第19話

「一度決めた事は決して諦めない娘なのよね。何が

 何でもやり遂げようとするの。」

「そして真剣な顔で編み棒と毛糸と格闘して、本に

 は自分が間違えた所に印付けたり分かりやすいよ

 うに自分で書き直したりしてるんですよね。ウチ

 で編む時に見ながらやってるからって。ここまで

 頑張ってる人を応援したいじゃないですか。」

「やると決めたら必ずやり遂げる芯の強い娘なの。

 頑として妥協せず、どんなに苦労しても無言実行

 しちゃう。あれだけ必死な姿見てたら、こっちも

 真剣になっちゃうわよね。…の割には全然進歩し

 てくれないのが残念だけど。」

「どうしたら進歩してくれるんでしょうか…。」

「難しいわね。それに私はあの娘が気になってドキ

 ドキさせられっぱなしなの。」

「なんだか谷口さんって中川さんのお母さんのよう

 ですね。」

「だって自分の娘よりも気にしてるもの。私の旦那

 もそう言うのよ。うちの娘は高ニなのにねぇ。」

「そして、そういう私も年下だけどお姉さんになっ

 た気持ちになる。」

二人は同時に吹き出して大笑いする。

「中川さんって何というか独特な雰囲気があります

 よね。慕われやすいと言いますか親しみやすいと

 言いますか…。すべてにおいて分け隔てなく接し

 てくれるから私も入りたての頃から話しやすかっ

 たです。初めて挨拶した時、ガチガチに緊張して

 たら笑って大丈夫だよって…。その一言で何故か

 本当に大丈夫なんだと思えて安心しちゃったんで

 すよね。」

「今時珍しく心が無邪気で、とても純粋なの。そし

 て嘘付かず、本当に思った事を言うから言われた

 相手は素直に、あぁそうかと思うのよ。とっても

 優しいの。だからなんでしょうね、利用者の方々

 から好かれてるのよ。特に年配の方や子供達に」

「そういえば以前、子供の頃からやたら動物が近寄

 って来て懐かれるとか言ってました。野良猫とか

 が懐いてくれるのが嬉しいって。一人暮らしだか

 らペットが飼えない分野良猫や近所の犬を触るの

 がちょっとした癒しなんだそうです。」

「うーん中川さんの場合、変わってるというより【

 不思議な人】っていう表現がピッタリなのよね。

 私、中川さんをずっと見てて面白いの。全然飽き

 ないのよ。若いのにお年寄りみたいな事をしょっ

 ちゅう言うし。それで年配の利用者の方々と話が

 盛り上がるみたい。孫みたいだそうよ。『楓子ち

 ゃん』と呼ばれるのもそれが理由。」

「そうなんですか。私、いつも何故中川さんだけ名

 前で呼ばれるのか分からなかったんです。」

「なんというか、あの娘ってどんな者でも受け入れ

 る温かい雰囲気も持ってるの。ほら特に何もして

 ないのに自然と人が周りに集まってくる人がいる

 でしょう?まさに中川さんがそういう人。」

「言われてみれば中川さんが読書会で朗読する時、

 子供達は中川さんの周りにたくさん集まりますし

 年配の方々もいらっしゃいますね。谷口さん…、

 中川さんに初めて会った時に私の靴を見て〔新し

 い靴は朝か明るい時に下ろさなきゃいけないんだ

 よ。夜は絶対ダメなの〕って言われたんですけど

 …。」

「それは、ほら【夜は爪を切ってはいけません】と

 いうお年寄りの方々が言うでしょう?あれと一緒

 よ。大学生の時にご両親とお兄さんを亡くしたら

 しく唯一の家族がおばあさんだけなんだって聞い

 た事があるわ。きっとそのおばあさんがいつも教

 えて下さったんじゃないかしら。ねっ、面白いで

 しょう?」

谷口さんがクスクス笑った。木本さんも「そうです

ね。」と笑う。それから少し考えた後木本さんは、

「中川さんって喋らなければ結構凛とした綺麗な人

 なのになぁ。ましてかなり天然じゃなきゃ、すご

 く仕事が出来る格好いい人なのでイケてると思う

 んですけどね。友達なら今度のコンバに誘われて

 るんですけど、中川さんを誘っても大丈夫でしょ

 うか?」

「良いんじゃない。中川さんだって充分お年頃なん

 だし。誘ってみたら?」

「そうですよね。誘ってみます。」

「こうやって中川さんの事を話してみて、改めて不

 思議で奥が深い人だと思っちゃったわ。」

「私もです。自分の世界を持ってる人だと思います

 よ。」

「私達には無い雰囲気があって、とても底なし沼の

 ように奥が深くて…」

『とにかく面白い‼︎』見事にハモり、谷口さんと木本さんはまた大笑いした。

「それにしてもマフラーの事なんですが、あのペー

 スだとマフラーだけしか編めないんですよ。マフ

 ラーさえ危ないくらいです。手袋を編むのはもう

 アウトですね。どうしましょうか?」

「そうね、私も今まで見てて手袋までは編めないだ

 ろうと思ってた。でも本人は手袋も編むつもりで

 いるし…。とりあえず今はマフラーが完成するよ

 うに木本さんはマフラーの編み具合を見るのに専

 念してあげて。それで今は様子を見ましょう。い

 ざとなったら私も心を鬼にして厳しく注意するわ

 。手袋は残念だけど諦めてもらいましょうね。こ

 らからは、これに懲りて二度と編み物をしようと

 思わないで欲しいもんだわ。」

「私だってもう応援する気ありませんよ。」

今度は二人同時に深い溜め息を吐く。


 二人がずっと自分の話をしているなど知らない私は、呑気に鼻歌まじりで新刊をジャンルごとに分けて、新刊コーナーをどうするかイラストを描いていた。

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