第24話

 しばらくしてようやく落ち着き、

「じゃあ、いつもどうやってウチに来てるの?」

「走って来る。草履や下駄は走りにくいから、いつ

 も裸足で行き帰りしとる。今日だってそう帰るし

 な。」

「はい⁉︎いくら山婆は凄く速いからって、七百㎞以

 上の距離を裸足で走るっていうのはさすがにどう

 かと思うわ…。」

「いや、なに七百㎞なんざたいした距離じゃなかろ

 う?三十分もありゃ着くし、昔からあたしは年中

 裸足だよ。」

《七百㎞の距離をたいした距離じゃないと言えるのはあなただけですよ!そして、その距離を裸足で走れるのもあなただけ…》

「そんなに遠い所から来てるなら、先にお風呂入っ

 て‼︎身体の芯まで温まるようゆっくり入ってね。

 後片付けとか全部私がやるから、さぁ早く早く」

山ばあちゃんの腕を掴んで、強引にお風呂場に連れて行く。困っている山ばあちゃんを急かしながら、

「山ばあちゃんの好きそうな入浴剤をいくつか買っ

 てあるから好きなの使ってね。後からバスタオル

 とか用意しとくから、絶対すぐに出てきちゃダメ

 !着物も今から洗濯するよ。」


 山ばあちゃんがお風呂に入ってすぐ着物を洗濯機で洗い始め、後片付けを済ませた後バスタオルと着物が乾くまでの着替えを持って脱衣所に行くと、山ばあちゃんは鼻歌を歌いながら髪を洗っていた。

《山ばあちゃんは本当にお風呂が好きなんだよね。今日もご機嫌で良かった、良かった》

 洗い終わった着物を乾燥機に入れて一声かけると

山ばあちゃんが好きなホットココアの準備をする。山ばあちゃん用のマグカップを食器棚から取り出していると、

《何だか山ばあちゃんと初めて会った時と似てるなぁ》

私は一人で笑った。


 一時間後、全身から湯気を立てている山ばあちゃんが用意していた服を着て、大満足と言わんばかりの顔部屋に戻ってくる。

「いやぁ〜良い湯だった。本当に風呂に入るのは気

 持ち良いもんだ。お前さんより先に入ってすまな

 いね。」

「良いってば。それよりちゃんと身体が温まるまで

 入った?着物はもうすぐ乾くから、それまで父さ

 んの服で我慢してね。」

「何から何まですまないねぇ。」

「気にしないで。しかし父さんの服でも山ばあちゃ

 んには小さ過ぎるんだよね。だからといって、山

 ばあちゃんに合うサイズの服はどこにも売ってな

 いしなぁ。湯冷めしないようにこのバスタオルで

 髪を拭いてて。私の部屋からドライヤー持ってく

 るから。それから、その服のままだと寒いからこ

 のコートとパーカー着てね。そしてそのマフラー

 もしっかり首に巻いて。」

今度は私がテキパキと山ばあちゃんに言うと、山ばあちゃんはガシガシとバスタオルで髪を拭きながら

「何だか初めて会った時みたいだね。」

「そうなの。私もさっき山ばあちゃんと会った時の

 事を思い出して、思わず笑っちゃった。」


 山ばあちゃんが初めてウチに来た時、他の妖怪達も来ていて騒いでいた。その時、「ごめんください

」と玄関が開く音がしたので、「はーい」と返事をしながら玄関へと向かう。すると玄関には、身長が高過ぎて肩から上が見えない女の人が立っていた。

「こんばんは、初めまして山婆と申します。これ良

 かったら食べて下さいな。」

丁寧なご挨拶の後、ヒョイとしゃがんで玄関から顔を出す。私は差し出された風呂敷を受け取ると、自分も自己紹介をして急いでお風呂を沸かした。その後山婆と名乗るその妖怪の腕を掴んで、脱衣所に連れて行く。

