本当にうるさい。

その時、尻ポケットのスマホが震えた。

見てみればクラスの男子グループメッセージに通知が来ている。


優吾ゆうご、お前は中曽根さんの告白断ったんだって?

何で?

お前今付き合ってるコいないやろ

中曽根さんマジいい子だし普通OKするだろ


勢いでグループを退会しそうになるのをなんとかおさめて適当にメッセージをうつ。


俺にも選ぶ権利あるだろ

中曽根さんがいい人なことは知ってるけど


送信すればすぐに返信が来た。


これだからモテるやつはよぉ!

選びようがない俺たちのことも考えてください

傷つきました

(泣いてる何かのキャラクターのスタンプ)


うぜえ、うざすぎる。

悪意が無いのが余計たちが悪い。

もういっそ俺にも選ぶ権利があるのとこだけ切り取って女子のグループメッセージに流すでもしてくれ


ふと、目の前がくらりと揺らいだ気がした。

なんだこれ、貧血か。

朝飯ちゃんと食ったはずだけど。


「くそ」


少し立ち止まってれば治るはずだ。

けれど目の前のノイズはどんどん酷くなり耳鳴りまで追加されてきた。

まずい、と思った瞬間にはもう遅く。

手から転げ落ちたスマホが廊下に打ち付けられる硬質な音を最後に俺の意識は暗転した。




段々と視界が白んでくる。

ゆっくりと目を開けてみればま白い寝具に包まれていた。

家で使っているものではないからここは。


白いカーテンの向こうから温かい陽射しが感じられて、外で体育でもやっているのか賑やかな声が聞こえる。

そこでふと鼻を擽る香りが漂っていることに気付いた。

コーヒーの香りだ。

コーヒーの香りは好きだ。何故かとても落ち着く香りだった。

俺は起き上がると壁に掛けられたブレザーを下ろして羽織る。

上履きを履いてベッドから立ち上がり、めまいなどの不快感がなくなっていることに安心してカーテンを開けた。


「おう、具合はどうだ」


そこにはデスクでコーヒーを嗜んでいる男がいた。

保健医のなんとかって人だ。あまり保健室を利用したことがないので名前は知らない。


「あー、大丈夫っす」


そ、と男はまたコーヒーの入ったマグカップに口をつける。


「あの、俺どうしたんですか?倒れたっぽいのはわかるんですけど」


「倒れてたのを女子生徒が見つけてな、自分じゃ運べないからって俺を呼びに来て俺がここまで運んだ。見たとこ頭打ったりはしてないみたいだが痛むところはないか」


幸いにして打ちどころは良かったらしく痛む箇所はない。


「大丈夫です。ありがとうございました」


「スマホ、そこに置いてあるけど中は見てないからな」


そこで初めて、スマホの所在に注意が向いた。

ベッドの脇の棚の上にあるスマホに傷がないのを確認し、スリープを解除すると先程のグループメッセージの画面が映し出された。

そこには大丈夫か?などという自分の安否を心配するようなメッセージがずらりと並んでいたが、ふと先程までのやかましいやりとりを思い出してしまい返信を打とうとした指が止まった。

もう今日はあいつらに会いたくない。

既読だけつけたがそこは大して気にしないだろう。

一晩置けばまた新しい話題に移り変わっているだろう。

俺にとっては倒れるほどのストレスの一因だろうがあいつらにとってはただの今日の話題に過ぎないのだから。


「あの、やっぱちょっと気持ち悪いんで横になってていいすか」


「大丈夫か」


「寝てればよくなると思うんで。やばくなったら声出します」


そう言うと保健医の男はベッドで横になることを許可してくれたので俺はそれに甘えてベッドに戻ることにした。

誰かベッドを必要とする奴が現れたら退けばいい。

そしてまだ温かみの残る布団に潜り込み目を閉じればあっさりと深い眠りにつけてしまった。


保健医に揺さぶられて起きる頃には外は真っ暗で、もうそんな時間になっていたのかと驚きながら彼と保健室をあとにした。

眠っている途中、担任が様子を見に来たということを話しながら保健医は教職員用出入り口のほうへ行き俺は生徒用の玄関に向かった。



帰宅するとすぐに夕食になった。

夕食の席で俺が学校で倒れたと連絡を受けたと言われたが、特に大事でも無いようだということと仕事を抜けられそうもなかったから迎えには行かなかったと言われた。

俺としてはそれで良かった。実際大事ではなかったし今はあまり誰とも関わりたくなかったから。


「あんた食細いしね、普通あんたぐらいの男の子ってもっと食べるんじゃないの?木崎さんちの良樹くんなんて漫画みたいな山盛りご飯食べるみたいよ」


出ました、普通。

俺は腹の底がずくりと重くなるのを感じて早々に食事を口に詰め込むとさっさと食器を片付けて二階の自室に閉じこもった。

食後すぐ横になるのは良くないらしいがあまりの怠さにベッドに横たわれば白い天井が頭上に広がる。

どいつもこいつも普通、普通と普通を乱用しすぎだ。

それがどれだけ俺を苦しめることが塵ほども考えない。

いや、あまりに普通すぎて思いもよらないのだろうな。

かわいい女子からの告白なんか嬉しくて普通はOKするし、育ち盛りの男は山盛りの飯を食べるのが普通で。


俺がどんなに頑張ってもその普通になれないことなんてあの人たちは思いつきもしないだろう。


なんたって俺はあの人たちの考える普通じゃないのだから。

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