第25話

 ウチのばぁちゃんに手紙を書き終わった後、山ばあちゃんにはもう遅いから包丁を研ぐのは今度で良いよと言った。そうかい?とすまなさそうな顔をする山ばあちゃんに、またちょっとした好奇心で

「ねぇ、山ばあちゃんはウチに来る時近道したりす

 るの?」

「近道というか獣道をよく通るね。それから用事で

 遅くなった時には、たまに高速道路っていう道も

 使うよ。しかし高速道路を走っていると必ず車と

 やらに乗ってる人間と目が合った時、顔を引き攣

 らせて猛スピードで走り去っていくんだ。ありぁ

 何故なんだろうかな?」

不思議だと言いながら首を捻る山ばあちゃんに、ギクッとなって「な…何でだろうね」とちょっと声が裏声なかったりしながら返事をする。

《それって、いわゆる都市伝説でよく言われている老婆が髪を振り乱しながら追いかけてくるという話なんじゃ…。あぁ、どうしよう》

 山ばあちゃんは本当に追いかけたり襲うつもりは全く無く、ただ単純に家に帰る為にはしっているだけ。それが山ばあちゃんの走って帰る姿は人間から

見ると老婆の霊から追いかけられ襲われていると思われているのだ…。

《かなり無理があると思いますが、本人は家に帰っている途中なだけなので、程々に怖がって頂いて過剰なリアクションはやめてあげて下さい。たまに四つん這いになって走っている時は特に急いで帰ってるからでして…》

自分が帰っている姿が、人間達から都市伝説として有名な怖い話になっている事を私は山ばあちゃんには言えない。

 山ばあちゃんは、結構そういうのに傷付きやすくてとても気にする。とっても繊細な心の持ち主だから。

《これは言えない!絶対に言えないぞ‼︎言えるハズ無いじゃないの‼︎》

うっかり都市伝説の闇に片足を突っ込んで、一つの真相を知ってしまうところだった。

 これ以上は深く追求してはいけないと、私は黙って帰り支度をしている山ばあちゃんを見つめる。

「すっかり長居しちまったね。長い時間まで付き合

 わせてすまなかった。楓子は明日も仕事かい?」

「ううん、明日は仕事は休みだよ。だから大丈夫。

 山ばあちゃんと話すの大好きだから、すごく楽し

 かった。またいつでも遊びに来てね。そんで、い

 っぱい話そうよ。」

私の返事に、山ばあちゃんはまた優しく頭を撫でる

。山ばあちゃんは頭を撫でるのが癖なのかもしれない。

「スズちゃんによろしく伝えておくれ。楓子、何か

 あったら何でも言うんだよ。約束だからね。すっ

 とんで来るからな。後は戸締まりしっかりとね」

「ふふ、山ばあちゃんはやっぱり心配性なんだね。

 大丈夫だから安心してよ。気を付けて帰ってね。

 それと温かくして寝てちょうだい。」

「ああ、あたしなら大丈夫さ。」

「そうだ…あ、あのさちょっと聞いていい?山ばあ

 ちゃんは今住んでる所は、大昔から住処としてる

 場所なの?」

「そうだよ。ボロ屋敷だけど、修理しながらずっと

 いるね。何だい?変な事聞いて。」

「この前、絡新婦さんが遊びに来たときにそういう

 話題になったんだ。じゃああぶジィが、ウチに来

 る前に居た住処の事知らない?どういう場所だっ

 たとかさ…」

「油すましの住処かい?どことまでは知らんが、雑

 草だらけの草むらだったような…。油すましは、

 元々ほとんど姿を現さん妖怪だからね。ただ草む

 らの中に隠れとるたけで、何もせんから偶々草む

 らに入った人間が驚いて腰を抜かすんだ。油すま

 し自体は座っとったり立っとったりしとるだけな

 んじゃが、人間を驚かせるのが好きだと誤解され

 とるな。」

そう言って大笑いする山ばあちゃんに、真剣な顔で最後の質問をした。

「住処ってよっぽどの事がない限り変えないんだよ

 ね?じゃああぶジィは何故ウチに来たんだと思う

 ?また元の住処に戻っちゃうって事もあるよね」

「そりゃ油すましにしか分からん。楓子はさっきか

 らおかしな事ばかり聞くねぇ。油すましと何かあ

 ったんかい?」

「何もないよ。興味があって聞いただけ。ほら、早

 く帰らないと本当に湯冷めしちゃう。」

「何もないなら良いが…。じゃあこれをスズちゃん

 に渡しとくれ。お休み、楓子。」

 ばぁちゃん宛ての手紙を受け取り、「おやすみなさい」と言うと山ばあちゃんは本当に裸足で走って帰って行った。一分もかからず、あっという間に姿が見えなくなる。消え去ったと言う方が正しい。