 そしてお風呂場にある物を一つ一つ詳しく説明して、お風呂に入るように言うとさっさと脱衣所を出て行った。


 ドライヤーで髪を乾かしている山ばあちゃんを見ながら、思い出し笑いをする。

「挨拶もそこそこに、無言で力任せに引っ張って連

 れて行かされた先が風呂場なんて驚いたよ」

「ちゃんと私だって自己紹介したじゃん。それにあ

 の時は山ばあちゃん、泥だらけだったでしょう。

 来る途中で派手にすっ転んで、汚れちゃったんだ

 と思ったんだよ。」

赤面しながら少し拗ねた口調で言うと、今度は山ばあちゃんが笑いながら

「いきなり腕を掴まれて家ん中に入れてズンズンと

 どっかに連れて行くから、何かされるんじゃない

 かとドキドキして緊張しちまったよ。しかも〔遠

 虜せずに入って下さいね〕って満面の笑顔で言わ

 れてもなぁ…。」

ドライヤーを片付けて髪をブラシで梳きながら、二人で初対面の時を笑い合って話し続けた。

「今まで一度も風呂なんぞに入った事が無かったか

 ら、何を遠慮すりゃええんかも分からんかった」

「だから全部こう使うんだって一から説明したじゃ

 ない。それに今ではすっかりお風呂好きになって

 秘境の温泉巡りしてるのは誰でしょうね?」

「結構、秘境の温泉も良いもんだぞ。」

「秘境の温泉なんて山ばあちゃんだから行けるんだ

 よ。私には無理。」

「はっはっは、もったいないねぇ。」

「でもさ、お風呂から出てきた山ばあちゃんが凄く

 色白美人だったから、他の妖怪達がどよめいたの

 には今でも笑えるわ。」

「まったく失礼な奴等だよ。あたしを指差しながら

 〔誰だ、誰だ〕と騒ぎおって。全員殴ってやった

 わい。」

「仕方ないよ。今でこそ超キューティクルになって

 天使の輪ができる位綺麗な白髪たけど、初めて来

 た時はボサボサ頭で顔も全然見えなかったんだも

 ん。皆んなビックリするよ。」

「今まで水と石鹸で洗っとったからな。湯に入るの

 がこんなに気持ち良いとは思わなんだ。楓子のお

 かげだね。」

ホットココアを山ばあちゃんの前に置くと、向かい側に座った。

「この頃夜が冷えてきたから、今日は温かい方にし

 たよ。熱いから気を付けて。」

フーフーと冷ましながらマグカップを両手で持っている山ばあちゃんが何だか可愛くて自然と微笑む。

《口が耳まで裂けていようが、色々な妖怪を見てるからこれ位じゃ驚かないわ。でも…》

「でもさ、正直山ばあちゃんと初めて会った時少し

 だけ怖かったんだよ。山ばあちゃん、超でかいん

 だもん。身長が二メートル以上あるのってイカン

 !ありゃ完全に反則だって。二メートル以上ある

 お婆さんが、あんなに怖いもんだと思わなかった

 なぁ。」

「イカンだとか反則だとか文句を言われても、でか

 いもんはでかいんだから仕方ないじゃないか。」

《ごもっともです》

 しかしウチでは山ばあちゃんの身長ならどの場所も小さい。台所に行くにもお風呂場に行くにも鴨居をくぐらなければならない。

「もう慣れちゃったから良いけどね。ココアのおか

 わりはいかが?」

山ばあちゃんからマグカップを受け取ると、温かいココアを注ぎ自分もお茶のおかわりをする。

「油すましも他の妖怪達もいないのなら、気分転換

 にあたしの家に遊びにおいで。いつでも泊まって

 良いように用意してあるからね。楓子は家から出

 なさ過ぎだ。そういうのを確か引きこもりって言

 うんだろう?もっといっぱい外に出な‼︎」

「嬉しいんだけど、七百㎞以上もある山奥でしょ?

