第27話

 目が覚めると、太陽が顔を半分隠している時刻だった。

「うわ、もう夕方じゃん!洗濯物と布団取り込まな

 きゃ。あ〜ガチ寝しちゃったよ。」

ベランダの窓を開けると、周りの景色がオレンジ色だ。丁度庭にいたお向かいさんの人に会釈する。

《お向かいさんのおばあちゃん、全身オレンジ色だよ。それにしても綺麗な夕焼けだなぁ。こんな綺麗なの久しぶりかも…》 

「おっと、夕焼けに見惚れてる場合じゃないや。早

 く取り込まなきゃ。」

せっせと洗濯物と布団などを取り込み終えると、今度は手早く洗濯物を畳む。

「う〜ん、みんな太陽の良い匂い。洗濯物を畳むの

 が楽しいわ。」

畳み終えた後、衣類をタンスに次々しまい、次は布団だと思いつつ子供のように取り込んだ布団の塊にダイブした。

「ひゃああ、気持ち良い〜!布団丸ごと太陽の匂い

 だ。フカフカだし、また今夜から良い夢見れそう

 だなぁ。いや、見るね。」

 鼻歌まじりに干した布団にカバーを掛けていると

最後にあぶジィの布団と掛け布団などが残る。それらを見ながら、

「あぶジィの分の布団もシーツも掛け布団も枕も座

 布団も全部干したんだよ。みんな太陽の匂いがし

 て、新品みたいにフカフカなんだからね。いつで

 もすぐ使えるように、いつもの場所に置いとくか

 らね。」

いないあぶジィに話しかけるように言う。

 カバーをかけ終わり、あぶジィの分の布団一式と座布団をあぶジィの定位置であるテレビの横に置いた。

《私、昼間はばぁちゃんに言い過ぎたなぁ。謝って仲直りしよう。こういうのは意地を張れば張る程、謝りにくくなって仲直り出来なくなるもんね。素直に謝った方が良い。よしっ、今から謝りに行こう》


