第18話

「ありゃ、また間違えちゃった。あっここも一段ず

 れてる。あれぇ、何でここ穴開いてるの?あぁ〜

 また解かなきゃ。いやぁ、慣れない事やるのは難

 しいなぁ。」

 仕事のお昼休みの時間、昼食も食べず編み物の本とにらめっこしながら毛糸と編み棒相手に苦戦していた。悪戦苦闘している私を、箸を持ったままじーっと見ていた木本さんが見かねて声をかける。

 木本さんは今年入ってきた大学を卒業したばかりの新人後輩さん。

「中川さん、何やってるんですか?まだ八月に入っ

 たばかりですよ。クーラー効いてるけど見てるだ

 けで暑苦しいです。」

「うん分かってるよ。ごめんね。でも私、超不器用

 だから今から編まないとクリスマスに間に合わな

 いと思って…。あっ、まただ。」

「さっきからずっと見てますから中川さんが不器用

 なのは充分分かりますよ。だからっていくら何で

 もまだ早すぎなんじゃないですか?クリスマスま

 でまだまだ先じゃないですか。」

「私、今まで一度も編み物とかした事無いんだもん

 。このままだとクリスマスどころか、お正月が過

 ぎても間に合わないと思うんだ。だから何として

 でもクリスマスまでに間に合わせるには今から編

 まないといけないの。」

「よく分かりませんが不器用なのに初めて編み物し

 ようと頑張るなんて、そこまでしたい相手ってや

 っぱり好きな人か彼氏さんの為なんですか?」

興味津々で尋ねられても編み物から目を離す事なく

「残念でした。全然そういう人いないよ。ばぁちゃ

 んと私の友達の為に編んでるの。」

「なんだ、つまんないの。それで今編んでる物はな

 んですか?」

「マフラー。普通よりもっと幅広くて長く編まない

 とサイズが合わないんだよね。それから手袋と帽

 子も編まなきゃ。」

「さっきから見てますけど、マフラーの二段目から

 全然進んでいませんよ。それなのに手袋と帽子ま

 で編むって…。買った方が早いと思いますけど」

「それじゃダメなの。いつもありがとうっていう気

 持ちを込めてこのマフラーを編まないと意味が無

 いんだよ。買った物じゃダメ!」

《そう思ったから、母さんが編んでたのを思い出して毛糸と編み棒を探し出したんだもんね》

「でも最近では手編みのセーターとかマフラーって

 嫌がられますよね。重過ぎるとかウザいとかで」

「えっそうなの⁉︎一生懸命考えて、マフラーなら私

 にも編めるかもって…。コレしか思い浮かばなか

 ったのに。超不器用な私にしては、絶対編むぞ!

