第26話

 少し間をおいて、テレビの方にそっぽ向いたまま口も聞いてくれないばぁちゃんにゆっくりと話しかけた。

「あんねばぁちゃん、私が山ばあちゃんば独り占め

 しとるっていうとは誤解ばい。確かに私には山ば

 あちゃんに会えるけん、話せるよ。ばってん、ば

 ぁちゃんが山ばあちゃんに会いたか、話したかと

 と一緒で山ばあちゃんも同じ気持ちやっとよ。私

 だってこがん仲の良か二人やっけんさ、せめてお

 互い見えたら良かといつも思っとる。」

「・・・・」

「知っとる?山ばあちゃんの口癖。〔スズちゃんと

 一緒に温泉巡りしたい〕やっとばい。それに何か

 ある度、〔スズちゃんは、スズちゃんが〕ってば

 ぁちゃんの話ばしよるよ。ばぁちゃんの心配ばっ

 かりしとると。」

ばぁちゃんは俯いたままゆっくり振り向いて、私の話を黙って聞いている。

「〔スズちゃんが教えてくれた〕〔スズちゃんに聞

 いて良かった〕〔やっぱりスズちゃんは頼りにな

 る〕ってばぁちゃんの話ばすっ時の山ばあちゃん

 は、凄く良か笑顔しとる。それにね、スズちゃん

 は初めて出来た大切な友達やっとって。私とは違

 う特別な存在やっとってさ。」

「本当な?」

「嬉しそうに手紙ば書きよるばい。本当に心ん底か

 らばぁちゃんが大好きやっとが、私にまで伝わっ

 てくるとやけんね。そいは、ばぁちゃんがよう分

 かっとるとやろう?」

「山ちゃんは、そがん事まで言うてくれるとね?」

「うん、いつもばぁちゃんの身体の心配もしよるよ

 。こがん事嘘吐いてどかんすっとね。私は山ばあ

 ちゃんば独り占めしとらんけん。」

それを聞いて、ニッコリ全開の笑顔になったご機嫌のばぁちゃんはお茶を啜った。

《あぁ相変わらず、突然子供んごて駄々ばこねたり

拗ねたかと思ったら少しん事で機嫌の直ったり喜んだりする単純で、もの凄く分かりやすか自分に正直

者のスズさんが私は大好きですばい》

 単純なのは我が家族の遺伝かも知れないと浮かれているばぁちゃんの姿を見ながら、改めて自分の単純さのルーツを実感する。


 昼食を中断されてしまったので、二人でもなかを食べながらテレビを観ている私に、突然ばぁちゃんが真顔で尋ねてきた。

「楓子は好きな男やら彼氏はおらんとね?」

「…はい?」

「だけん、好きな男とか付きおうとる男はおらんと

 かと聞いとるとさな。」

「いや…どっちもおりませんけど?」

「やったら、どがん男が好きや?」

「どかんって、好きなタイプば聞きよるとでしょう

 かね?」

「強か男が良かか?優しか男か?それともテレビで

 言いよっごたるイケメンが良かね?」

「いやいやいや、ちょっと待って!何いきなり私の

 好みば聞くとですか?」

嫌な予感がしてばぁちゃんの目を見ると、顔をすぐ逸らす。何か企んでいるらしい。

「イケメンも色々おるばってん、楓子はどかんイケ

 メンが良かかい?ばぁちゃんは強かごたる男が良

 かと思うぞ。」

「ばぁちゃん、どかんしてそがん事ば聞くと?今ま

 で一度もそがん事聞いてきた事なかやん。どうい

 う風の吹き回しやっと?何ば企んどるとね?ちゃ

 んと私の目ば見て、正直に白状せんね‼︎」

私が怒ると、ばぁちゃんは素知らぬ顔をしたまま黙っていたけれど、元々嘘を吐くのが下手なのでポツリ、ポツリ小声で白状し始めた。

「…山ちゃんと二人で、いつも手紙で楓子も年頃や

 っとに結婚とか全然考えとらん。年頃の娘がいつ

 までも独身やっとが不憫でならんと書いとるとさ

 な。結婚ば妖怪にまで心配される自分の孫って情

 けんなかやっか。丁度ばぁちゃんも、そろそろ真

 面目に考えて欲しかったけん、二人で何とかして

 やりたかと心配し合っとると。」

「不憫とは失礼な!今は自分の事で精一杯やっと。

 結婚とか考えとる余裕がなかだけ。心に余裕がで

