幕間 グレッグ・パーゼル

 

 私はグレッグ・パーゼル。今日も今日とて忙しい。魔物の生態についての論文の構想やら、ダンジョン調査の報告書、遺跡探索についてなどやることが山積みだ。


 一応、先代国王の末の息子として生は受けたが……母の身分はそう高くもなく、私自身玉座にこれっぽっちも興味もわかず……それよりも遺跡やダンジョンに興味を持つようになり、早々にそちらの道へ進むことを決めたため、さっさと王位継承権も放棄しその後は研究に集中した。


 幸いにも一番上の兄上が無事国王になられたので、パーゼル大森林を含むダンジョンや遺跡や魔物が数多い研究にもってこいの土地をいただけることになった。

 辺境伯となったが、優秀な側近たちのお陰で辺境領も大きな混乱なく治めることができている上、共に研究していた研究者たちを招くことができたので王都にいた頃よりも研究が進んでいる。


 かつては王族と縁を結びたい者からの婚約の話などが多かったが、私は別に婚姻などしたくなかったのでいくつか条件を出した。するとどういうことか煩わしい婚姻話がなくなったのだ。


 ひとつめの条件は婚姻後はパーゼル辺境領へ移り住むことである。

 簡単なことだと思うが、貴族令嬢には耐えられなかったらしい。

 

 冒険者が多く住み、魔物の襲来も珍しくないパーゼル辺境領へ移り住むのは蝶よ花よと育てられた令嬢には恐怖以外の何者でもないらしい。

 これで婚姻後、タウンハウスで悠々自適生活をしようと虎視眈々と狙っていた令嬢の大部分が脱落した。


 だが、それも構わないという家ももちろんある。そこでふたつめの条件だ。


 ふたつめの条件は婚姻後、金銭の支援を求めないこと。

 ひとつめの条件を許容しても、ふたつめの条件によりほとんどがここで諦める。

 なぜなら残っていた家の大抵が金銭目当てだからだ。それならもっと位が低くても金銭支援をしてくれる家を探すのだ。


 そう。なんのメリットもないのだ。

 いくら縁を結んだからといって金銭目当てでは困るのだ。なんせ、研究には金がかかるのだから。

 税収は領地のために使えばほとんどなくなり、そこから研究費用を捻りだし、その他は質素倹約に努めている。裕福な商家のほうがよっぽど贅沢な暮らしをしているだろう。

 あとは、なんだかんだ変な噂を流してみたり理由をつけて断った。

 なぜか、側近と恋仲であるという噂が一部で囁かれているらしい。そんな噂は流していないため、不本意だが虫除けには丁度いいので放ってある。

 

 こうして、自由な日々を満喫していたある日……



 コツ……コツコツ……


 「……おや?」


 窓の外を見ると魔鳩がいるではないか。

 魔鳩は緊急の知らせなどに使うことの多い手紙の送り方だ。庶民には手が出ないほど値段も高い。私も余程の時以外は使わない……通常は冒険者に依頼するとか、行商人に頼むとかが多いな。


 「緊急か?……なんだ兄上か」


 珍しく兄上からの手紙だ。

 ちなみに兄上からの手紙はほとんど魔鳩である。王宮には何羽もいるので……今度1羽譲ってもらえないか聞いてみようか。


 前回は遺跡調査の人員はこれ以上増やせないとのことだったが、なにかあったのだろうか?


 ふむ。


 「どうしたんです?」

 「レイド、どうやら私に婚約者ができたらしい」

 「ええええええー」


 側近のレイドが驚いて書類をぶちまけた……あとでちゃんと整理してくれよ。


 「なんだっ!なにごとですかっ!」


 慌ててトーマスもやってきた。彼も側近のひとりである。


 「甥がやらかしてしまったそうだ。公の場で婚約者の聖女を偽物扱いし婚約破棄と国外追放を叫んだらしい」

 「「うわぁ……」」


 そういえば、数年前聖女の婚約者候補になったとか聞いたが、遠い地で危険が伴う辺境へ来るより近くにいる甥の方が良いだろうと決まったと知らせが届き面倒が去って喜んだような……


 「でも、それなら噂になっているのでは?聞いたことありませんが?」

 「ああ。なんせ昨日の夜の話だそうだ」

 「そ、そうですか」

 「とりあえず緊急措置の婚約(仮)だそうだ。食べ歩きの旅をしつつ向かうそうだから出迎えの準備をしろと……のんびり移動してきたらひと月くらいか」


 準備に時間を割かれ、研究の時間が減ってしまいそうだ……はぁ……


 「お、まだ手紙続いてるじゃないですかっ!」

 「そうか、読んでくれ」

 「そんな……こ、これっ!」


 レイドが興奮している。手紙を破りそうな勢いで……若干落ち着きがないが、それ以外は優秀な側近である。


 「なんだ?」

 「ご両親はあのSランク冒険者のルルースさんとアルフレッドさんだそうですっ!それに、遺跡の発掘許可と人員増加の許可がっ!資金提供までっ」

 「なんだってー!Sランク冒険者ってあのおふたりかっ!」

 「そうか」


 あのふたりには随分と世話になった。それにしても兄上が遺跡の発掘許可と人員増加の許可。さらには資金まで出すとは……緊急措置で私を婚約者(仮)としたのはSランク冒険者のふたりを他国に行かせたくないためかもしれないな。


 「そして婚約者殿はかなり優秀な聖女であるからして、くれぐれもないがしろにしないように……ですって。うまく行けばSランク冒険者のご両親が探索に協力してくれるかも?ただ、両親ということは極秘事項らしいので漏れないよう注意しなければ」

 「それはいいですねっ。優秀な聖女様ならポーションや結界石を期待してもよろしいのでは」

 


 ふむ。渡された手紙をもう一度読み込む……どうやら婚約者(仮)殿には好きに過ごせばよいと伝えてあるそうだ。そうか、それで食べ歩きの旅なのか……


 「しかし、兄上は婚約者(仮)殿には好きに過ごせばよいと伝えたそうだから、婚約者(仮)殿の気持ちひとつだろうな」

 「そうですか……」

 「どうやら婚約者(仮)殿は食べることが好きなようだ。特に限定品に弱いらしい……トーマス、領内の食事処のチェックを頼む」

 「はっ!」

 「レイド、パトリックに客室の準備をするよう伝えてくれ」


 パトリックとは我が家を取り仕切っている執事のことだ。


 「はっ!……しかしどこから資金調達しましょう」

 「安心しろ。それにかかる資金も兄上が出すそうだ」

 「よかったぁ……早速、使用人を募集しますか?」


 そうか……屋敷に女性の使用人がひとりもいないのは不味いか。現在、女性は通いの洗濯婦のみである。


 「そうだな……パトリックに伝はないか聞いてみてくれ」

 「それならご心配に及びません。ひとまず妻のマリアに任せましょう。なに子供の手が離れて時間を持て余していたところです。喜んで引き受けてくれると思います」


 お茶を持ってスマートな登場である。気配が薄く、気付いたらそこにいるのがパトリックなので何時からいたかなど気にするだけ無駄だ。

 パトリックの妻マリアもかつては侍女長をしていたと言う話だ。それならば任せても安心だろう。


 「そうか……では客室は3人分頼む。費用の請求は兄上へ」

 「かしこまりました」


 そういえばこの地はかつての落ち人が残したレシピで独自に進化した料理がたくさんあったはず……コンテストでも開催してみるか?


 まあ、その辺は優秀な側近たちに任せて私は魔物の生態の論文を書き上げてしまうことにしよう。

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