 歩いて二〜三分で着くばぁちゃんの家に行き、玄関を開ける前に一度大きく深呼吸してから開ける。明るい声で「ばぁちゃーん」と大声で声をかけると

ばぁちゃんはお茶を飲みながら静かに夕陽を眺めていた。ゆっくり沈んでいく太陽を目を細めながら、黙って見つめている。

 何だか邪魔しちゃいけない気がして私も何も言わずに、そっとお茶を入れて湯呑みを持ってばぁちゃんの隣に座って一緒に、夕陽を眺め続けた。

 夕焼けから少しずつ薄暗くなってきた頃、ようやく私はばぁちゃんに話しかける。

「ばぁちゃん、昼間は言い過ぎたね。ごめんなさい

 。ばぁちゃんも山ばあちゃんも私の事ばいつも心

 配してくれとってありがとう。あんね、好きな男

 性とか結婚とか私だって何も考えとらん訳じゃな

 かとよ。ただ私はね、ばぁちゃん達のような結婚

 してっていうとが女性の幸せだけじゃなかと思う

 と。残念やけど今の時代では、それが一般的にな

 ってしもうたとよ。結婚して赤ちゃん産んで育て

 るとも大切で幸せやろうね。私にはそいと同じで

 仕事も大切かとよね。まだまだ半人前やっとさな

 。ごめんね。」

照れ笑いしながらばぁちゃんを見ると、優しく微笑みながら頷いている。

「偉そうやけど、『これだけは誰にも負けん』『誰

 にも譲れん』というとば持っとらんと。今、それ

 ば色々経験しながら成長しながら探しよるとさ。

 探すとに一生懸命やっけん心に余裕がなかとよ。

 もし見つけたら真剣に考えるけん、そん時は二人

 一緒に相談に乗ってね。」

「分かった。楓子、ばぁちゃん達こそお前の気持ち

 ば考えんですまんかったね。山ちゃんにも手紙書

 いて送ったよ。楓子はたった一人の孫やっけんが

 誰よりも幸せになって欲しか。両親と兄ちゃんば

 いっぺんに亡くしたけん、どうしても幸せになっ

 てもらいたかとよ。それにばぁちゃんの中の楓

 子は、ずっと小さか子供んままやっけんが心配で

 たまらん。楓子はもう立派な大人やっとにね…」

「ばぁちゃんがおるけん、私は一人やなかし寂しく

 なかよ。まぁ、立派になったか分からんけどね。

 さぁ、ばぁちゃんと仲直りした事やしまた一緒に

 夕飯ば食べよう。」

昼間と同じメニューで、世間話をしながらご飯を食べている時、ふいにばぁちゃんが昼間に言っていた事が気になった。

「ばぁちゃん、自分も小さか頃に妖怪と仲良くなり

 たかったって言いよったね。何で友達になりたか

 ったと?」

山ばあちゃんの漬け物を食べながら聞いた途端、ばぁちゃんの箸がピタリと止まる。

「あれ?もしかして私、地雷踏んだ⁉︎いたらん事聞

 いた?ばぁちゃん、言いたくなかったら言わんで

 良かけんね。」

慌てる私の様子を見ながらくっくっくと笑って、ばぁちゃんは話してくれた。

「ばぁちゃんの子供ん頃は、楓子よりずっと妖怪達

 の存在は近かったとさ。いつも大人から『遅くま

 で遊んどると、河童から尻子玉抜かれっぞ』って

 言われよったし夜にお遣い行かされる時は『むじ

 なや狐に化かせられんなよ』が気を付けろの代わ

 り文句やった。いつでん大人達は妖怪の名前ば言

 うて怖がらせよったとよ。みんなは怖がりよった

 ばってん、ばぁちゃんは妖怪に会いたかった。」

「妖怪に会いたかったと⁉︎」

「友達になりたかったけんが、どかんしたら会える

 とか考えよったね。でも妖怪に会えんかったし友

 達にもなれんまんま、ばぁちゃんになってしもう

 たばい。」

「何ば言いよっと。妖怪には会えんけどばぁちゃん

 には友達がおるやん!しかも大親友。山ばあちゃ

 んは、ばぁちゃんの大親友やっかね。ばぁちゃん

 達とも初めて出来た大切な友達やん。人間とか妖

 怪とか関係無しに、超仲良しでしょうが。私の入

 る隙もなかくらいにね。そうやろう?」

言い終わった後、ばぁちゃんは思いっきり嬉しそうに笑って

「本当やな。山ちゃんは大切な親友ばい。特別な存

 在やもんな。」

 片付け終わって食器を片付けていると、ばぁちゃんがしみじみと言う。 

「そうやなぁ、山ちゃんは大切で特別な親友やね。

 楓子もたまには良か事言うやっか。」

「『またには』は余計ばい。良かったね、ばぁちゃ

 ん。親友にもなれたもんね。大事な親友やっけん

 が大切にせんばいかんよ。だけん無茶な相談とか

 せんように‼︎」

「もうそがん事せんもん!せっかく褒めたとに、嫌

 味ば言う楓子好かん。」

拗ねるばぁちゃんが可愛くて、思わず笑う。お茶でも飲んで一服しようとお茶を入れようとしたら、ば

ぁちゃんがいきなり切り出した。

「楓子、最近油すましや他の妖怪達の事で悩んどる

 やろ?ずっと悩みよるやろう。何ば悩んどっとね

 ?ばぁちゃんに言うてみ。」

「何で分かると?私、一言もそがん事ばぁちゃんに

 言うとらんとに…」

「言わんでも分かるばい。分かっとったばってん何

 も言わんかっただけや。楓子の悪か癖やな。自分

 一人で悩みば抱え込む。段々自分ば追い詰め出し

 たけん、今回ばかりはばぁちゃん心配やけんが悩

 みば聞く。可愛か孫の悩みば聞いて、一緒にばぁ

 ちゃんも悩むばい。」

「ばぁちゃん…。」

「こん事は山ちゃんには言わんけん安心せろ。楓子

 、何ば悩みよっとかい?」

優しく聞かれ、俯いて泣くのを我慢しながら悩んでいる事を打ち明ける。

「ばぁちゃんは凄かね…。あんね、夏頃からあぶジ

 ィがどっかに出掛けるようになっと。そしたら、

 段々遅くまで帰ってこんごてなって。他の妖怪達

