第8話 進化


 私は毎日巣穴を襲い、子蜘蛛を狩った。

 最初の内は要領がつかめず、親蜘蛛に見つかる時もあった。

 彼らにつかまれば、私がご馳走にされてしまう。私は必死で逃げた。


 力ではかなわないけど、スピードは私の方が上だ。不意打ちでもされない限り、彼らにつかまることはない筈だ。


 子蜘蛛を食べるのは、一日一匹でよかった。早めに狩りが終われば、後の時間はのんびり過ごすことが出来た。

 そうしている内に、季節は夏へと変わっていった。

 この世界にも、四季はあるのかな。

 勝手に夏って言ってるけど、それで合ってるのかな。

 ほんとのところは分からない。

 でもまあ、いっか。

 とりあえず私の記憶を基準にして、今は生きていこう、そう思った。


 巣穴が見つからない時は、別の生き物を狩った。

 蜘蛛に比べると肉も固くて、あんまり美味しくない。それに一匹では物足りず、何匹も狩らなくてはいけなかった。

 でも、飢え死にする訳にはいかない。それにもし、お腹が空いてる時に親蜘蛛に襲われたりしたら、逃げる間もなく狩られてしまう。


 贅沢は言ってられない。とにかく生きる為、私は狩りを続けた。





 最近、体の節々が痛むようになってきた。

 内側から外に向かって、体が伸びていくような感じ。

 それは、次の成長へのシグナルだった。


 分からない。でも分かった。

 次が、自分にとって最後の成長なんだということが。


 恐らく前と同じく、私は繭になるんだろう。言ってみればサナギだ。

 前の時は洞窟の中だったので、外敵に襲われることもなかった。でも今は違う。

 辺りに広がるのは草原。こんなところで繭化したら、親蜘蛛たちの格好の餌食になってしまう。

 何と言ってもその時、私は眠ってるのだから。

 だから私は探した。

 繭化する為の場所を。


 旅を続けていて、その不安が間違ってないと確信する出来事に遭遇した。

 大木の幹に繭を作った同胞。

 あの時の生き残りかもしれないし、別のグループなのかもしれない。

 その同胞の繭が、蜘蛛に狩られていた。

 辺りに飛び散る血痕、肉片。

 その光景に、私は戦慄した。

 こんな最期は嫌だ。





 体が痛くなってから、どれくらい経っただろう。

 そろそろ限界だった。

 時折意識が途切れそうになる。

 でも踏ん張った。

 こんな所で繭化したら、多分私の人生はそこで終わってしまう。

 私は歩いた。

 危険と隣り合わせのこの世界で、少しでも安全な場所を求めて。





 気を失いそうになっていた夕暮れ時。

 私はついに見つけた。繭化するのに最適な場所を。


 天に向かって果てしなく伸びている岩壁。

 これって崖の根元だよね。

 見上げる先に、小さな窪みがあった。

 高さにして、5メートルぐらいかな。

 あそこなら、見つかることもないだろう。

 仮に見つかったとしても、蜘蛛に登れるとは思えない。

 私は左手の鎌を突き立て、右手で岩を握り締め、その窪みを目指した。

 辿り着いた頃にはもう、陽が沈んでいた。


 窪みは丁度、私の体が納まるぐらいの大きさだった。

 ほっと一息つき、壁に寄り掛かる。

 意識が途切れていく。限界だった。


 でも……よかった。何とか間に合った。

 次に目が覚めた時、私はどんな姿になってるんだろう。

 楽しみだな。


 全身を糸が覆っていく。

 その優しい感触に。温もりに。

 私は全てを委ねた。






 どれぐらい寝てたのかな。

 意識が戻った私は手を伸ばし、力を込めた。

 ピシリとひびが入り、あっと言う間に繭が割れた。

 気を付けなくちゃ。ここは崖なんだから、勢いをつけすぎたら落ちてしまう。


 ……え? 何これ。


 物凄いスピードで飛び出した私は、慌てて振り返った。

 あっと言う間に。

 私は繭から出ていた。


 と言うか私、浮いてる?


 羽根は前からあったけど、何度試しても飛べなかった。

 これはただの飾りなんだ、そう思い落胆していた。

 でも今。私は宙に浮いている。

 私の体を包むほどに、大きくなった羽根。

 前の世界で言うところの、ホバリングなるものを会得している。

 これが本来の能力なんだ。

 全身を歓喜が包む。

 私は思わず歌っていた。


「ホロロロロロロッ!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る