第20話

 木本監督に今日も怒られ、居残りでも散々怒られっぱなしで「ここまで編んできて下さい!」というノルマを与えられてしまった。

 疲れて「ただいま」と帰宅すると、川兄弟と河童と魍魎など色々な妖怪達がDVDを観ている。

「あれ、あぶジィは?」

「昼にどっか出掛けたまま、まだ帰って来てない」

「そっか。」

 最近、あぶジィは毎日どこかへ外出するようになった。今までは、ずっとウチの中にしか居なくてテレビを一日中観ながら引きこもっていたのに。

《外出する事は良い事、良い事。あれ?最近ふんどし妖怪も来てないわ。まぁ、アイツの事はどうでもいっか。しつこく絡んでこないからむしろ来ない方が編むのに集中できる。今日はチビ軍団も遊びに来てないしノルマをこなせるでしょう!》

 夕飯を簡単に済ませて、今日間違えた所を解くというのをいつも通り繰り返していたら、妖怪達が観ているDVDが海外ドラマだと気付く。

「ねぇ、一昨日までアニメ観て、あれこれバカらし

 い事ばっかり試して盛り上がってたのに何で海外

 ドラマ観てんの?」

「カラスのブランコに乗りたくて何度もカラスを呼

 び寄せても、カラスが一羽も寄ってこんかったか

 ら止めたでごんす。それより、今一番大変な場面

 でごんすから話しかけるなでごんす。」

と魍魎が早口で言い終わり、他の妖怪達は皆んなで「あぁ、危ないにょ!」「二人とも急いで逃げろよ

‼︎」と口々に叫んでいた。

《カラスにまで相手にされない妖怪ってどうよ⁉︎バカにされてるんじゃないの?何だかもうアンタ達が

可哀想になってきちゃったわ。そして、とうとう海外ドラマまで観始めたりして…。それ、随分前に流行ったドラマよね》

妖怪達が観ているDVDは、館長からもう自分は観終わったからと全シリーズ、プラス映画版まで全部を無理矢理押し付けられた物で、私自身どこにしまい込んだのか忘れていたのだがよく見つけ出したもんだと感心する。

「いんやぁ、どげんに危険でも死ぬかもしれん戦い

 でもパートナーとお互いのピンチを助け合うちゅ

 うのは素晴らしいべな。」

そう言ってずんべら坊がしきりに感動していた。他の妖怪達も絶賛している。

《そう言ってます、ずんべら坊さんに一言言っても良いですか?目、鼻、口も無いあなたが主人公達を褒めるのは良いかも知れませんね。でも私としては

あなたがどうやってドラマを観てどこで主人公達を褒める言葉を発しているのか、全く分かりません。なので、何故か私はあなたを褒めたいです。何はともあれ、青森からわざわざいらっしゃって…。ご苦労様です》

摩訶不思議で得体の知れない存在であるずんべら坊を見ながら思ったと同時にどうか韓流ドラマにだけはハマってくれるなと祈る。

 編みながら何度も時計を見て、あぶジィの帰宅がいつなのか気になって仕方がない。

「もうすぐクイズ番組が始まるのにあぶジィ、まだ

 帰って来ないのかな?」

この時間には、あぶジィが毎週欠かさず観ているクイズ番組がある。あと少しで始まるのに、あぶジィが帰って来ないので心配になってきた。


 あぶジィは超テレビっ子だ。常にテレビを観ている。ニュースやドラマも観るけれど、特に旅番組とクイズが大好きらしく録画も自分でする。朝一番にする事は新聞で番組をチェックして赤ペンで丸を付ける。

 クイズ番組では、解答者と一緒に自分も答えるし旅番組の時は紹介している食べ物を何やらメモしていたりしている。

 あぶジィは何も言わないけれど、本当はチェックした食べ物を紹介していた土地の妖怪に食べたいと頼みたいが、言い出せないでいる事を私は知っていた。

《メモを持ってウロウロする位なら他の妖怪達がいつもやっているように、あぶジィも気軽に頼めば良いのに…》

 妙なところで遠慮するあぶジィは面白いと思いつつ、あれは遠慮というより単にお願いする勇気が無いだけなのでは?とも思っている。そして結局私がネットや電話でお取り寄せするのだ。


 ノルマの分を編むのに二時間以上かかり、その間に次々と妖怪達は帰って行って日付が変わるまで待ってみるが、

その日、初めてあぶジィは帰って来なかった。



 初めての外泊から、あぶジィの帰宅時間はますます遅くなり外泊して朝帰りも増える一方。

《おかしい!何か絶対におかしい‼︎今まで気にしていなかったけど、あぶジィが初めてウチに帰って来なかった日から他の妖怪達の様子まであからさまにおかしくなった》

何故か私と目を合わせようとしないし、あぶジィの事を聞くとすぐに話を逸らしてしまう。

最もおかしいのは、今まで散々深夜まで大騒ぎしていたのに皆んな九時頃には黙ってそそくさと帰って行く事。

《何なの、あの急な変わり様は?何か悪巧みしてるとか⁉︎いやいや、あぶジィは悪い事を考えられるような妖怪じゃないもん。ふんどし妖怪とは違うからね。皆んな本当にどうしちゃったんだろう…》

