第7話 衝動


 彼らにとって、私たちは食料なんだ。

 その現実に絶望した。

 そして一歩間違えれば、私も今、彼らに食べられていたんだ。

 そう思うと、震えが止まらなかった。


 私は身を潜め、彼らを見つめた。

 心にあるのは恐怖と憎悪、そして飢餓感だった。


 食べたい。あの子たちを食べたい。

 ああ、本当に美味しそうだ。

 あの大きな腹に牙を立て、噛みちぎりたい。

 ちぎられた肉にしたたる血が、一層美味しさを引き立てる筈だ。

 口の中で心ゆくまで味わいたい。


 親蜘蛛にはとてもかなわない。

 でも、子蜘蛛になら勝てる筈だ。

 はやる心を抑え、私は親蜘蛛がいなくなるのを待った。





 しばらくして。

 兄弟たちを食べつくした子蜘蛛たちが、巣穴の周りで遊び出した頃。

 また狩りに向かうのだろうか。

 親蜘蛛たちがそこから離れていった。


 やっと巡ってきたチャンス。


 親蜘蛛がいなくなるのを確認すると、私は子蜘蛛たちに視線を定めた。

 じゃれあっている子蜘蛛たち。

 私は体を大きく屈め、一気に突進していった。

 この体の俊敏さは、湖で実証済みだ。


 目指すはあの子。

 一番動きが遅そうだ。

 私は左手の鎌を一気に振り下ろし、その子の体に突き刺した。


「キイイイイイイイッ!」


 子蜘蛛が苦悶の声を上げる。

 私の姿に驚いた他の子蜘蛛たちが、一斉に巣穴へと逃げていく。


 今の声はまずい。親蜘蛛が戻って来るかもしれない。

 私はその子を突き刺したまま、全力でその場から離れた。


 私の腕の中で、子蜘蛛が弱々しい声で鳴いていた。





 ここまでくれば大丈夫だろう。

 身を潜められそうな草むらの中で、子蜘蛛から鎌を抜いた。

 子蜘蛛は弱々しい声で、「キイイッ……キイイッ……」と鳴いている。

 その顔は恐怖に歪み、来る筈のない助けにすがっているように見えた。

 力なく私を見つめ、目には涙を浮かべている。


 その子を前にして、私はもう衝動を抑えることが出来なくなっていた。

 口を大きく広げ、噛みつこうとする。


「キイイッ……」


 その声に、我に返った。

 一体私は、何をしてるんだろう。

 こんな小さな子供をさらって、これから食べようとしている。

 私は鬼になっちゃったの?

 この子が一体、何をしたって言うの?


 しかし同時に、別の思いがそれを肯定する。

 この子がさっきまで食べていたのは、私の兄弟だ。

 勿論、この子に罪はない。

 でも、それでも。

 彼らによって、私たちはバラバラになってしまったんだ。

 彼らに襲われていなければ、私は今、一人ではなかった筈だ。

 兄弟たちと笑い合い、共に草原を旅していたかもしれない。


 それを壊したのはお前たちだ。

 お前たちが先に仕掛けてきたんだ。

 だから私にも、お前を食べる権利がある。

 お前だって今、私の兄弟を食べてたじゃないか。





 恐怖と絶望を宿す瞳で、私を見つめる子蜘蛛。

 でも、何故だろう。

 その表情ですら、ご馳走を楽しむためのスパイスになっている気がした。

 色んな思いが巡る中、私は覚悟を決めた。




 私は……生きるんだ!




 子蜘蛛の腹に牙を立て、ブチブチと肉を噛みちぎる。

 その痛みに。恐怖に。

 子蜘蛛は絶望の声を上げた。


「キイイイイイイイッ!」





 ああ、美味しかった。




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