第23話

 仕事が終わり、以前は明かりが点いていたが今では真っ暗なウチに帰って来て「ただいま」と少しだけ大きな声で言ってみた。当然「おかえり」と言ってくれる者はいない。

 あれだけ騒がしかったウチの中は静まりかえっていた。

《そういえば、チビ軍団も全然来なくなったなぁ。もう飽きちゃったのかもしれないね》

 自分の部屋で着替えるとあまり食欲も無いので、今日も簡単な物で済ませようと考えて冷蔵庫の中を見る。

「最近、ほとんど買い物に行ってないからロクな物

 入ってないなぁ。」

何を作ろうか迷っていると、ウチの玄関がガラガラと開いた。

「ごめんください。ちょいと勝手に上がらせてもら

 うからね。やぁ楓子、久しぶりに遊びに来たよ」

「あれっ、山ばあちゃんだ!いらっしゃい。本当に

 久しぶりだね。どうぞ、どうぞ。」

玄関先まで出迎え、山ばあちゃんが持ってるたくさんのぬ風呂敷や大きな袋の中の二つを持って部屋に行き、座るように勧めた。

「元気にしてたかい?長いこと楓子の顔を見てなか

 ったから、急に会いたくなって来ちまったよ。今

 日は、あんたの好きなきんぴらごぼうをこさえて

 きたからね。おや何だい、ちょっと痩せたんじゃ

 ないかい?何だか顔色も良くないし…。ちゃんと

 飯食ってんのかい?」


 冷蔵庫を覗いている時に、ウチに突然やって来た訪問者。その訪問者とは山ばあちゃんこと山婆。

 山ばあちゃんはもの凄く遠くの山奥に住んでるけれど、時々こうやって私を心配して会いに来てくれる。しかも来る時は必ずたくさんのお土産を持ってきてくれ、おかずになるような食べ物を作って持って来てくれる。どれもみんな私の大好きな物ばかり

