第28話

「谷口さん、今日も仕事が終わったら本を借りても

 良いですか?」

一緒に本を棚に戻している谷口さんに小声で聞くと

、谷口さんはウィンクしながら「館長にはいつも通り内緒ね。」とOKサインをもらってガッツポーズをする。

 十一月中旬になり随分と寒くなった。寒いのが苦手な私にはもう辛い時期。このところ出勤してきた私の着ぶくれした格好を見て谷口さんと木本さんに「雪だるまみたい」とからかわれる。もちろん両ポケットにカイロを入れて、時々冷たくなった指先を温めている。

《そろそろコタツを出そう。この間コタツ布団も干したばかりだし、寝る時の毛布も一枚足そうかな》

 あぶジィも他の妖怪達も今はもうウチに来ない。あぶジィ用の布団も押し入れに片付けたしあぶジィが使っていた湯呑みも食器棚にしまった。


 昼休みの時間になったので、お弁当を持って休憩室に入ると先にいた木本さんが昼食も食べずに真剣な顔て編み物をしている。これまた先に来ていた谷口さんに、こっそり小声で木本さんについて尋ねた

。すると谷口さんまで小声で詳しく事を説明をしてくれた。

「木本さん、昼食も食べずに何故編み物してるんで

 すか?」

「何でも、合コンで知り合った男の人と最近になっ

 て付き合い出したんですって。その彼にクリスマ

 スプレゼントする為に、ほらっ最近流行ってる手

 編みっぽい帽子を自分で編むそうよ。」

「合コンって、私が丁重にお断りしたあの合コンで

 すか?」

「そう、あなたが丁重にお断りしたあの合コンよ。

 あなたも行ってたら、今頃木本さんみたいに彼氏

 が出来てたかもしれなかっのに。もったいない事

 したわね。」

「私は今は、別に彼氏とかいりませんから。本が彼

 氏で良いです。そっかぁ、木本さんは今青春真っ

 只中なんですね。それにしても流行ってる手編み

 っぽい帽子って、かなり複雑て難しいデザインで

 すよ。いくら木本さんが編み物だからって、あん

 な難しいデザインを編むのって無理じゃありませ

 んか?」

「いや木本さんが言うには、応用すれば難しいデザ

 インも編めるんですって。言っておくけど木本さ

 ん、誰かさんの編み物を見ている内に自分にもス

 イッチが入ったらしいわよ。」

「何のスイッチですか?」

「手編みにこだわる熱意。」

「えっ本当ですか?そんなつもり全然無かったのに

 。あの時は、ただ無我夢中で一生懸命だったんで

 すよね。あ〜、何だか分からないけともの凄く責

 任を感じる…。」

「その一生懸命さに感化されたんじゃない?私は良

 いと思うわ。」

 私達が昼食を食べている時も話している時も木本さんは、ピリピリモード全開で編み続けていた。

 鬼気迫る感じの木本さんの前に野菜ジュースのペットボトルを置いて、

「私が言っても全く説得力無いけど、ちゃんとご飯

 食べないと私みたいに電池切れになっちゃうよ」

微笑みながら言うと、木本さんも少しホッとした表情になりピリピリモードが和らいで笑顔になる。

「ありがとうございます。つい焦っちゃって…。私

 すぐ余裕が無くなっちゃうんですよね。ジュース

 頂きます。そういえば、中川さんが編んだ物はど

 うなったんですか?」

「寒い日が続くから、ばぁちゃんには綿を入れ直し

 た半纏を早いけど一昨日プレゼントしたよ。風邪

 引いたら大変だからね。他のは…クリスマスプレ

 ゼントだから、大切に保管してるから大丈夫!後

 はラッピングするだけだよ。」

胸がチクリと痛んだけれど、笑って答えた。心の中では「ごめんね」と謝りながら…。

「さすが木本さん、編み物が得意なだけあってこん

 なかなり難しいデザインも編めるんだね。本当に

 凄いわぁ。」

半分近く編んでいる帽子を見ながら、ほぉと感心する。木本さんは笑って、

「中川さんの編み物の本見てたら、自然と私も一緒

 にレベルアップしてたんですよ。だからこういう

 デザインも応用を活かせば編めるんです。あっ、