 バスとか電車とかの交通手段が無いし、お泊まり

 しても次の日が仕事だったら出勤できないよ。そ

 れに私は家にいる方が好きなの。ゆっくり読書で

 きるんだもん。」

すると山ばあちゃんは顔をしかめて、

「それがいけないんだ。よしっ、決めたよ!近いう

 ちにあたしの家に遊びに連れて行くからね。何、行き帰りの心配はいらん。あたしがここに迎えに来

 るし、仕事場まで背負って連れてきゃ良いんだか

 らな。寝坊してもちょっと速く走れば十五分位で

 着くよ。」

「…うわぁ〜い、それは新幹線もリニアモーターカ

 ーも勝てないかもしれない最強無敵でステキな出

 勤方法だぁ。でもそうだね、ばぁちゃんが心配だ

 し急に休みは取れないんだよ。何日もお泊まりで

 きないけど、せっかくのお誘いだからなぁ。連休

 が取れたら考えてみるよ。その時は教えるってい

 うのて良い?」

そう答えると、山ばあちゃんはすごく嬉しそうな顔になって頷いた。

「ふふ、山ばあちゃん良く笑うようになったね。最

 初の頃はほとんど笑わないで無表情だったから心

 配してたんだよ。だから山ばあちゃんが笑ったり

 笑顔になると私は嬉しいんだ。」

「そんなにらあたしは無表情だったかい?」

「そうだよ。でも山ばあちゃんの笑顔って、とって

 も優しいから亡くなった母さんの笑顔にちょっと

 似てる…。」

言いながらだんだん照れくさくなってきて、エヘヘと笑ってちよっぴり顔を赤くしながらお茶をゆっくり啜って飲む。

「楓子と一緒にいるようになってから、笑えるよう

 になったんだ。楓子はあたしの知らなかった事を

 いっぱい教えてくれる。笑顔になる事も風呂の良

 さもココアのおいしさも全部楓子が教えてくれた

 んだよ。スズちゃんとも仲良くさせてくれたしね

 。ありがとね、楓子。」

山ばあちゃんが真剣な顔で言うので、思わず動揺してしまい湯呑みを落としそうになった。

「いや…あの…そんな改まってお礼を言われちゃう

 と恥ずかしいって!それに私は何もしてないよ。

 だから〔ありがとう〕って言わないで。私の方こ

 そ〔ありがとう〕って感謝してるんだからね。…

もう山ばあちゃんが突然お礼なんて言うから、ビ

 ックリして泣きそうになったじゃん!」

目頭が熱くなって、必死に涙が出るのを我慢している私の頭を山ばあちゃんは何も言わず優しく撫でてくれる。

《やっぱり山ばあちゃんは、母さんに似てる。撫でてくれてる所が温かいや…》


 その後も他愛の無い話をしていたらかなり夜遅くになっていた。

 すると山ばあちゃんが、

「スズちゃんに文を書くから、紙と筆を貸しとくれ

 よ」

いつも通り便箋と筆ペンを渡すと、山ばあちゃんは手紙を書き始める。


 うちのばぁちゃんと山ばあちゃんは手紙のやり取りでコミュニケーションを取っている。色々な情報やどんな事をしたのか近況などを教え合っているらしい。

 本人達は直接話したいけれど、ばぁちゃんには山ばあちゃんの姿が見えない。何か感じる事は出来るものの山ばあちゃんだとまでは分からないのだ。

 それが二人の共通の悩みでもあらのたけれど、手紙ならお互いやり取りが出来ると、いつも手紙を書いていてその手紙を二人ともいつも楽しみにしている。そしてお互いの手紙を書く時も読む時も幸せそうな顔をしている。だから私は手紙を渡すだけで、絶対に手紙に何になにが書いてあるのか聞かない。

 二人だけの内緒話みたいだし秘密のように思うから無粋な真似はしたくない。渡すだけに徹している

。山ばあちゃん曰く、スズちゃんは初めて出来た大事な友達なんだそうです。























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