山ばあちゃんの手料理が、何とまぁ美味しいこと!山ばあちゃんは、とても料理上手なのだ。


 私の顔をまじまじと見ながら、山ばあちゃんは「痩せただろう?」と私の顎を持ち「顔色も悪いよ

!」と何度も言う。

「ちょっと食欲がないだけで、大丈夫だってば。も

 う、来る度にいつもそう聞くんだから。山ばあち

 ゃんは心配性だよ。たいした事なんて全然無いか

 ら大丈夫だからね。健康ですよ。」

「なら良いが。今の時代の若い娘達は、やたら無茶

 な痩せ方をしようとするじゃないか。楓子はそん

 な事するんじゃないよ。そんな事したら、あたし

 ゃ許さないからね。」

「しないよ。今までだって一度もダイエットした事

 無いもん。それに山ばあちゃんを怒らせたら怖い

 しね。だから本当に心配しなくていいよ。」

 「本当だね?」と何度も念を押すように聞くので

私も何度も頷いた。私の答えに納得したのか、「なら良いが…」と山ばあちゃんはようやく聞くのを止める。ただし「嘘だったら…」私を睨んで、目で脅すのを忘れずに。

 やっと気が済んだのか、山ばあちゃんはふと部屋中を見渡して

「おや?やけに静かだと思ったら他の妖怪達が誰も

 いないじゃないか。何だい油すましもいないのか

 い?珍しい事もあるもんだ。」

「うん…最近、あぶジィ毎日どっかに出掛けちゃっ

 たまま帰って来ない事が多いんだ。他の妖怪達も

 忙しいのか誰も来ないから今頃ずっと一人だよ」

「ふぅ〜ん、まぁやかましい奴らがいないなら、今

 日は楓子とゆっくり話せるってもんだ。」

「それより山ばあちゃん、もう夕飯食べた?私、丁

 度夕飯を作ろうかと思っていたんだよ。まだなら

 一緒に食べよう。」

「おお、そりゃ本当に丁度良かった。あたしも楓子

 と一緒に食べようと思って来たんだ。お前さん一

 人なら、夕飯食べながらガールズトークとやらを

 しようじゃないか。」 

「ガールズトークって…。山ばあちゃん、どこでそ

 んな言葉覚えてきたの?意味分かってる?」

「それ位知ってるさね。おなご同士で話をする、井

 戸端会議みたいなモンだろ。それに女子会ってヤ

 ツも知っとるぞ。女子だけで集まって宴会する事

 を言うんだ。何やら楽しそうだから今度他の女の

 妖怪達で集まって、女子会をしてみんなでガール

 ズトークしようじゃないか。そん時はあたしが腕

 によりをかけて、どっさり旨い物作るよ。」

「ほ…本当に楽しくて面白そうだね。あっそうだ、

 その時雲外さ…いやっ、やっぱり何でもない。」

「何だい、言いかけて途中で止めるなぞおかしな娘

 だね。」

《もし女子会があった時、雲外鏡さんも呼んだ方が良いのかな?オネエ言葉喋るし本人もお淑やかなレディだと本気で思ってるし…。それに呼ばないと激

怒しそうだし女子会の話が具体的になった時に、ちょっと話してみようかな?でも山ばあちゃんと面識あるの?》

思わず長いこと突っ立って考え込んでしまった。

「ガールズトークや女子会やら、山ばあちゃんは私

 より今の流行とか知ってるんだね。どっからそう

 いう情報を仕入れてくるの?」

「仕入れてくるも何も、毎日ラジオ聴いとるからな

 。自然と耳にする入るのさ。こういう話題は、い

 つの時代でも敏感でないとなぁ。楓子が世間の流

 行に疎過ぎるんだよ。まだまだ若いのに、化粧っ

 気一つしないとは情けないったら!もっとお洒落

 や化粧をしたらどうだい。」

山ばあちゃんにまるで説教されているようだ。でも私も言い返す。

「ファッション誌って見ないし、そんなのより好き

 な本読んでた方が楽しいんだもん。興味も無い。

 でもね仕事の時は一応メイクはしていくよ。さす

 がに必要最低限の大人のマナーとしてね。」

「とか言いながら、しとるかしとらんか分からんナ

 チュラルメイクってやつだろう。」

「山ばあちゃんナチュラルメイクも知ってるの⁉︎」

「ふん、当たり前だ。その前のラジオで言っておっ

 た。あぁ、夕飯遅くなるから急いで支度せんと」

山ばあちゃんは、いそいそと台所に向かった。私は腕を組んで、また考え込む。

《山奥なのにラジオの電波入るんだ。ここFMどころかAMすら入らないのに…。それに、まさか山ばあちゃんの口からガールズトークや女子会、更にはナチュラルメイクという言葉が出てくるとは思わなかったなぁ。しかももっとお洒落やメイクをしろって注意される私って一体…。山ばあちゃん、すんごく複雑ですよ》

「何をそんなに考え込んでいるんだい?夕飯の支度

 はあたしがするから、楓子は風呂掃除しとくれ」

 言われるままお風呂場に行って、浴槽を掃除しながらまたまた考え込んだ。

《山ばあちゃんの事だから、実際に女性の妖怪達と女子会するんだろうな。でも私以外のメンバーが妖怪でも女子会って呼ぶのかな?まっいっか、面白そうだし深く考えないようにしようっと。山ばあちゃんといい雲外さんといい、今の時代の流行に詳しい辺りが似てるんだよね。二人って面識無くても、意気投合しそうだから今度会わせてみよう。きっと仲良くなる…ハズ》

丁寧に隅々まで掃除した後、自動ボタンを押して戻ってくる。するとテーブルの上にはお土産のきんぴらごぼうの他にいくつかのおかずが並んでいた。

 炊き立てご飯をよそいながら、山ばあちゃんが早く座るよう促す。向かい合って座ると私は箸を持って、

「いっただきまーす。ん〜っ、美味しい〜!さすが

 山ばあちゃん、テキパキ別のおかずまで作るんだ

 もん。やっぱり凄いよ。手際も良いよね。しかも

 どれも美味しいったら!お土産のきんぴらごぼう

 最高‼︎」

「そうかい?きんぴらは温めただけだし他のは冷蔵

 庫にあった物であり合わせのもんで作った簡単な

 品だ。たいした事ないよ。」

「たいした事あるって!冷蔵庫の中にある物でこれ

 だけ作れる方が料理上手って言うんだからね。」

「お前さんだって料理が上手いじゃないか。だから

 楓子にも出来るさ。」

「無理、無理。私なんて山ばあちゃんな足下にも及

 ばないって。このだし巻き玉子もお店で売ってる

 のより美味しいしほうれん草のおひたしも、私に

 はこんなに美味しく作れないよ。今度私にも作り

 方教えて?」

口いっぱい頬張っている私を見ながら、山ばあちゃんは嬉しそうに微笑む。

「お前さんは本当に美味しいそうに食べるから作り

 甲斐があるってもんだ。夕飯の後は、りんごを剥

 いてやるからね。料理だったらいつでも教えてや

 るよ。あっ、帰る前に包丁砥いどくから。ちょっ

 と切れ味が悪くなってたからさ。」

「えっ、じゃあ今日は山ばあちゃん帰っちゃうの?

 てっきり泊まっていくんだと思ったから、着替え

 とか用意したのに。」

「それも良いかと思ったんだが、毎朝ラジオ体操し

 とるでな。体操しないと朝が来たような気がせん

 。すっかり習慣になっちまった。」

「あっはっはっは、すごく分かるわ。やらないと何

 か気になって仕方ないっていう事あるよね。いつ

 の間にか癖になってるの。」

「ラジオ体操が終わったら、畑の野菜を見回って頃

 合いの良いヤツを収穫したりせんといかんでな。

 だから今日は帰るよ。きんぴらごぼうとかは全部

 タッパに詰めて冷蔵庫に入れてあるからね。」

「ありがとう、助かるよ。しっかし暇だからってい

 う理由で自分の庭を耕して畑にしちゃうの山ばあ

 ちゃんらしいよ。」

「そうかい?庭を遊ばせておくのも何だったしね」

「最近、ビニールハウスまで作っちゃったんでしょ

 う?それってもう家庭菜園の域を超えて、本格的

 な農業じゃん。自給自足の優良健康妖怪だよね」

「いやぁ、やってみると案外面白くてな。今じゃ一

 日中畑にいる位、夢中になっちまったよ。野菜が

 どんどん成長していくのが楽しくてねぇ。家庭菜

 園じゃ物足りなくなって、満足せんようになった

 わい。」

「山ばあちゃんの庭ってものすごく広いんでしょ?

