少女ミサキの冒険譚 〜今日も明日も生きてやる~
栗須帳(くりす・とばり)
第1話 ご馳走
ーー愛してるわーー
暗闇。そして静寂。
そこで初めて触れたのは、この言葉だった。
何、今の声。
う~ん、もうちょっと寝てたいのになぁ。
そんなことを思いながら、重い瞼を開けた私は、ある強烈な感覚に襲われた。
飢餓感。
とにかくお腹が空いていた。
何でもいい、食べたい。
何かないの? このままだと私、死んじゃうよ。
口の中にたまる唾液。もうひと時も我慢出来ない。
今すぐこの欲求を満たしたい。
うつぶせになっていた私は、体を起こそうとした。
その時何かに、体を押さえつけられた。
何?
と言うかこの感触。ひょっとして、誰か乗ってる?
重みに耐えて体を起こすと、少しだけど状況がつかめた。
目の前に広がる光景。
それは何かに群がっている、たくさんの私たちだった。
私の上に乗っていた彼らも、次々と進んでいく。
何があるんだろう。
私は体を起こし、彼らに続いた。
彼らと同じく、まだ眠っている私たちをかき分けて。
そして私は辿り着いた。
食べ物に。
たくさんの私たちは、巨大な肉に群がっていた。
耳に聞こえる
そう。みんな、肉にむさぼりついていた。
牙を立て、噛みちぎる。
噴き出した血が、彼らの体を赤く染める。
まるでゾンビ映画だ。
結構ドン引きなんだけど。この光景。
でも私は、気が付けば彼らと行動を共にしていた。
何でこんなことをしてるのか、思考が追い付かない。
だけどひとつだけ、分かってることがあった。
これを食べないと、私は死ぬということ。
私は口を限界まで開き、肉に噛みついた。
プチッと肉のちぎれる音と共に、口内に血と肉の味が広がる。
――何これ! 無茶苦茶美味しいんだけど!
一口サイズの肉を飲み込むと、もう止まらなかった。
私は夢中で、目の前の肉をむさぼった。
途中、後ろからやってきた私たちが、場所を譲れとばかりに割り込んで来た。
私は威嚇し、払いのけ、ただひたすらにむさぼった。
だって美味しいんだもん。
こんな美味しい肉、初めてなんだから。
押し寄せて来る彼らと戦いながら、私は最高のご馳走を心ゆくまで味わった。
充分に満たされた私は、そこで初めて自分の場所を譲った。
後に続く私たちが、その場所を巡って争う。
そりゃそうだよね。
こんなご馳走、そうそう食べられるものじゃないんだから。
ほんと、美味しかった。
みんなも食べられるといいね。
ついさっきまで、誰にも譲る気なんてなかったのに。
単純だな、私って。
そう思いながら、そこで初めて、今の状況について考えた。
――ここって一体、何なんだろう。
暗くてよく見えないけど、どうやら私は、洞窟の様な場所で目覚めたようだった。
遥か向こうに光が見える。
あそこまで行けば、ここがどこなのか分かるかも知れない。
でも、今じゃない気がした。
よく分からないけど、それが正解だと思った。
少し離れた場所に陣取った私は、ご馳走に群がっている私たちを見つめた。
……私たち?
さっきから私、何を言ってるんだろう。
私、誰?
と言うか、ここって何? どこなの?
巨大なご馳走に群がる私たち。
私って、彼らと同じなの?
薄暗い洞窟の中、鏡なんて立派な物はなさそうだ。
私は彼らを観察した。
改めて見ると本当、すごい光景だな。
ゾンビ映画でも、流石にここまではしないんじゃないかな。絶対規制がかかりそう。
肉をむさぼる彼らの姿は、正に獣そのものだ。
でもついさっきまで、私もあの場所にいたんだ。
そして彼らのように、狂ったように肉を食べていた。
全身血に
恍惚な笑みを浮かべながら。
彼らはまるで、芋虫のような姿をしていた。
私、虫は苦手なんだよね。
触ったこともないし。
しかも幼虫だなんて、見ただけで悲鳴ものだよ。
でも多分、今の私は芋虫なんだ。
彼らの姿を見つめながら、私はちょっとだけ憂鬱な気分になった。
食事を終えた私たちが、次々と壁際に移動して来る。
まだ食べられていない私たちが、たくさんいる。
ご馳走は……ああ、流石に小さくなってきたな。
ちゃんと全員行き届くのかな。
壁に着いた彼らは、一人ずつ寄り掛かり動きを止めていった。
何が始まるんだろう。
しばらくすると、彼らの体から糸のような物が出て来た。
細くて白い糸。
それは薄暗い洞窟の中でも、凄く綺麗な物だと分かった。
キラキラと輝いている。
糸はゆっくりと、彼らの体を包んでいった。
ああ、そうか。
そうすればいいんだな。
私も彼らに
何も考えなくてよかった。
体から出て来た糸は、ゆっくりと、そして優しく私を包んでいった。
意識が遠のいていく。
でも今、とても穏やかな気持ちだ。
お母さんに抱きしめられてるみたい。
絶望の悲鳴が聞こえる。
まだ食事にありつけていない、彼らの叫びだ。
お腹が空き過ぎて、変になっちゃったのかな。
でもそれも、まあいっかって思った。
私じゃなくてよかった。
お腹いっぱい食べられてよかった。
目が覚めた場所が、ご馳走の近くでよかった。
そんなことを思っている内に、私の意識は薄れていった。
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