《今日は、どうか都市伝説のように人間から怖がられませんように…》

と祈りながら、家の中に入ってしっかり戸締まりをする。

 自分しかいなくなった部屋を見渡した。さっきまで山ばあちゃんがココアを飲んでいたマグカップと自分の湯呑み。座っていたクッション。ばぁちゃんに宛てた手紙を書いていた便箋と筆ペン、そして山ばあちゃんが髪を乾かす時に使ったドライヤーとタオル。一気に寂しくなる。静かになってしまった。

 それぞれを片付けた後、お風呂に入ってさっさと自分の部屋に布団を敷いて横になる。

《やっぱり急に一人になると…。今頃あぶジィは何してるのかな?》

布団を頭から被って、消えそうな声で「寂しいよぉ

」と呟いた。 


 休日だったのでいつもより少し遅く起きると、見事な快晴だった。

 良い洗濯日和だと喜んで洗濯機をフル稼働させながら、自分の布団やあぶジィの布団、座布団にクッションなど全部干す。不意に気が付いた。

《そういえば私、あぶジィが寝てる姿を見た事無いわ》


 毎朝起きると、すでにあぶジィは新聞を読んでいるしテレビを観るのが大好きだからいつも私の方が先に寝る。最初は寝ない妖怪なのかと思った。次に座って寝るんじゃないかと考えたけれど、私が仕事に行っている間に昼寝ぐらいはするかもしれないからと、テレビの横にあぶジィ用の布団と枕を置いている。

 私はいつも自分の部屋で寝ているからかもしれないが、本当にあぶジィが寝ている姿を見た事が無い

。横になってテレビを観ている姿も見た事が無いのだ。あぶジィはいつも座っている。第一、一緒に住んでいるけれど普段何をしているのか全く知らない

。あぶジィな事をほとんど知らないと思った時、心の奥がチリッとした。


 洗濯物を干して家中も掃除機をかけ終わると、昨日山ばあちゃんから預かった手紙を持ってばぁちゃんの家に遊びに行く。ちゃんと山ばあちゃんのお土産も忘れずに。

 ばぁちゃんは、のんびりお茶を飲みながらもなか

を食べていた。

「ばぁちゃん、おはよう」と言いながら家の中へ上がると、

「何がおはようなもんかい、もうお昼に近かばい」

とチラッと見て言う。気にせず自分のお茶を入れて座ると、

「いやぁ、あんまりにも良か洗濯日和やったけん、

 布団も座布団も何もかも干してきたと。あっそう

 やった、昨日山ばあちゃんが来たっばい。これお

 土産ね。それといつもんごて手紙ば預かったけん

 。ハイッ山ばあちゃんからの手紙ばい。」

手渡すと、ばぁちゃんはとても嬉しそうに受け取りながらさっそく読み始めた。そんなばぁちゃん姿を見ながら、

《本当に二人とも仲良しやっとよねぇ。せめて、ばぁちゃんに山ばあちゃんの姿だけでも見えれば良かとに…。手紙だけでも、こがん二人とも喜ぶっちやっけんね》

ばぁちゃんは夢中で長い手紙を読んでいる。時折「

ふふっ」と小さく笑ったりしながら楽しそうに読み続けていた。

《二人とも何も言わんけど、絶対会いたかと思っとるはずやもん。こがんも仲良かとやっけん手紙じゃなくて、直接いっぱい話したかとも思っとるやろうなぁ。こがん時、神様って意地悪やねと思うばい》 