 雑草除く事から始めて、一人で一から畑作りした

 んだもん。凄い!」

「たいした事無かったよ。気が付いたら畑ばかりに

 なったっただけだ。野菜も一人じゃ食べ切れんか

 ら、山の麓に無人販売所を作って売っとるのさ。

 今日だって楓子にもたくさん持って来たよ。」

「やった!山ばあちゃんの作る野菜は、有機野菜だ

 から美味しいもん。無人販売所でも大人気で、す

 ぐ売り切れちゃうんじゃない?」

「なるべく切らさんようにちょくちょく様子を見に

 行って補充しとる。何か自分の作った野菜を誰か

 が買ってくれるのが、これまた嬉しくてね。あり

 がたい事だよ。」

「山ばあちゃんが愛情込めて、一生懸命作ってるか

 らとても美味しいんだよ。」

山ばあちゃんは、とても嬉しそうにご飯を食べていた。

《山ばあちゃんは本当に嬉しいんだなぁ。今じゃ食べてもらう為に作ってるんだもん》

「いつも持って来てくれる野菜は、本当に新鮮だか

 らどれも生でサラダにしても美味しいんだよ。本

 来の野菜の味がするの。」

「そう言ってもらえたり売り切れてるのを見ると、

 手塩にかけて作ってる甲斐があるってもんだ。も

 っと言い野菜をたくさん作ろうとやる気が出る。

 楓子もいっぱい食べてくれる。嬉しいよ。」

話を聞きながら、私はある事を思いついて山ばあちゃんに

「あのさ提案なんだけど、野菜だけじゃなくて山ば

 あちゃんが漬けた漬け物も売ってみたらどうかな

 ?色々な野菜の漬け物も作ってるじゃん。絶対評

 判になるって!」

「漬け物をかい?」

「うん。だって山ばあちゃんの漬け物も超美味しい

 もん。ウチのばぁちゃんだって、山ばあちゃんの

 漬け物が一番美味しいっていつも言ってるんだよ

 ね。」

おかわりしながら言うと、山ばあちゃんは更に嬉しそうに笑う。そしてちょっぴり照れながら、

「本当かい?じゃあ今度、試しに置いてみようかね

 え。前にスズちゃんが教えてくれた漬け物がそろ

 そろ丁度良い頃合いになるから、それを置いてみ

 よう。」

「大丈夫、絶対イケるって!ウチのばぁちゃんは山

 ばあちゃんの漬け物しか食べないんだから。味は

 私とばぁちゃんが保証するから自信持って良いっ

 てば‼︎」

山ばあちゃんにピースしながら言った。

「そうだ、ばぁちゃんが今度違う漬け物の漬け方を

 教えて欲しいとか言ってたよ。ねぇ、私にも出来

 る漬け物の作り方を教えて?」

「そ、そうかい?スズちゃんには色々世話になって

 るからね。今度、野菜と一緒にまたたくさん漬け

 物を持って来るよ。スズちゃんにもお前さんにも

 いつだって漬け物の作り方くらい教えるさ。」


 スズちゃんとは私のばぁちゃんの名前。山ばあちゃんとばぁちゃんはお互いに「山ちゃん」「スズちゃん」と呼び合う程とても仲が良い。どうやら話など馬が合うらしい。


 ごちそうさまをした後、ふと山ばあちゃんに聞いてみる。

「山ばあちゃんの家はすごく遠くにあるんだよね?

 すごく遠いってどの位なの?二百㎞?あはは、そ

 れでは遠過ぎるかな。」

自分で言った事に笑っている私に、平気な顔して山ばあちゃんは言った。

「うんにゃ、ここから大体七百㎞以上あるんじゃな

 いかねぇ。」

しれっとしている山ばあちゃんに向かって、ぶったまげた勢いでド派手にお茶を噴き出してしまう。

「ちょっと!いきなり何やってんだい。ビックリし

 たじゃないか!汚いね。楓子、行儀が悪いよ‼︎」

タオルで顔や服を拭きながら、山ばあちゃんに怒られた。

「ごめ…ゴホッゴホッ、ごめんごめん、ゴホン。百

 ㎞位かと思っていたらまさか七百㎞以上の所から

 来てるとは思わなくて。ビックリし過ぎて、お茶

 が違うトコロに入っちゃった…」

いまだに咽せている私の背中をさすりながら山ばあちゃんが、「大丈夫かい?」と何度も声をかけてくれる。

《ここから七百㎞って何県の山奥に住んでるの⁉︎》















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