第9話 天敵
これ、無茶苦茶楽しい!
繭から出た私は、空の旅を満喫していた。
だって仕方ないじゃない。
空を飛ぶなんて、初めてなんだから。
風が気持ちいい。
私は今、世界を見下ろしている。
最高だった。
新しい発見もいっぱいあった。
果てしなく続いていると思ってた草原が、案外狭かったこと。
あの湖が、この辺りで唯一の水源だったこと。辿り着けて、ほんとラッキーだった。
向こうには山々がそびえている。
とにかく楽しい。
前の体なら何日もかかっていた距離も、今ならあっと言う間に移動出来る。
これなら生きていける。狩りだって、前より楽に出来そうだ、そう思った。
湖に降り立った私。
自分の姿を確認する、恒例の儀式。
私は期待に胸を膨らませ、自分の姿を水面に映した。
……かわいいじゃない!
大きな羽根は、私のイメージカラーでもある薄緑色。とても綺麗だ。
左手の鎌はなくなっていて、左右共に5本の指がついていた。
この手で狩りは出来るんだろうか。そんな疑問がよぎったが、それはとりあえず後にしよう。
胸も大きくなっていた。多分、前の世界の時ぐらいに成長してる。
そして何より嬉しかったこと。
それは、下半身が毛で覆われていたことだった。
よかった、すっぽんぽんじゃなくなってる。
まあ、胸は見えてるんだけど。
それでも腰から下が隠れているのは、
毛は羽毛の様にやわらかくしなやかで、とても綺麗だ。
肌色の部分以外は全て薄緑色。幻想的で、ほんとに妖精になったみたい。
自分の姿を満足するまで水面に映し、私は笑った。
嬉しかった。
ああ、そうね。
嬉しいだけじゃお腹、膨らまないよね。
私のお腹は、既に限界だった。
そうだよね。
この体に進化する為に、全身の栄養を使った筈だから。
とにかく何でもいい、早く食べないと。
折角成体になったのに餓死だなんて、笑うに笑えない。
湖で水分を補給した私は、狩りに向かおうとした。
その時。
背後から聞こえた物音に、私は体をビクリとさせた。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのは数匹の、あの蜘蛛だった。
それも子供じゃない、親蜘蛛だ。
私は羽根を広げ、その場から逃げようとした。
大丈夫、今の私は空を飛べる。
蜘蛛は多分飛べない。見たこともない。
しかしその時、自身の変化に気付いた。
蜘蛛のことを恐れていない。
それどころか、彼らを見た私の口内は、唾液でいっぱいになっていた。
――食べたい。今すぐこいつらを食べたい。
そんな衝動が沸き上がってきた。
そしてその衝動が間違ってないんだと、蜘蛛たちの動きで確信した。
たくさんの兄弟を殺してきた蜘蛛。
この世界で一番恐れていた存在。
天敵。
その彼らが私に背を向け、一斉に走り出したのだ。
そう。私を見て逃げ出したのだ。
逃げる蜘蛛。沸き上がる衝動。
私は飛び、あっと言う間に彼らの前に降り立った。
退路を断たれ、動揺する蜘蛛たち。
そこでようやく、私は気付いた。
私より遥かに大きかった蜘蛛。
例えるなら、保育園児と大人。
その彼らを今、私は見下ろしていた。
そう。
私の体は、彼らより大きくなっていたのだ。
両手をかざすと、五本の指が硬化していき、左右共に鎌に変形した。
なるほど、用途に応じて変化するのね。これは便利。
私を見て、怯え震える親蜘蛛。
ついこの前とは、完全に立場が変わっていた。
彼らにとって今、私こそが天敵なんだ。
私は羽根を広げ、彼らの中に突っ込んでいった。
子供でもあれだけ美味しかったんだ。
大人の君たちはきっと、もっと美味しいんだろうね。
いただきます!
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