もなかを食べながら、いつもしみじみ思ってしまう

「今度来る時、また自分の育てとる野菜と一緒に何

 かばぁちゃんに教えてもろたっていう漬け物も持

 ってくるってよ。作り方を教えてもらいたがっと

 る漬け物の作り方も教えるって。よろしく伝えと

 ってて言いよったけん。」

「漬け方は、ちゃんと手紙に書いてあった。山ちゃ

 んは泊まっていかんかったとね?」

「うん、毎朝ラジオ体操せんと朝がきた気がせんと

 って言いよった。畑も気になるみたいやった。」

ぶほほと笑いながら「山ちゃんらしかねぇ」と言い

何度も手紙を読み返していた。

「ばぁちゃん、もうお昼食べたね?」

「まだ食べとらんよ。もうそろそろ食べようかと思

 っとった。」

「じゃあ、一緒に食べよう。山ばあちゃんのお土産

 ん中に、きんぴらごぼうがあったとよ。後、昨日

 作ってくれたおかずも持ってきたけん。今支度す

 るけんが、ちょっと待っとって。」

 そして漬け物、きんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし、ばぁちゃんの作ったお味噌汁をテーブルの上に並べる。二人分のご飯をよそって、ばぁちゃんと「いただます」と言って食べ始めた。

「こん、きんぴらごぼう冷えとってもおいしかぁ!