 って堅い決心の上で大冒険してるんだよ。こうい

 うの大の苦手だけどやっとの思いで編み始めたば

 かりなのに、嫌がられる物なの?」

やる気満々だった気持ちがみるみる萎んでいく。

《【ありがとう】を形にしたかったのに嫌がられるとは思わなかった…》

すっかり落ち込んで涙目になってしまった私に木本さんが慌ててフォローしようとしてくれた。

「いや、でもあくまで一般論であって必ずしもそう

 とは言えませんって。それに中川さんが渡したい

 相手はおばあちゃんとお友達なんですよね?だっ

 たら絶対受け取ってくれますよ!」

「本当に?」

涙声で聞き返すと、木本さんは力強く何度も頷く。

《本当に受け取ってもらえるかなぁ…》

「しかし、中川さんが不器用なのに気持ちを込めて

 編むって決めた位ですから、よっぽど大切なお友

 達なんですか?」

「そうなの。ばぁちゃんは唯一の家族だし友達と言

 っても私だけがそう思ってるだけかもしれないけ

 どさ、私の中では親友…。ううん、もう家族と一

 緒なんだよね。」

「どんなお友達なんですか?」

「無口でほとんど喋らないんだけど、いつも側にい

 てくれるの。嬉しい時も悲しい時も何も言わずに

 隣りに座っててくれて、それがすごく安心するん

 だ。普段は照れくさくて言えないから、せめて自

 分が編んだマフラーをプレゼントして感謝の気持

 ちを形に出来たらなぁと思って…。」

「よーく分かりました‼︎中川さんの気持ち、しっか

 り形にしましょう。あまりにもベタで王道のあり

 きたりな話ですが、私そういうのかなり弱くて大

 好きなんです。気持ちを全部込めて必ず編んで渡

 しましょうね。こう見えても私、中、高と手芸部

 だったので編み物は得意なんですよ。分からない

 所があったら教えますから頑張って下さい!」

何故か瞳を潤ませた木本さんが私の両手をしっかり握りしめた。

「木本さん、ありがとう。でも私、本当に不器用だ

 し初めて編むからあなたに頼ってばかりになっち

 ゃうかもしれないよ?」

「何言ってるんですか。中川さんがいくら不器用で

 も初めから上手に編める人なんていまさん。だか

 ら遠慮しないで下さい。私が応援したいと思った

 んですから良いんですよ。あぁ、久しぶりに良い

 話聞いちゃった。」

「本当に大丈夫かな?編んでも受け取ってもらえる

 か分からないのに…。」

「その時は自分で使っちゃえば良いんです。それに

 マフラーなんて初心者にはうってつけの物ですか

 ら心配いりませんって!」

「木本さん…本当にありがとうね。私、一生懸命編

 むね。そしてちゃんとクリスマスまでに間に合わ

 せるから。」

「じゃあ私は監督するって事で決まりですね。見守

 ってますから分からなくなったら教えて下さい」

こうして木本さんの応援を受けながら、初めての編み物に挑戦することになった。

 しかし私の不器用さは尋常ではなく誰でも編めるはずのマフラーは一向に進まない。また最初は優しく応援してくれていた木本さんが段々と鬼監督になっていき、応援どころか怒られてばかりの毎日になった。

 職場の昼休みは、昼食を急いで食べた後すぐに何度も怒られながら編んで、夜は一人深夜までポイントや自分で分かりやすく書き足した本の説明を何度も見ながら、木本監督に教えてもらった事を思い出しながらせっせと奮闘すら日々が続く。

 妖怪達や特にあぶジィにバレたら最後だと最前の注意を払っていたが運良く妖怪達は今、某妖怪達が活躍するアニメに大ハマりしていた。私がマフラーを編んでいてもアニメに夢中で全く気にしていない

 毎日飽きもせずやんや、やんやと主人公に声援を送って、アニメの中に自分が登場すると跳び上がらんばかりに大はしゃぎ。中でも妖怪達の総大将であるぬらりひょんが悪の親玉というのが、大いに気に入っているらしい。

 ぬらりひょんはどこのご当地妖怪なのか聞いてみた時、妖怪達は口々に「あやつは全国をぶらぶら歩き回っとるから決まっとらん」との事。それどころか、

「そういや、今どこにおるか分からんべし。なぁ、

 知っとる者はいるべし?」

「知らな〜いどすぅ。」

「また、どっかの人間の家の中に紛れ込んどるんじ

 ゃないだすか?」

と誰も行方すら知らず、関心も無いようだった。

 そのアニメに大きな影響を受けたらしく、一反木綿にどれだけの妖怪を乗せて飛べるか試してみたり妖怪ポストをウチに置いて欲しいと言い出したりする。更にカラスのブランコで遊びに行きたいとか各自好き勝手にやってみているが、ほとんど失敗していた。けれどめげる事無く次々に色々な事を楽しそうにチャレンジしている。

 ちなみに妖怪ポストの件は、ただのコレが食べたいやらアレが欲しいというリクエストや要望しか書かないだろうと即却下した。そして、そのアニメの主人公であるヒーローは妖力ではなく霊力を使って悪者を倒すのだと私は知った。


 九月が始まったばかりの頃の職場の昼休み。木本さんが私が編んでいるマフラーを広げて

「やったじゃないですか、中川さん!三分の一まで

 編めたじゃないですか。このまま順調にいけば何

 とか完成が見えてきますよ。さぁ間に合わせる為

 にこれからもっともっと厳しく見張ってますから

 ね。覚悟して下さいよぉ〜」

「うへぇ、これ以上厳しくなるの⁉︎嫌だよ!だって

 木本さん、鬼監督なんだもん。怒られて何度泣き

 そうになった事か…。」


 現に木本監督は「こんなに編み物が出来ない人を見た事が無い。もう不器用とかではなく才能が無い

!」とキッパリ言い切って下さった。そしてばぁちゃんへの手編みのマフラーは無理だと判断され、半纏をプレゼントする事にした。手袋の方は五本指のタイプではないデザインに帽子は「中川さんには編めません」という事でボツにするよう変更せざるを得なくなった。


