第16話

 笑いが収まるのに三十分以上かかった。その間ずっとあぶジィが背中をさすってすれていたのだった。何度も「ありがとう」を言いながら

《明日も仕事なのに笑い過ぎてお腹が筋肉痛だよ。ちゃんと仕事できるかな…》

「もう大丈夫なの?」

知らん顔で雲外さんは私の顔を覗き込みながら聞いてきたので、筋肉痛のお腹を押さえながらも大丈夫だと返事をする。

 ちゃんと座り直して冷めたお茶を一気に飲み干した。

「はぁ、しんどかったぁ。やっと落ち着いたよ。も

 う笑い疲れちゃった。雲外さん、笑いを煽るなん

 て酷いじゃない!すごく苦しかったんだからね」

「笑い転げるあんたが面白いくらい滑稽なんだもの

 。ねえ、いつも鵺を見たらあんなに大笑いする訳

 ?」

「うん、そうだよ。最初に会った時から慣れるまで

 トイレに行くふりして自分の部屋でずっと一人で

 大爆笑してた。笑い過ぎて顔の筋肉が引き攣るし

 思いっきり笑い転げてたっつーの‼︎あんな面白く

 てダサい姿を見て大昔の人達は怖がってたの?」

「そうよ。」

「確かに驚くでしょうがアレのどこが怖いのよ?本

 当は笑われてたんじゃないの?ある意味斬新な姿

 ではあるけどね。私にはバカにしてるのか、驚か

 せたいのかさっぱり分からん。」

「本人があの姿で良いと思ってるなら良いんじゃな

 い。」

「そうだけど、絶対[うわぁ〜]って気の毒な驚き

 方されてたと思うわ。まさに正体不明!あんなの

 見たら迷わず矢を放ちまくるよね。驚かせるなら

 一番インパクトあるしオカマの鏡と同じイタさを

 持ってる。鵺本人は気付いてるのかな?気が付か

 ない方が幸せかも…。あんな姿してるけど案外ハ

 ート弱いから。」

「オイ、ゴラァ!オカマ、オカマって言うんじゃね

 ぇ‼︎」

野太いおっさんの声で雲外さんが私に詰め寄ってきたので、今度は私があぶジィの後ろに隠れた。

「ほらほら雲外さん、男に戻ってるよ。美しい淑女

 なんでしょう?」

「あら嫌だ。あたしったらはしたない真似を…。い

 けない、気をつけなくっちゃ。」

オホホと笑いながら恥ずかしがる雲外さんを見ながら顔が引き攣る。

 引き気味になりながら、どうにか話を戻そうと

「それとね、可愛くて大好きなんだけど小豆さんも

 よく分からない妖怪なんだよね。ずっと小豆を洗

 ったり数えたりしていて飽きないのかな?」

「飽きないんじゃない?そういう妖怪なんだし。」

「分かってる。小豆命なのは見てて分かるけど、人

 見知りの激しい妖怪ってどういう事?驚かせる気

 ゼロじゃん。それに洗う小豆の数を自分なりに決

 めてるらしいんだけど絶対教えてくれないんだよ

 ね。多分小豆さんにとっては企業秘密みたいなモ

 ンなんだろうけど…。」

「でも意外と頑固な所があるのよ。小豆の数を教え

 ないのもそう。この家に来てるんだから良いじゃ

 ない。」

「うん!私には話しかけてくれるしちっちゃくて超

 可愛いから何でも許せちゃう。」

「ハイハイ、小豆洗いは可愛いわねー。」

雲外さんは棒読みで返事をした。

「ちょっと雲外さん、本当はそう思ってないでしょ

 ?心がこもってないもん。どうして分からないか

 なぁ?小豆さんの可愛らしさがさぁ。」

「ちっとも分かりたくないわ。」

「もう!ああそういえばウザい河童と一反木綿の

 事なんだけど、アイツらは性格とかに大きな問題

 があると思うのよ。イラッてする位ウザいし本当

 に腹が立つの。ふんどし妖怪はこの上なく鬱陶し

 いし何かと突っかかってきて面倒臭いしうるさく

 て腹立って仕方ない。河童と同じで偉そうな態度

 で難癖つけてばっかいて何様のつもりな訳?河童

 は中途半端なチャラ男の言い方でオレ様風に態度

 がでかいのよ。しかもナルシストときたもんだ。

 何してるのかと思えば、いっつも鏡見てポーズ決

 めてやんの。」

「ヤダァ〜、最悪ぅ〜!」

「気取ってる割には身体的にも精神的にもかなり打

 たれ弱いヘタレだもん。格好つけても無駄無駄。

 ヘタレ河童がどんな顔して人間に相撲しようと誘

 うんだろう?見てみたいもんだわ。」

「相手にされないんじゃない?」

「それか子供達に石を投げられて虐められそう。人

 間だったら勘違いしているナルシストで、片っ端

 から女の子をナンパして振られ続けてるわね。雲

 外さんはどう思う?」

「一反木綿も河童も相手にする気すら無いわ。あん

 たの言う通り鬱陶しいから、わざわざ話すのもバ

 カらしいもの。」

「だよね。もし河童にナンパされたら無言で往復ビ

 ンタした後長時間ダメ出しする。ふんどし妖怪な

 んて迷わず火にくべてやるよ。」

「あたしは止めないわ。その時がきたら言ってちょ

 うだい。何でも協力するから。」

「ありがとう。…川男は?」

「問題外」

「だねぇ…。」

一反木綿と河童の悪口で意気投合した雲外さんと私。

 笑い合う私達の会話を聞きながら、仲良きことは良きことかなと頷きお茶を飲んでいたあぶジィが私の次のターゲットになった。あぶジィをビシッと指差して、

