第2話 ミサキ
「お母さん、いつもありがとう」
「素敵なカーネーションね。ありがとう、ミサキ」
「嬉しい?」
「ええ、とっても。本当にミサキは、優しくていい子ね」
「えへへへへ」
「ミサキ、そろそろ起きないと遅刻するわよ」
「あと5分……」
「いつもそう言って、30分は起きないじゃない。今日は日直って言ってたでしょ。ほら、早く顔、洗ってきなさい」
「ううっ……お母さんが鬼に見える……」
「本当に大学、行かなくていいの?」
「いいの。いつまでも遊んでばっかいられないよ。それより早く働いて、お母さんに楽してもらいたいんだから」
「子供がそんなこと、気にしなくていいんだって。私はミサキの母さんなんだし、ミサキのしたいこと、全力で応援するから」
「お母さんは一人で私を育ててくれた。昼も夜も働いて、頑張ってくれた。だからこれからは、私がお母さんの為に頑張りたいの。私の夢は、お母さんとずっと一緒にいることなんだから」
「お母さん。どうして私に『ミサキ』って付けたの?」
「『岬めぐり』って昔の歌があるんだけど、お父さんが好きでね、いつの間にか母さんも好きになってたの。よく二人で歌ったわ」
「……懐メロだったんだ、私の名前って」
「もし二人目が出来たら『メグリ』って付けようって言ってたのよ」
「……二人合わせて歌のタイトルって。安直すぎない?」
「まあでも、そうなる前にお父さん、よそで女作って出て行ったんだけどね」
「……オチまで酷いんだね」
「どう? 体の具合は」
「お母さん……仕事はいいの?」
「今日は早めに終われたから。と言うか、病人が変な気を使わないの」
「えへへへ、ごめんなさい。ありがとう」
「今日は少し、顔色いいみたいね」
「……本当に治るのかな、私」
「何言ってるの。そんなんじゃ、治るものも治らないわよ。笑顔笑顔」
「そうなんだけど」
「しっかり休めば大丈夫。先生だってそう言ってたでしょ?」
「ごめんね、母さん……本当なら、もう働いてた筈なのに」
「だから気にしないでって言ってるのに。ほら、駅前のプリン、買ってきたわよ」
「お母さんの分も?」
「勿論」
「じゃあ、一緒に食べよ」
「……ミサキ、ミサキ」
「お母……さん……ごめん、ごめんね……」
「ミサキが謝ることじゃない。母さんこそ、ミサキに謝らないと」
「……お母さん……泣かないで……」
「丈夫な体に産んであげられなくて、本当にごめんなさい……」
「そんなことない……私、お母さんの娘で幸せだった……」
「ミサキ……」
「これからも、ずっと一緒にいたかった……いっぱい親孝行、したかった……」
「いいの、いいのよミサキ……母さんも幸せだった……」
「お母さん、大好きだよ……」
「ミサキ……愛してるわ……」
……何だか、ものすごく濃い夢を見ていたみたい。
でもおかげで、今の状況が少し分かった。
私はミサキ。
お母さんと二人暮らしだった私は、高校3年の夏、学校で倒れた。
病名は思い出せないけど、かなりやばい状態だった。
そのまま入院。
卒業したら就職して、お母さんと楽しく過ごす予定だったのに。
全部なくなってしまった。
卒業式にも出られないまま、入院生活が続いて。
そして。
お母さんが見守る中、私は永遠の眠りについた。
なんて残酷な運命なんだろう。
これからやっと、親孝行出来ると思ってたのに。
結局私は、哀しみだけをお母さんに背負わせて、一人旅立ってしまった。
お母さん、泣いてたな。
握ってくれた手、震えてたな。
でも、温かかった。
お母さんが最後に、私にくれた言葉。
「愛してるわ」
目覚める時に聞こえた声は、きっとあの時の記憶だったんだ。
そして私は目覚めた。
お母さんの声で。
これって俗に言う、転生になるのかな。
前の記憶がどうして残ってるのか、私には分からない。
死んでから神様に会った、ってこともなかったみたいだし。
でも私は夢を通じて、自分がミサキだと思い出した。
時々頭の中に、「ゾンビ映画」だとか「鏡」だとかが浮かんだのは、前世の記憶の断片だったんだ。
でも。
異世界って、もっと夢のあるものだと思ってたのに。
よりによって芋虫?
これって、転生って言うより罰ゲームなんじゃない?
これでも私、18歳の女の子だったんだよ?
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