第21話

 乾かし終えてブラシで髪を梳き、今度は櫛を絡新んに手渡すと、絡新婦さんは慣れた仕草で素早く髪を結う。そして切った自分の髪をゴミ袋に入れ排水口や浴槽まで隅々掃除した。更に脱衣所まで掃除機をかける。

 その間に私は、お酒の肴を作ってコップと自分が飲むお茶をお盆に乗せて、テーブルに運んだ。すっかりした顔で掃除機を片付けると、絡新婦さんが持参したお酒を持って部屋に戻って来る。

 美味しそうにお酒を一気飲みした絡新婦さんに、

「いつも思うんだけど、髪を切る時は大雑把なのに

 その後は綺麗に掃除機までかけて、絡新婦さんっ

 て本当はすごくマメだよね。」

「マメじゃないさ。自分が汚した所は、自分でキレ

 イにするのは当たり前だろ。ほらっ、楓子のおか

 げでこんなに髪が短くなって、頭が軽くなったよ

 。いやぁ、髪が長過ぎるのも困ってもんだね。で

 も、ついつい伸ばしっぱなしにしちまうんだ。」

《絡新婦さんって、そこら辺の人間より常識があるかもしれないわ…》

「だけど今回は切り過ぎだよ。絡新婦さんの髪の毛

 はツヤツヤで全然傷んでないから、長い方が似合

 うの!あーあ、もったいなかったなぁ。私の憧れ

 の髪の毛なのに。それからは絡新婦さんには、ハ

 サミは持たせません‼︎」

「ほら、またもったいないって言う。髪のどこがも

 ったいないんだか。」

「絡新婦さんは自分の髪の毛の良さを知らないんだ

 よ。」

「良さを知って何になる。ここに来る時だって引き

 ずらないようにするのに一苦労なのにさぁ。」

「絡新婦さんの髪って、女性からしたら理想の髪な

 んだからね。」

「理想だか何だか知らないが、あたいの髪はすぐ伸

 びちまって困ったもんだよ。」

コップにお酒を注ぎながら、ブツブツ文句を言っている絡新婦さんの姿に苦笑する。

「そういえば、絡新婦さんは静岡県のご当地妖怪だ

 ったけ?」

「ご当地だか何だか知らないけど、屋敷はそこにあ

 るよ。」

「やっぱり妖怪も自分の住む場所って決まってるも

 のなの?」

「決まってるかどうかはソイツ次第さね。しかし滅

 多には住処を変えないねぇ。」

「どうして?」

「そりゃ、住み慣れてるからさ。わざわざ別の場所

 を探すのも面倒じゃないか。行くにしたって一苦

 労だしね。住みにくきゃ、元の住処に戻るっても

 んさ。」

右手にお酒、左手には肴を持って大声で笑う絡新婦さんとは正反対に私は、考え込んで聞いてみた。

「ねぇ、絡新婦さんから見たあぶジィってどんな妖

 怪なの?」

「そうさねぇ、油すましは滅多に人前にも妖怪の前

 にも姿を現さない妖怪だ。住処から動かずジッと

 してる。ほとんど喋りもしないから、あたいから

 すると何考えてんのやらちっとも分からないね」

そして私は、今までどの妖怪にも聞けなかった事を絡新婦さんに思い切って口にする。

「じゃああぶジィはどうしてウチに来て、ずっとこ

 こにいるんだろう?」

「そこなんだよ!あたいら妖怪達皆んな、びっくら

 こいたのさ。あの油すましが人間の住んでる家に

 自分から行ったっていうじゃないか。しかもその

 人間と一緒に住み始めたときたもんだ。もう一晩

 で妖怪中に知れ渡って、驚いたのなんのって。」

「そんなに驚くような事なの?」

「当たり前じゃないか!あの油すましだよ⁉︎あたい

 なんざ信じられなかったね。実際、ここに来るま

 では正直でまかせかと思ってたよ。」

「本当に驚く事なんだ…。」

「だから、油すましが来た次の日からあたいみたい

 に信じられなかった妖怪達がわんさか来ただろう

 ?」

「わんさかどころじゃなかったよ。家に帰ったら、

 部屋に入りきれない程の妖怪達がいるんだもん

 。その時は妖怪の事何も知らなかったから、す

 っごくビックリしたぁ。でもたくさんウチに来ら

 れても困るから、来るんだったら大勢で来るな!