 中川さんはこれから二度と編み物しようと思った

 り考えたりしないで下さいよ。思っても私は、今

 度から絶対に応援したりしませんからね。」

「私も、もう編み物するの懲りたもん。怒られてば

 っかりだったし自分の不器用さにウンザリしたか

 ら。二度と編み物しようなんて思わないよ。」

私と木本さんの会話を静かに聞いていた谷口さんが

プッと吹き出し、お腹を抱えて爆笑した。

 本の整理やジャンルや作家ごとに棚に戻したり、新刊のチェックがあらかた終わった頃にパソコンで返却期間をチェックしていた谷口さんが私に、

「もうそれは良いから、借りたい本を探してらっし

 ゃい。」

と言って下さったので「ありがとうございます」とお礼を言い、館長にバレないように本棚をチェックするフリをしながら読みたい本を探す。

 そして閉館時間になるまでに探した読みたい本は三冊。宮沢賢治の文学集と絵本と「初心者でも作れる簡単な漬け物の作り方」というタイトルの本だ。

 本を抱えご機嫌でロッカールームに行くと、帰り支度をしている谷口さんが笑って、

「相変わらず今回もステキな本のチョイスね。中川

 さんの本の選び方って毎回斬新だから、何を選ん

 だのか密かに楽しみにしているのよ。」

「私、宮沢賢治の作品が大好きなんですよね。ファ

 ンタジーなのにとても切ない。特に大好きなのは

 [銀河鉄道の夜]なんです。児童書として扱われ

 てますけど、私としては大人の人達にもぜひ読ん

 でもらいたいですね。それからこの[てぶくろを

 かいに]っていう絵本は、子供の頃から大好きで

 たまらないお話で絵本の中で一番大好きです。何

 度も読んでいるんですけど、また読みたくなっち

 ゃったので借りちゃいました。これは今度、漬け

 物を作ってみようと思って。」

大満足の私に、谷口さんはやんわり微笑むとすぐに

「はいはい、やっぱり今の中川さんの彼氏は本なの

 ね。気持ちは分かったから、早く帰り支度しない

 とバスに乗り遅れるわよ。木本さんなんてさっさ

 と支度を終えて、とっくに帰っちゃったわ。じゃ

 あ私も帰るから、お疲れさま。」

谷口さんがロッカールームを出て、すぐバスに乗り遅れちゃヤバいと急いで帰り支度をし三冊の本を大切にバッグに入れてロッカールームを出た。


 ぎりぎりバスに乗り込みいつもの停留所で降りると、自宅までとぼとぼ帰る。見えてきた自分の家に明かりは点いていない。最初の頃は寂しかったけれど、今は以前に戻っただけだと思い、慣れた。…フリをしている。

 いつも通り鍵を開け玄関に入ると、なんとお稲荷さんご夫婦が厳粛な様子で大きな鬼灯の形をした提灯を持っていた。

 「おかえり、楓子」と出迎えてくれたので、「ただいま…です」と答えるのが精一杯だ。お稲荷さん達の後ろには、部屋までポツリポツリと狐火が続いていた。

《何故、お稲荷さん達が出迎えてくれるの⁉︎何コレ

⁉︎何かあるの?どういう事?》

一気に緊張して不安でいっぱいになっている私に、提灯を持ったお稲荷さん達は「さぁ、こっちじゃ」とエスコートしてくれる。

 いつも妖怪達が騒いでいた部屋の前に来ると、お稲荷さん達は持っていた提灯の灯りをフッと消した

。狐火も消えてしまったので目の前が真っ暗になってどうしたらいいか分からず、私は立ったままであると一、二分間の沈黙が流れる。

 突然部屋の襖が開いて部屋の蛍光灯が点いた。急に明るくなったので、眩しくて両目がチカチカする

。ようやく目が慣れてきた頃、今度は、

{楓子、誕生日おめでとう!そしてメリークリスマ

 ス‼︎}

たくさんの声と共にこれまたたくさんのクラッカーの音と紙テープぽい物が飛んできた。

 部屋の中には、あぶジィや山ばあちゃん、鵺、小豆さん、お稲荷さん達を始め大勢の妖怪達がニコニコ(多分)しながら居た。

 それを見た私はヘナヘナと弱々しくへたり込んでしまった。力無く座り込んだままの私を見て、妖怪達が「どうしたんじゃ、楓子?」「具合でも悪いんだすか?」など次々に心配する言葉をかけてくる。

