第6話 狩り


 流石に裸は恥ずかしい。


 まあ異世界だし、それに人間でもない訳だから。

 羞恥心を持つこと自体、おかしいのかもしれない。

 でも。でもだよ?

 私には過去の記憶があって、中身は18歳な訳。

 恥ずかしがるのも、分かってもらえないかな。

 胸の小さなふくらみは、女であることの証明だろう。

 その……お股に何もないことだし。

 女子な訳。分かる?

 神様、もう少し何とかならなかったの?


 とは言え、葉っぱや毛皮で隠すのも、ここでは逆に目立つだろうし。

 どうしよう。

 と言うか、どうにもならないんだよね、これって。

 そんなことを考えながら、私は湖のほとりで一人、赤面していた。





 しばらくして覚悟を決めた私は、またしても押し寄せてきた空腹感を満たす為、移動することにした。

 異世界は大変だ。食事ひとつとっても、自分で何とかしなくちゃいけない。

 善意の施しなんてのも、ここではなさそうだし。

 私は食料を求め、再び草原の中へと向かった。


 途中何度か、果物や木の実らしき物を目にした。

 でも、食べたいとは思わなかった。

 と言うか、それが食べられるものだと、脳が認識していない。

 どうやらこの世界の私は、そう言った物を食べられない体になっているようだった。

 食べたいと思う物。それはあの時口にしたような、血のしたたる肉。

 そうか。私、肉食になっちゃったんだ。


 そう考えたら、人間の頃はよかったな。

 雑食って言ったらいいのかな。とにかく消化出来るなら、何でも食べられたから。

 そう思うと不便だ。

 でもまあ、悩んだところでしょうがない。

 今は悩む時じゃない。

 それに肉食ってことは、自分で獲物を狩るってことだ。

 空腹で動けなくなる前に、何とかしないといけない。

 私は気持ちを切り替えて、獲物を探す旅に出た。





 見つけた。巣穴っぽい。

 風が運んでくる匂いが、ご馳走だと教えてくれる。

 初めての狩り。

 武器は左手の鎌と、さっき湖で感じた、体の俊敏さだ。

 この二つを駆使して獲物を狩る。

 ああ、そんなことを考えてたら、どんどんお腹が空いてきたよ。

 今すぐ食べたい。かじり付き、引きちぎり、血のしたたる肉を口いっぱいで味わいたい。

 私は息を殺し、巣穴に近付いていった。


 その時。


 危険を感じた私は、草むらに身を潜めた。

 見ると、巣穴に向かう何者かの姿があった。

 その姿に私は驚愕した。

 巣穴に戻って来たのは、さっき私たちの群れを襲っていた彼らだった。

 あの時は逆光だったし、逃げることに精一杯だったから観察出来なかったけど、今ならしっかり見ることが出来る。


 彼ら。

 私たちが保育園児だとしたら、屈強な大人たち。

 6本の足で立つ彼らは、蜘蛛のようなシルエットだった。

 大きな胴体の上に乗っかっている上半身。両手は鎌形になっていた。

 全身が黒づくめのおかげで、狂暴凶悪に見える。

 見えるって言うか、私にとってはそのまんまなんだけど。

 現に私はさっき、彼らに殺されかけたんだから。

 私は身を震わせ、彼らの姿に恐怖した。


 彼らが巣穴に戻ると、中から小型の蜘蛛たちが現れた。

 大きさは私の半分ぐらい。恐らく彼らの子供だろう。

 彼らは子蜘蛛たちを愛おしそうに見つめ、目の前に肉の塊を投げた。


 子蜘蛛たちが、大喜びでその肉に群がる。

 バリバリと、辺りに響く咀嚼音そしゃくおん

 その光景に、私はショックで動けなくなった。


 子蜘蛛たちが口にしている物。

 それはかつての、私の兄弟たちだった。



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