「ハイッ、今お茶を飲んで油断してるあなた‼︎」

いきなり指名されたあぶジィは、持っていた湯呑みを危うく落としそうになる。

「ちゃんと正座しなさい。まず最初に言っておくけ

 ど、私はあぶジィの事がばぁちゃんと同じ位大好

 きなんだよ。それは覚えておいてね。では覚悟し

 てちょうだい。」

「ではって?それはどう…」

あぶジィの言葉を遮って、あぶジィと向き合うように私も正座した。

「私も本気だからあぶジィも本気になってね。」

私が真剣に言うと、あぶジィは戸惑いながら頷く。

「では、一つ一つ確認します。良いですね?」

「何の確認を…」

「お黙りなさい!じゃあ始めます。油すましは、こ

 こ天草に大昔から存在する立派なご当地妖怪です

 ね。私はばぁちゃんから教えてもらった後ずっと

 あなたの由来だとか言い伝えとかを本やネットで

 調べました。」

「はぁ…。」

「そして調べたら、共通するのは【油を盗んだ人間

 の亡霊が化けた妖怪】である事、【孫を連れたお

 ばあさんが油すましの話をしたら今もいるぞと返

 事をした】事でしたよ。それらは事実ですか?」

まるで取り調べをしているような私の口調に何故か

雲外さんがオロオロし始めた。

「返事をしなさい!」

「…はい、大体合ってます…」

ビクビクしながら小声であぶジィは答える。

 その返事を聞いた私は、今までの疑問やらツッこみたかった事を一気にぶちまけた。

「亡霊自体がもう化けてるのに何故更に化けられる

 の?グレードアップしたって事?レベルアップし

 たら妖怪になれるの?最終形態が妖怪な訳?」

「あの…だから…」

畳み掛けるように質問攻めにする私にあぶジィはますますしどろもどろになって、返事ができないでいる。

 雲外さんは私の周りをウロウロして声がかけられない様子だった。

「気合いで妖怪になれるんだったら、何百年という

 長い年月をかけて妖怪になった雲外さんや傘お化

 けさん達の立場が無いじゃない!そうでしょ、雲

 外さん?」

「えっ、あ、あたし?あたしは…」

「今すぐ雲外さんに謝りなさい。さぁ、今すぐ!」

「…申し訳ない…」

「よしっ。私からも謝るわ。雲外さんごめんなさい

 ね。あぶジィのふざけた由来をどうか許してあげ

 て下さい。」

真剣な顔であぶジィと一緒に土下座して謝る私に、

雲外さんはオロオロしっぱなしのまま困った声で、

「えぇ⁉︎いや…あの…あたしは全然気にしてないか

 ら。むしろ謝られる方がちょっぴり傷付くという

 か…。よく分かんないけど許す。許すから頭を上

 げて頂戴よぉ。」

「ありがとう雲外さん。さぁ、まだまだ続けるわよ

 !」

「まだ続ける気⁉︎もうそれ位にしてあげなさいよ」

「ダメ!次からが一番肝心な事なんだからね。お婆

 さんが孫に話してる最中に返事しただけなのに、

 ここまで言い伝えられてるなんてよっぽど何かし

 なきゃ本にも載らないよ。本当はどんな返事をし

 たの?何をしたの?正直に答えてごらんなさい」

「今もいるぞと返事をしながら、少し姿を現しただ

 けです…」

「それだけ⁉︎本当に?嘘吐いたらぶっ飛ばすわよ」

「ほ…本当です…」

「あんた鬼ね…。」

雲外さんが小声で言う。私は構わずあぶジィを問い詰めた。

「分かった。あぶジィだから信じるわ。それだけで

 よく今も言い伝えが残ってて、文献があるのが凄

 いわね。さすがあぶジィ!」

喜んでいる私と対照的にすっかりあぶジィは怯え、雲外さんは固まって動かない。

 そして私は話を続け始めた。

「だ.け.ど、調べた中で謎があったのよねぇ。【す

 ました顔をしているから油すましと呼ばれるよう

 になった】事よ。」

「えっ、そうなの?」

雲外さんが驚く。

 私はあぶジィの顔を両手で挟むと

「この顔のどこがすました顔に見えるの?横顔?そ

 れとも後頭部?斜め四十五度辺り?どの角度から

 見ればすました顔に見えるのかしら?どう見たっ

 て無表情じゃん。起きてんのか寝てるのかも区別

 出来ないのよねぇ。だから何を考えてるのかさっ

 ぱり分かんないの。雲外さんから見てどう?」

「えっ⁉︎え、えーっと…む、無表情に見えるかしら

 …」

「ほら、やっぱり!あぶジィ自身はすました顔して

 ると思ってる?すまし顔が出来るんだったら、今

 ここですました顔をしてみて。さあ!さあ‼︎」

今度はあぶジィの両肩を力を込めて掴むと、思い切り揺らしながら迫った。

 首をガクガク勢いよく上下左右に揺らされているあぶジィを見て、雲外さんが悲鳴を上げながら慌てて私を止めようと間に入る。

「ぎゃぁぁぁ、もげる!あっ、頭がもげるぅ!これ

 以上やったら頭が取れちゃうから!もうその辺で

 勘弁してやって頂戴‼︎お願いだから、もうヤメて

 ぇぇぇ‼︎」

激しく頭を揺さぶられながらあぶジィは「む…無理で…す」と言うのがやっとのようだった。













































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