「いや…ビックリし過ぎて…腰がぬけちゃった…」

《えっ?えっ?何、どうなってるの?何なの?クラッカーに紙テープ?》

腰を抜かしたまま動けず、この状況に理解が出来ずに戸惑っている私を見ながら、

「ホラ、見ろだす!やっぱり楓子が驚いとるだす。

 秘密にしとった甲斐があっただすな。」

朱の盤が得意気に言うと次は魍魎が満足した顔をして、

「あっはっはっは、楓子とはいえ久々に見る人間の

 驚いた顔は面白いでごんす。」

「この音の出る道具も面白いべし。何やら長い紙み

 たいなのとキラキラした物まで出てきて、楽しい

 べし。」

鵺が鳴らしたクラッカーを拾い上げ、まじまじと見ていた。

 妖怪達が楽しそうに笑いながら、ワイワイと賑わっている様子を見て一筋の涙が頬を伝う。

《皆んなが笑ってる。もう見る事できないと思ってた楽しそうな光景だ…。何でだろう、すごく懐かしいや…》

「何で…、皆んなここに居るの?」

ポロポロと涙を流しながら尋ねると、せことキジムナーのチビッコ達が近寄ってきて、

「あー、フウ泣いてるぴょん。フウ、どっか痛いぴ

 ょん?どっかケガしてるぴょん?」

「フウ、泣いちゃったぽん。どこも痛くないのに、

 お腹も痛くないのに泣いてるぽん。フウ泣かない

 でぽ〜ん。」

私の服の裾を引っ張ったり、手で涙を拭いてくれたりしてくれているチビッコ達も泣きそう。「大丈夫だよ」と言いながらも涙が止まらない。

「ふ、楓子何故泣くんだよ⁉︎泣く程驚いたのか⁉︎」

「すまなんだ、すまなんだ。謝るから、泣かないで

 くれだ。本当にすまなんだ。」

 今度は妖怪達の方が驚く番。頭を振って「平気だから」と言いつつも、涙は次から次へと溢れ出した

。心の中では、今でも涙が止まらず泣いている自分にビックリしていた。

《あれ?どうして涙が止まらないんだろう。久しぶりに皆んなが、こんなにウチに居るのを見ているせいかな?》

泣いている私に妖怪達はオロオロと動揺し始めてザワザワ騒ぎ、川男は二人共挙動不審な行動をしている。

 拭いても拭いても出てくる涙を止められないまま

座り込んでいる私を、ひょいと山ばあちゃんが抱えてくれながら、

「大丈夫かい?お前達、やり過ぎだよ!可哀想に楓

 子が怖がって泣いちまったじゃないか。」

朱の盤や魍魎を始めとして、次々に他の妖怪達の頭を拳骨で殴っていく。一通り殴り終えると、私をそっと座布団の上に座らせてくれた。

「ありが…とう…。大丈夫だから。怖か…った訳じ

 ゃ…な…いの。」

座ったまま泣き続け、上手く喋れない。チビッコ達が「フウ」「フウ」と呼びながら、私の身体に抱きついてきた。一人一人の頭を撫でてあげると、嬉しそうに笑って更にギュッと抱きつく。周りの妖怪達を見渡すと皆んな私を見つめていた。

 涙を拭いて、恐る恐る尋ねる。

「ごめんね、突然泣いちゃって。皆んなの方こそも

 うウチに来ないと思っていたのに、どうしてここ

 に居るの?最後のお別れを言いに来たの?」

またウルウルと涙が出てきて、視界がゆらゆら揺れてしまう。

「最後のお別れ?何の事でやんす?」

畳叩きが不思議そうに聞き返した。他の妖怪達も何の事だかさっぱり分からない様子で首を捻っている

「だって、長い間皆んなウチに来なくなったじゃな

 い。あぶジィだって、どっかに出掛けたまま帰っ

 て来ないし。もう皆んな私の事が嫌いになったと

 思って。あぶジィも元々いた住処に帰るんでしょ

 う?だからこうやって皆んなで私にさよなら言い

 に来たんじゃないの?」

{えー⁉︎}

一斉に大声で全員の驚きの声が、家中に響く。

「いやいや、お別れなんてとんでもないぞよ!皆ん

 な、楓子の為に集まったんだぞよ‼︎」

慌てて倉ぼっこが言い、山ばあちゃんが困った顔をしながら言った。

「皆んな楓子の事が大好きなのに、お別れもさよな

 らも言わないしする訳ないじゃないか。」

「本当に?でもあぶジィは?また元の住処に戻っち

 ゃうんじゃないの?ねぇあぶジィ、ウチを出て行

 く時は黙っていなくならないで。急にいなくなら

 ないでね。お願い、私と約束してくれる?ちゃん

 と『ありがとう』を言いたいから。お願い、約束

 だよ。」

言い終わった瞬間、今まで我慢していた思いが一気に溢れて私は大声で泣き出した。

 ずっと怖かったから。寂しくて悲しくてたまらない気持ちを隠し続けてきたけれど、あぶジィの事が大好きだからきちんと『ありがとう』と『さようなら』を言いたかった。

もう涙は自分で止められそうになかったから、子供のように声を出してとことん泣いた。

 私が泣いている間、代わる代わる妖怪達が何とか泣き止んで欲しくて色々な事を試していく。いつも

オレ様態度の河童や鬱陶しい一反木綿まで、必死に

私をなだめた。

































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