「罰当たりな事を言うんじゃないの。根気よく木本

 さんが見てくれてるから、ここまで続けてこれて

 いるんでしょう。そうじゃなきゃ、こんなに簡単

 な物にも苦戦しているあなた、とっくに見放され

 てるわよ。」


 木本監督に怒られながら分からなくなった所を聞いて編んでるにも関わらず、全く進まない編み物に半ベソかいてる私をこれまた見かねた谷口さんまで私の横についててくれるようになった。

 木本さんに怒られめげそうになる度、谷口さんが慰めて励ましてくれる。まさにアメとムチの絶妙な二人の監督のおかげで何とか続けてやってこれているのは事実だ。

「分かってますよぉ。お二人のおかげですよぉ。と

 ーっても感謝してます。だけど見張ってる時の木

 本さん、本当に怖いんですもん。今にも頭から角

 が生えてくるみたい。仕事の中の穏やかでおっと

 りしている人から真逆に変わるんですから。」

「あのですね、言わせてもらいますけど私だってこ

 こまで出来ない人見てたらイライラして怒鳴りた

 くもなりますよ。やっと編めるようになった所が

 次の日には、また編み方が分からなくなってるん

 ですからね。」

「うぅ、私だってこんなにも自分が超不器用だなん

 て思わなくて…。自己嫌悪に陥ってるもん。」

「向いてないからですよ。一歩進んで三歩下がるマ

 イナスの成長ぶり。頭が痛くなりますね。なのに

 どうしても手編みにこだわるですから。」

「そうよねぇ。私も見てて中川さんより木本さんの

 方が可哀想に思えてならないわ。だから私も中川

 さんの横についててあげる事にしたんだもの。マ

 フラーなんて本を少し読んだら小学生でもスイス

 イ編めるものよ。それすら出来ない人がよく編み

 物しようと思いついたもんだわ。」

「そうですよ。本当だったら教える必要も無いしコ

 ツも何も要らない誰だって簡単に編める物なのに

 。中川さんときたら…。」

深く溜め息を吐いた後、二人してうんうんと頷き合っている。

 谷口さんと木本さんの会話を聞いて、いたたまれなくなった私は席を立った。

「鬼監督が二人になる前に、お先に仕事へ戻りまー

 す。谷口さんと木本さんはゆっくりしてて良いで

 すよ。ちょっとしたお詫びとお礼のつもりで三十

 分長めに休憩してて下さい。あっ館長には上手く

 誤魔化しときますね。」

そう言うと「よしっ」と気合いを入れ直して、午前中に届いた新刊をチェックしに休憩室を出た。


「中川さんって不思議な人なんですよね。入ってき

 たばかりの時は、しっかりしてて真面目な人だと

 思っていたんですけど…。いや、確かにしっかり

 してて仕事の出来る真面目な人ではあるんですよ

 。でもどこかズレてるというか超天然な人でもあ

 るって分かって正直驚きました。それに…すごく

 気になっちゃうんです。」

「私もそうなの。」

「一生懸命過ぎて、どっかで息抜きしないといけな

 いんじゃないかと思うんですよ。後輩の私が言う

 のも何ですが…。生意気ですけど、一人で何もか

 も頑張り過ぎてるように見えるんです。もっと他

 の人を頼っても良いのに…。」

「そうでしょう。本人は自分が頑張り過ぎてたりか

 なり天然だなんて全く気付いてないけどね。…あ

 らあら、とうとう中川さんったら木本さんにまで

 心配されるようになっちゃったわ。」

「気付いてないなんてタチ悪いですよねぇ。もう中

 川さんったら…。」

「ほら、あの娘って見ていてどことなく全部一人で

 やろうとしてるでしょう?だからかな、何とかし

 てあげたい、少しでも手助けしてあげなきゃとか

 母性本能みたいなものがくすぐられちゃうのよ」

「そうなんです!分かりますぅ」

「それに、あんなにオンとオフがはっきりしてる人

 って珍しいわ。オンは仕事モードでオフだと子供

 みたいな所がたくさんあるでしょう。」

「そうなんですよね。私の方が年下なのにお姉さん

 になった気分になる時がありますよ。今回だって

 話に絆されたのと同時に何とも言えない、最後ま

 で見守りたいと思って応援する気になったんです

 もん。」

「そうだったの?」

「はい。目に余る程全然進歩が見られないのに一生

 懸命なのが伝わるから見捨てられない。それに『木本さんの鬼!』とか『うわぁ〜ん、また分んな

 くなっちゃった』とか毎回文句言ったり泣き言は

 言うんですけど、絶対『もう嫌だ』『もう止める

 』って弱音を吐かないんです。目にいっぱい涙浮

 かべてるのに止めようとしないんですよ。」














































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