配役、鬼。

「ほほう、こいつが新人カゲアナね……」


 明子はひなたの顔をまじまじと見つめ、意地悪そうな笑みを浮かべた。


「結構上玉じゃない」

「”だま”って……」


 影山が割って入る。


「鑑定士かお前は」

「いい仕事してますねぇ」

「寄せてくるな」

「ま、影山の推薦なら間違いないか、うちを受験してたってのが驚きだけど」


 明子はデスクに置かれていた台本をひなたに手渡した。ホッチキスで上下二か所が留められたそれは20ページほどだったが、掌に乗せた彼女にとっては、それ以上の重みに感じられた。


「発声、アクセント、イントネーションの基礎知識はあるわね?」

「は、はい……」


 今回の朗読劇はオリジナルの昔話。竹の中から生まれた光の戦士が、鉞担いでお椀の舟に乗り、鬼退治へと向かう―。どこかで聞いたことある要素を全部ぶち込んだ創作物語である。


「あなたにやってもらうのは、鬼の役」


 ひなたは早速蛍光ペンで台詞をなぞり始めた。後半からの登場だが、その分出番がかなり集中している。

 さらに明子は、もう一つ大事な事実を付け加える。


「主人公の光の戦士には、岩戸さんにやってもらうから」


 喉まで出かかった反応を飲みこみ、ひなたは一度頷く。それを察したかのように明子はしゃがみ込んで彼女の耳元に囁いた。


「聞いたよ? バチバチなんだって?」


 ひなたは一瞬びくついた。


「な、何のことでしょう……」

「ほたるちゃん、あの後わんわん泣いてたから」

「え……?」


 恐る恐る目線を移す。


「でもね、私そういうの、嫌いじゃないよ!」


 笑顔で肩を叩く明子から逃れる形で、一礼して足早に去って行く。


「どうしたんだろあの子」

「お前余計なこと言ったんじゃないよな」

「えぇ? 言ってないよぉ?」


 廊下に響く靴音がいつも以上に響いているように感じる。顔を赤くしながら、台本を両腕に抱えてデスクへと戻る。


「あ」

「あ」


 今、一番会いたくない人物と出くわした。ほたるの顔を見るのは、あの日以来だ。


「お、お疲れ様……」


 意外にも、ほたるの方から声をかけた。


「……うん」


 お互い言葉が見つからず、そのまますれ違う。


「……あの!」

 

 ほたるが振り向き、今一度話しかける。しかし、既にひなたの姿はなく立ち去ってしまっていた。

 本番は、来月である。

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