 きたらちゃんと考えるけん、心配無用です。」

「やけど、楓子がいつも親戚が持ってきよる見合い

 写真ば見らんまんま断っとるの、ばぁちゃんは知

 っとるばい。そがんで余裕とか言いよったら、楓

 子の場合何も考えんまんまずっと独身で終わりそ

 うやっか。」

「ぐっ、大きかお世話です。私にはまだまだやりた

 か事たくさんあるし、考える時期でもなかと。そ

 がんとはタイミングやっけんね。時期が来たら、

 きちんと自分で考えるけん。」

「時期とかタイミングはいつ来るとね?来るとば待

 っとる間に嫁に行きそびれたらどがんすっとね」

「そん時はそん時。そがん話は、自分で決める事や

 っけん放っといて下さい‼︎」

「そがん言うけん、山ちゃんと心配しとるとやっか

 。全く男っ気のなかけんが山ちゃんに相談したと

 。したら山ちゃんが楓子ん為に手伝ってやるって

 言ってくれるとさな。」

「手伝うって、何ばすっと?」

「楓子の好きんごたる男ば二、三人見繕って山ちゃ

 んが攫ってくっとって。勿論、ばぁちゃんが囮に

 なる作戦たい。連れて来た男達の中から楓子は選

 ぶだけで良かっばい。」

「ちょっと待てー‼︎山ばあちゃん、見繕ったらダメ

 じゃん!攫ったらダメじゃん!ばぁちゃん、囮に

 なったらダメじゃん!全部ダメ‼︎そがん作戦した

 らダメやっけんね。」

「こがん事でもせんば、楓子は何もせんやっか。そ

 いに山ちゃんが、せっかく考えてくれたっばい。

 良か作戦やんね。山ちゃんな本気ばい。いっぺん

 で良かけん、してみらんね?」

「絶対せん!私は意地でもせんけんね。ねぇばぁち

 ゃんはどかん相談ば山ばあちゃんにしたとね?」

私の質問に、ばぁちゃんはそっと席を立とうとしたので左腕を掴む。

「無茶な相談したとは、ばぁちゃんやっかー‼︎」

ちゃんと座って話そうと言い、ばぁちゃんと正面から向かい合う格好で真面目な顔で問いかけた。

「ばぁちゃん、山ばあちゃんに何て書いて最初に相

 談したと?どかんして山ばあちゃんは、そがん事

 考えたと?二人で何て話し合ったとね?」

モジモジと両指を絡ませながら、俯き加減で

「ずっと二人で楓子の事ば心配しよるとは本当やっ

 と。山ちゃんと、どがんかしてやりたかっていつ

 も手紙のやり取りしながら考えよった。そがん時

 にテレビで婚活ってやつがありよったさい。そん

 話を手紙に書いて、楓子に婚活はして欲しか。け

 どただ言うだけやったらしてくれんと思う。どか

 んしたら良かろうかって手紙で相談したとよ。」

「山ばあちゃんは何て返事してくねたとね?」

「そしたら自分が考えてやるけんって…。何通も手

 紙ばやり取りしながら色々考えよったとばい。」

「私ば通してだけで手紙のやり取りしよったと思っ

 とったけど、二人だけでやり取りば出来る方法ば

 見つけたとね。そん方法でしょっちゅうやり取り

 しよるって事?」

「おう、楓子の所にいつ山ちゃんが来るか分からん

 もん。もっと手紙のやり取りしたかけん、山ちゃ

 んが飼っとる伝書鳩はつこうて手紙のやり取りを

 しよる。そんやり取りで良か婚活方法がなかか話

 し合ったとさ。」

「そいであがん事するって決めたとね…。二人だけ

 でこっそり話し合ったとだ。」

低いトーンで話す私とは対照的に、興奮してはしゃぎながら楽しそうなばぁちゃんは、

「良か考えやろ?実際目の前に男達ば連れてこんと

 楓子はいつまでたってん自分で探そうとせん。ば

 ぁちゃんが楓子の好みん男ば聞き出して、山ちゃ

 んが似た男達何人か攫って連れて来るって方法に

 決めたとさ。」

「という事は、本当にばぁちゃんと山ばあちゃんだ

 けで勝手に決めたんやね…。山ばあちゃんはもう

 襲ったり攫ったりするとは止めたっじゃなかと?

