回想ーはじまり

 あれは、五年ぐらい前の出来事。中学生だった時の私たちは英語部に所属していた。

「萌花、次のディベートの準備できてるの?」

 私、星崎萌花ほしさきもかは同期の久原奏斗くはらかなとに話しかけられていた。

「全くできてない。大会来週なのにどうしよう。奏斗はできてるの?」

「俺は完璧だよ。なんか手伝えることある?」

「さすが次期部長候補、ありがたい……ちょっとここの構成見てもらっていい?」

 そう言って私は手書きの原稿を手渡す。

「うーん、ここの文入れ替えて、あとここは一文理由加えたほうがいい、それぐらい?」

「ありがとう、めっちゃ助かる!」

 奏斗は指でグッドサインを作り、私に微笑んだ。間をほとんど開けずに、後輩ちゃんが奏斗に声をかける。

「奏斗先輩、文化祭の会計資料ってどこにありますか?」

「あーね、あれは赤いほうのファイルに閉じてる」

「わかりました~探してきます!」

 こんな感じに、奏斗は部活内ではもちろん、学校全体でも慕われていた。誰にでも平等に接し、優しく声をかけることができる人だった。思えば、あの頃は実力のある同期として奏斗のことを尊敬していたし、親しみも感じていた。

「俺と付き合って」

 その年の秋、部活の後一緒に帰っていた時のことだった。四人いた同期のうち、家の方向が同じだったのは奏斗だけだったので、気がついたら、一緒に帰るのが部活の日のルーティンになっていた。忘れもしない、切れかけのチカチカした電灯が薄暗い、金木犀香る夜道。引っ越しのトラックが轟音を立てながら目の前を通り過ぎていき、私の家の方向の信号が青に変わった。「じゃあね」と言って歩き出そうとした時、右腕を掴まれ、驚いた私はさっと振り返った。奏斗はおもむろに顔を上げ、そう言ったのだった。私はどぎまぎしたが、全身がぱぁっと明るくなっていくような喜びに包まれたのを感じた。それはよく覚えている。

「うん、私でよければ」

 当時の私は「付き合う」ということや「好き」という感情をあまり深く理解していなかった。ただ、奏斗と一緒にいることは楽しかったし、奏斗のことは人間的にも好きだったから告白に応えた。その時は、こんなに奏斗のことを好きになるなんて、思ってもみなかった。この恋がどれだけの痛みを伴うかなんて、知らなかった。

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