 って怒って全員叩き出してやったわ。」

「あーっはっはっはっ、まさか人間に怒鳴られると

 はヤツらも思ってなかっただろうさね。今でも毎

 日確かめに来るヤツらがいるんだろ?」

「うん。初めて来た妖怪には自己紹介してもらって

 る。じゃないと何て呼べば良いのか分からないか

 ら。でもさ、毎日来るのは良いんだけど大騒ぎす

 るし、やりたい放題好き勝手ばっかりして困って

 るの。」

「はっはっはっ、そんときゃまた怒鳴りゃいい。」

「一日中入り浸ってばかりいる奴もいるし、片付け

 ないから今皆んなに片付ける事を一生懸命怒りな

 がら教えてる最中なんだよ。後はまあ、私も仕事

 が休みの時はせこやキジムナーのチビ達と一緒に

 お昼寝したりしてるけどね。」

「あやつらは本当に楓子を好いてんだ。可愛がって

 おやりよ。」

「何かイタズラしたり物を壊したりした時はお尻を

 叩いて怒って、ごめんなさいって謝らせてるよ。

 妖怪だからって悪い事したら怒らないと。」

「ふっふっふ、楓子はすっかりチビ共の母親なんだ

 ね。」

「え〜っ⁉︎私、まだ母親っていう歳じゃないもん。

 あのさ、話を少し戻すけど…あぶジィがウチに来

 て、私と住んでるのは本当にそんなに驚く事なの

 ?」

「そりゃそうさ。油すましは一度もいる場所から動

 いた事無い妖怪だからね。その油すましが、少し

 でも動いたり喋ったりするだけで驚くよ。」

「そうなの?絡新婦さんは、あぶジィが今までいた

 場所がどこか知ってる?」

「いや、知らないね。知らない妖怪の方が多いんじ

 ゃないか。」

「そっか…、だったらあぶジィが元いた場所に戻る

 事だってあるんだよね?」

「そりゃあるだろうさ。何考えてんのか本当に分か

 らんが、ここは何かの用事があって来たかもしれ

 ないし、何かしたい事があるのかもしれない。」

「そうかも…。」

「油すましなりに何か意味があるだろうけど、もし

 目的があるならそれが済んでしまえば元々いた場

 所に戻るかもしれないねぇ。」

一升瓶を二本も飲んで、酔っ払ってる絡新婦さんの口調はもう呂律が回っていない。もう止めようと介抱しながら、

《何だろう、心の中がモヤモヤする…。何このモヤモヤは?》

 結局三本空け、ベロベロに酔っ払った絡新婦さんが心配でウチに泊まっていくように私が言うと、ふらつきながら「大丈夫、大丈夫」と手を振って帰って行った。ちゃんとゴミ袋と一升瓶三本をしっかり持って。


 一人になっても心の中のモヤモヤは消えてくれない。それどころか、段々ドキドキしてきた。ずっと頭の中では絡新婦さんが言った「元々いた場所に戻るかもしれない」という言葉がグルグル回っている

《もしかしたら、あぶジィは元のいた場所に戻ろうとしているのかな?だったらあぶジィが毎日どっかに出掛けて行って、帰って来なかったり他の妖怪達の様子がおかしいのにもちゃんと納得いくもの…》


 日が経つにつれ、心の中のモヤモヤがどんどん大きくなっていくのと同時に妖怪達もめっきりウチに来なくなった。

《一昨日、久しぶりに河童が来て、きゅうりの浅漬け食べてさっさと帰って行ったっけ。浅漬け食べる為だけに、わざわざ来たのかアイツ⁉︎》

河童がちょっと来ただけで、あれから誰一人としてウチには来ていない。

《やっぱり絡新婦さんが言う通り、あぶジィは自分が元々いた場所に戻っちゃうのかもしれない。それとも新しい住処を探し回ってるのかも…。どっちにしたって、あぶジィはウチから出て行くって事だよね。そしたら他の妖怪達もウチに来てくれなくなる訳で…。もう一緒にはいられないのかもしれない。どうしよう、どうしたらいいんだろう》

どんどん悪い方向へ考えてしまい、誰にも相談出来ないまま日を追うごとに暗く落ち込んでいった。



























































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