 友達欲しかったばってん、寂しかけど罪悪感に堪

 えられんごとなって止めたとやなかったとね?」

「そいはばぁちゃんがそう思っただけやもん。本当

 のところは山ちゃんに聞いとらん。どかん思っと

 るか全然知らんよ。」

「あん話は嘘やったとね。ばぁちゃんの思い込みや

 っとね。嬉しかったとに。すごく嬉しかったっば

 い。私もそうやったら良かと思った。全部ばぁち

 ゃんの作り話って…。バカみたいやん、私。山ば

 あちゃんは人を攫う事に何か言いよった?」

「スズちゃんと楓子の為に数百年ぶりに本気出すっ

 て言いよるよ。山ちゃん、張り切るってばい。」

「何それ…。そがん事せんでよ!ばぁちゃんは、山

 ばあちゃんが人を攫う事はなんとも思わんと?山

 ばあちゃんは、ばぁちゃんが囮になる事ばなんと

 も思わんとね?」

「楓子の為に二人で考えた事やもん。楓子は男達ん

 中から選ぶだけで良かけん心配せんでも良かよ」

「何ば言いよっと⁉︎攫われた男の人達はどかんすっ

 とね?突然おらんごてなったら今の時代、警察に

 通報されて大騒ぎになるだけじゃ済まんとばい」

「そこら辺は、山ちゃんが神隠しで誤魔化すると。

 気に入った男がおらんかったら全員元の場所に戻

 す事になっとる。ばぁちゃんも警察に上手く嘘吐

 いて誤魔化すけん、大丈夫ばい。山ちゃんは速か

 けん、あっという間に終わるもん。」

「いい加減にせんね!自分達が何ばしようとしとる

 とか分かっとる?悪か事しようとしとるとが分か

 らんとね?ばぁちゃん達は、私や巻き込まれる人

 達ば何と思っとると?私だけなら良かよ。けど大

 勢の人達まで巻き込む事になっと。本当に警察沙

 汰になっても神隠しで通用するって思う?通用せ

 んやろ。それ位わかるやろ!二人ともちゃんと考

 えてみなっせ。」

「やけど、楓子の為ば思って…。」

「どこが私の為ね?全然私の為じゃなか。二人で面

 白がっとるだけやん!もっと私や巻き込まれる人

 達の気持ちば考えてよ。色々な人達の気持ちば二

 人で考えてみて。最初は私の事心配してくれとる

 とは分かるよ。そいは嬉しかと思う。」

「楓子…。」

「けど、そがん事されても私は喜ばんし嬉しくも何

 ともなかよ。攫われて来た男の人達にどんだけ怖

 か思いばさせるとね。そん人達の家族か心配する

 と思うと。あがん事される位やったら私は一生結

 婚せんけん!山ばあちゃんにこがん事せんでって

 手紙ば書いて。私、二人が大好きやったけん泣き

 たかくらい悲しか…。ばぁちゃん達がすごく優し

 かとがよう分かっとるけん、もの凄く悲しかよ。

 大好きやけど、今は二人の事好かん…。」

そう言うと立ち上がり、ばぁちゃんの家を後にした


 自宅に帰り、自分の部屋で大の字になって寝っ転がる。そして先程の事を考えた。

《ばぁちゃんも山ばあちゃんも本当に私の事ば、心配してくれとるとやもんね。そん気持ちは本物やっ

て分かる。それが間違えただけやっとよ。そう二人

して間違っただけ。でも大好きな二人やけんこそ余計悲しかなぁ…》

たくさん考えていたら、いつの間にか眠ってしまった。そして久しぶりに父さん、母さん、遼ちゃんの夢を見た。

 四人でテーブルを囲んで、笑って楽しそうに話している夢…。

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