私は、急によそよそしくなった妖怪達の様子を怪しみ始めた。

 何故だろうと一人悶々と考え込んでいる私のウチに、絡新婦さんが久しぶりにお酒を持参で遊びに来てくれた。


 絡新婦さんは竹を割ったようなサバサバとした性格で、思った事をはっきり言うきっぷの良いとても美人さんの妖怪だ。しかし名前の通り顔は美人さんなのに、身体はとても大きな蜘蛛のようで、本物の蜘蛛達を自由に操る。


 この世で一番大嫌いなモノが蜘蛛であるあ私は、初めて絡新婦さんに会った時に何も言えずに卒倒した。その場にいた妖怪達は急に気を失った私を皆んなでとても心配してくれ、絡新婦さんも泣きながら何度も謝ってくれたし絶対私の側に蜘蛛達を近付けたりしないと約束してくれた。それ以来、絡新婦さんはちゃんと約束を守ってくれている。私の方も絡新婦さんの身体だけは、見るだけなら大分平気になった。 


 絡新婦さんは、とても綺麗な黒髪をしているけれど髪が長過ぎて自分では上手く洗えない事で困っている。その為ウチに遊びに来た時には、私が髪を洗ってあげる事にしている。

 今日は髪を洗ってあげるだけでなく少し髪を切りたいと言った。

身体をバスタオルで何枚も巻いて隠し、気持ち良さそうにうっとりと湯船に浸かっている。その間に私は絡新婦さんの髪を丁寧にブラシで梳かしていた。

「いつも悪いねぇ。」

「何言ってるの。髪は女の命って言うじゃない!絡

 新婦さんの髪の毛って、本当にツヤツヤで全然傷

 んでないんだもん。ねぇ、本当に切っちゃうの?

 切るのもったいないよ。これだけ長いと誰でも洗

 うのは苦労するけど、私は絡新婦さんの髪の毛を

 洗うの好きなんだぁ。洗いがいがあるし触ってて

 も気持ち良いしね。だから切らずに梳くだけにし

 ない?」

「この髪を綺麗だと言ってくれるのは楓子だけだよ

 。でも今日は切るよ。長過ぎて重たいし、あたい

 の屋敷が髪でいっぱいになってて邪魔になってき

 たんだ。バッサリ切る。髪なんざ切ったところで

 また伸びるモンなんだから、もっないなくも惜し

 くもないさ。さぁ、ハサミを貸しておくれ。」

渋々ハサミを渡すと、絡新婦さんは髪を手繰り寄せて何の躊躇いもなくザクザクと何回も切っていく。

「あぁ〜!もったいないってば‼︎もう切るの止めよ

 うよぉ。」

「良いって、良いって。こんなの長くったて、何の

 役にゃ立ちゃしないんだから。それに切るときゃ

 思いっ切り切るのが一番だ。」

そう言いながら、絡新婦さんはどんどん髪を大雑把に掴んでは、ジョキジョキ切っていた。心配する私は、

「そんなに雑で適当に切っちゃうの?大丈夫?」

絡新婦さんは笑いながら、

「大丈夫、大丈夫!」

気にすることなく切り続ける。


 何十メートルもある髪をどれ位切っただろうか、何メートルもの髪の毛がタイルの上に落ちていった。

浴槽の下から一〜ニメートル程垂れ下がる位まで切り終わると、私にハサミを手渡しながら

「あー、サッパリした!頭が軽くなったし、もっと

 早くに来りゃ良かったよ。楓子、悪いが髪を洗う

 前に切った所を整えてくれるかい?」

とても短くなった髪を見ながら、私は少し残念に思いながら絡新婦さんの顔を見る。

「もう、こんなに短く切っちゃって…。切り過ぎだ

 よ!」

文句を言いながら切った毛先を整えた後、梳きバサミで髪全体を梳いた。そして髪をキレイに泡立てて洗いながら、私は何度も「もったいない…」と呟く。そんな私とは正反対に、絡新婦さんは豪快に笑っていた。 

 トリートメントしている私に向かって、

「あたいは楓子の髪位の長さにしたいね。どれ、も

 う少し切ろうか…。」

もう一度ハサミを持とうとする絡新婦さんの手からハサミを取り上げて、ポケットの中に隠す。

「もうダメ!これ以上切っちゃダメだよ!いくらま

 た伸びるからって、こんなに切っちゃうなんて…

 。絡新婦さん、加減を知らないんだもん。これか

 らは私が切る。もう絡新婦さんにはハサミを持た

 せません‼︎」

「ありゃ、楓子に怒られちまったよ。」

私の髪は肩より少し長めだけれど、絡新婦さんな髪は長い方がより綺麗に見えるのだ。

《絡新婦さんったら、どんどん切っていっちゃうんだもん。しかも適当に掴んで切るから、もうハサミは持たせてやんない!》

「はいっ、もう洗い終わったよ。後はお風呂上がる

 時に呼んでね。タオルとドライヤーを用意しとく

 から。」

「あいよー。ありがとさん。」

 お風呂場を出た後、自分の部屋からドライヤーを脱衣所に持って行ったりバスタオル二枚とタオルは五枚は必要だろうと、タンスから取り出しているとお風呂場から「上がったよー」と言う声が聞こえた。


髪を七枚のタオルてくるみ、大分平気になったとはいえやはり大の苦手には変わらないのでバスタオル三枚追加で、身体の方は完全に見えないようにしてから絡新婦さんの髪を乾かし始める。

上は私のキャミソールを着て、下は大きなバスタオルで隠した絡新婦さんは見事な湯上がり美人で、嬉しそうに鏡で髪がどれ程短くなったかを見ていた。
















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