 この漬け物も丁度良か塩梅やし、ばぁちゃんのみ

 そ汁に合うばい。山ばあちゃんは、何でこがん料

 理上手やっとやろか?今度、本格的に料理ば教え

 てもらおうかねぇ。」

「そりゃ山ちゃんは、おもてなしの達人やっけんね

 。楓子も知っとるやろ?山婆は道に迷った旅人達

 ば上手く誘っておもてなしばしながら油断させて

 襲う妖怪やっけんさ。」

「うん…、知っとる。」

「やばってん、今は道に迷う旅人はおらんし山ちゃ

 んは野菜ば作る方が楽しかごたる。」

漬け物を食べながら、平然とばぁちゃんは言う。私はというと、箸が止まった。

「そらゃあね、山ばあちゃんに会うまでは私もそが

 ん妖怪と思っとったよ。けど実際に会ってみたら

 山ばあちゃんは、本や言い伝えとは違っとったも

 んね。すごく優しかし、こがんやってわざわざお

 土産ば持って遠か所から会いに来てくらるとやっ

 けん。」

「山ちゃんは本当に優しかもんな。そいで世話好き

 でもあっとぞ。」

「それにね、ばぁちゃんや私の事はいつも気遣って

 くれるとさな。身体に良か料理ば作ってくれると

 。初対面の時からどの妖怪よりも礼儀正しかった

 とよね。やけど、背がでか過ぎかけんビックリし

 たばってんが…。」

ばぁちゃんは、静かに山ばあちゃんの事を話す私をうん、うんと頷きながら笑っている。

「だけんね、本や言い伝えの様に人ば襲うごたる怖

 か妖怪やってどがんしても思えんとさな。本や言

 い伝えの方が間違っとるとやろうかって、時々思

 うと。」

俯いた私を見て、ばぁちゃん大笑いした。

「何で笑うと!山ばあちゃんの事ば真面目に話しよ

 っとに‼︎」

「楓子があんまりにも深刻な顔ばしとっとがおかし

 かっじゃもん。」

「ばぁちゃん、ひどか!もう好かん‼︎」

「すまん、すまんね。でもさね、お前と会った頃に

 は山ちゃんは人間ばもう襲ったりしとらんかった

 けんねぇ。そがん楓子が思うとは仕方んなかばい

 。やばってん、山ちゃんは本当に人ば襲っとった

 山婆やったんよ。本も言い伝えも大体当たっとる

 って本人も手紙にそがんやったとって書いてあっ

 た。楓子は信じたくなかったかもしれんけどな」

「山ばあちゃん…」

ばぁちゃんは苦笑しながら、

「山ちゃんが、人間ば襲う妖怪ちゅうとは事実やっ

 けん間違ってもおらんし嘘でもなか。でもな、今

 の山ちゃんも本物の山ちゃんやっとよ。やけん、

 楓子は今の山ちゃんを山婆と思えば良かっじゃな

 かかい。山ちゃん自身も昔よりずいぶん丸うなっ

 たって、いつかの手紙で書いとったしなぁ。」

「そうやばってん、もし人間が迷い込んできよった

 らやっぱり今も襲うとかな?」

「う〜ん襲わんと思うよ。それにそがん事ばしよっ

 たら楓子の所に来たりせんやろ。」

「そがんかなぁ…。」

「ばぁちゃんはな、山ちゃんが人間ば襲うとは寂し

 かったからやと思っとると。本当は襲いたくなか

 ったじゃなかろうかね。ばってん人間ば襲うとは

 悪か事って一番分かっとったとは、山ちゃん本人

 じゃなかとやかっかなとも思うとるけどなぁ。」

「なるほどね…。」

「家まで誘って、精一杯おもてなしばして、人間ば

 襲っとったとは殺す為やなくて、ずっとおって欲

 しか。話し相手になって欲しかっていう山ちゃん

 なりの友達になって下さいっていうお願いやった

 かもしれん。じゃかったら、おもてなしせんでも

 人間に会ったらすぐ襲うやろ。」

「そがん言われればそうやね。」

「きっと山ちゃんは、付き合い方ばよう分からんか

 ったけん下手クソなんやね。ご馳走してくれたと

 に襲われたら誰でも逃げるに決まっとるもね。山

 ちゃんな、そういう所がよう分からんくて不器用

 やっとじゃなかかいのぅ。せっかくおもてなしの

 達人やっとに、もったいなかねぇ。」

「そがんやね、私も山ばあちゃんはもう誰も襲った

 りせんと思う。今の山ばあちゃんが、私の知っと

 る本当の山ばあちゃんばい。とっても優しか山ば

 あちゃんなんやもん。」

「山ちゃんも襲うとに飽きたらしかよ。そがん事も

 何や手紙に書いとったもんなぁ。畑で野菜ば作る

 方が良かってさ。まぁ楓子が、そう思っとるなら

 そいが山ちゃんたい。」

「さすが、ばぁちゃんは山ばあちゃんと仲が良かだ

 けあるね。けど、何で人ば襲うとに飽きたとやろ

 か?」

また食べ始めた私に、ばぁちゃんは少し寂しそうに言う。

「多分、山ちゃんは友達ば作るとを諦めたんじゃな

 かろうか。そして、人間ば襲うとが心苦しゅうな

 って辛うなる位良心の痛んで、罪悪感に耐えられ

 んようになったんかもしれん。妖怪にも心がある

 けんね。」

「そっか、そうかも知れんね。山ばあちゃんはいつ

 も優しかもん。…っていっつも思うとやばってん

 、ばぁちゃんは絶対何かあった時は私そつちのけ

 で山ばあちゃんの味方になるとやろ?」

すると今度は私を睨みつけて、

「当たり前やっか!山ちゃんはいつもお前ん家しか

 こんし、飯ば作ってもろて一緒に食べとるやろが

 。ようけ話ばして、泊まっていったりもしよるど

 もん。楓子は山ちゃんば独り占めばっかりしよる

 やっか。楓子ばっかズルか!ばぁちゃんやって…

 ばぁちゃんやって山ちゃんに会いたかとに‼︎」

「はぁ⁉︎何や急に言い出すと?何ばそがん急に怒り

 出すとね?」

「ばぁちゃんやって、お前みたいに山ちゃんに会い

 たか。山ちゃんと一緒にやりたか事いっぱいあっ

 とやっけんね!やっとに楓子ばっか山ちゃんと何

 でんしてズルかやっか。山ちゃんば独り占めしと

 る楓子は好かん‼︎」

そう言うとばぁちゃんは、まだ食べかけている私の前の漬け物ときんぴらごぼうを取り上げてしまった

。その上さっさと冷蔵庫に入れて、片付けてしまう

 お茶碗と箸を持ったまま、唖然としてしまう私。

ふんっとそっぽを向いてしまったばぁちゃん。

「えっ、ちょっ、ちょっと待ってよ⁉︎私が独り占め

 しとるってどういう事ね?ばぁちゃん、本当に何

 ば言い出しよっと?私何も独り占めしとらんよ」

「しとるやっか!ばぁちゃんな山ちゃんと手紙のや

 りとりしか出来んとに。楓子は山ちゃんに会える

 し話もできる。色々な事ようけできるやっか。山

 ちゃんだけやか、他の妖怪達ともいつも一緒に遊

 んどるやろう。」

「いや…他の妖怪達は勝手にウチに来るとやけん、

 一緒に遊んどる訳じゃなかけど。」

「ばぁちゃんは小さか頃から、妖怪と仲良しになり

 たかったっじゃもん。友達になりたかったとやも

 ん。そいやっとに楓子ばっかズルか!ばぁちゃん

 、楓子好かん‼︎」

そう言い切った後、私の持っていたお茶碗と箸まで取り上げてしまった。食べかけだった私はポカーン

となる。

《アレアレ?まさかばぁちゃんは拗ねとるとかな?

嫉妬しとる?》




































































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