 までウチにこんごとなった。今ではあぶジィも他

 の妖怪達もウチにおらんとよ。誰もおらんごてな

 った…。」

《ヤバ…涙ん出そう。泣いたらダメ!我慢、我慢せんばいかん…》

「もしかしたら、また元の住処に戻るとやかっかと

 思い始めたとよ。だってあぶジィだって前おった

 住処んあるとやろ?そがんしたら、またその所に

 戻ってもおかしくなかやん。それか他の所に行く

 かもしれん。どっちにしろ、そいはあぶジィが決

 める事やっけん、私は行かんでって言えんもん。

 引き止める資格も権利もなか。あぶジィの自由や

 もんね。」

《あぶジィがどっかに行くかもしれんて思った事なかった。ウチにおるとが、当たり前やと思っとった

…》

「もしウチから出て行くなら、私は何も言わんよ。

 あぶジィがそがん選んだとならね。寂しくてたま

 らんけどさ。ばってん黙っておらんごてならんで

 欲しかと。ちゃんと『ありがとう、そしてさよな

 ら』って言ってお別れしたか。急に私の前からお

 らんごてならんで欲しい。父さん達みたいに何の

 お別れも言えんで突然おらんようになるとは、も

 う耐えられん…。せめて『ありがとう』だけは、

 言わせてもらいたかとよ。」

静かに最後まで私の話を聞いてくれていたばぁちゃんは、私の頭を撫でながら話す。

「父さんと母さん、遼が亡くなったとは本当に突然

 やったな。楓子は葬式の準備とかで一人で頑張っ

 とったね。何も三人にお別れ出来んやった。一番

 泣きたか時に泣けんかったもんなぁ。」

頭を撫でる手の温もりに、我慢出来なくて私はすすり泣き始めた。ばぁちゃんはかっかっかっと笑い始め、今度はあっけらかんと言う。

「何や、全部楓子が勝手に思うとるだけかもしれん

 ぞ。ばぁちゃんの事言えんじゃっか。」

そして笑顔で、

「そがんとなら、油すましが本当に出て行くか分か

 らんやろ?他の妖怪達も単に油すましば慕って来

 よる妖怪より楓子に会いに来とる妖怪の方が多か

 と思うけどな。」

「本当やろうか?」

「それに油すまし、ちゃんと考えとるやろうとばぁ

 ちゃんは思うばい。まぁ、妖怪っちゅうもんは風

 みたいなもんやろうけん。風は目に見えんけど、

 吹けば誰でん風と分かる。妖怪もそがんもんじゃ

 なかっかのう。昔に比べれば妖怪には、たいぎゃ

 住みにっかろうね。ばってん妖怪はちゃんとおる

 。何百年も前からずっと、数え切れん位時代は変

 わったとにその時代に合わせて妖怪達はおり続け

 てくれとる。妖怪は強かなぁ。」

「うん、私もそがん思う。そん時、そん時の時代に

 臨機応変に対応しながら妖怪達はおり続けとるも

 ん。本当に妖怪達は強かばい。」

「ばぁちゃんな人間より妖怪の方が凄かと、子供ん

 頃から思っとる。妖怪は常に一番近くに人気の側

 におるよ。人間の方が、妖怪はおらんと思うよう

 になったと。そん代わりに幽霊とかの方ば信じる

 ようになってしもうた。そして幽霊と妖怪ば一緒

 にしてしもうとる。」

「幽霊と妖怪は全然違うとにね。理解できんモンは

 全部幽霊やら妖怪って呼ぶようになってしもうた

 もん。」

「そいがばぁちゃんな、悲しかし寂しかとよ。幽霊

 とかは元々人間やっか。でも妖怪は元から妖怪や

 もんな。そいを混ぜたらいかん。妖怪には霊感と

 か必要なかし関係なか。大人も子供も関係なかと

 よ。見えんのじゃなか、見ようとせんけん見えん

 とたい。本当は幽霊もそうかもしれんぞ。頭ん中

 でおらんと思っとったら見える訳なかよ。妖怪が

 おらんようになったら、ばぁちゃんはもうこん世

 界ほ終わったと思うわい。」

「私もばぁちゃんの言う通りやと思う。誰でん妖怪

 に会えると思うよ。」

「油すましが楓子の家に来たとも、たくさんの妖怪

 に会えて話せるとも何かしらの【縁】があるとじ

 ゃなかっかねぇ。」

鼻水が垂れているのも気にせず号泣する私にティッシュ箱を渡した後、ばぁちゃんはもう一度優しく頭を撫でてくれた。

「なぁ、油すましが出て行くって言うたんか?他の

 妖怪は、もうここにこんって言うたんか?」

「ううん、あぶジィはほとんど喋らんもん。だけん

 言っとらん。ウチにおらんけん、聞けんとよ。他

 の妖怪達はあぶジィば慕ってウチに遊びに来よっ

 たけん、あぶジィがおらんとなら来る意味がなか

 けんがこんくなったっじゃなかとかな。」

するとばぁちゃんは、怒った顔で力強く私の額にデコピンする。

「何じゃそりゃ⁉︎それこそお前の勝手な思い込みや

 っか!そいならいっちょん心配せんでよかたい」

「痛っ〜!でもどかん縁がおるとだろう?」

「他の妖怪達はともかく油すましが戻った時に、寂

 しかけん出て行く時はちゃんとお別れば言いたか

 けんが教えてって言えば良かろうもん?」

「嫌ばい‼︎絶対寂しかなんて言わんもん。」

「何でまた、昔からそがん素直じゃなかとや。今回

 だけでも素直に言えば良かとに。」

ばぁちゃんは呆れた顔をしながら溜め息を吐いた。私としては、ばぁちゃんに悩みを全部ぶちまけた上我慢していたけど思い切り泣いて、心の中はスッキリ。

 そしてある事を思い付き、ばぁちゃんに耳打ちして「どう?」と聞くとばぁちゃんは満面笑顔で大きく頷き両手でピースして応える。

 後日、山ばあちゃんから心底反省したという手紙を鳩が届けてくれた。































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