第13話

 そんな事を考え、ご飯を食べているとあぶジィが洋服の裾をチョイチョイと引っ張ってグルメ本の中のお菓子を指差した。

「久しぶりに、こっぱもちが食べたい。」

「こっぱもち?あれぇその名前、何となく聞いた事

 があるような気が…。」

「ここの昔からある芋の餅だ。」

「餅?そういえば子供の頃、ばぁちゃんがそういう

 お餅を何度か食べさせてくれたっけ?」

「普通の餅と違う。」

「うん。ほんのり甘いお菓子のようなお餅だよね

 ?」

「そうだ。」

「ちょっと待ってて、ばぁちゃんに電話で聞いてみ

 らから。」

立ち上がってスマホを持ってくると、その隙を狙ってせことキジムナー達がおひたしの入ったお皿をさっと取って走って逃げた。その上河童まで、きゅうりの浅漬けを勝手にポリポリ食べ始める。

「ちょっとアンタ達‼︎私の夕飯、食べるんじゃない

 わよ!もうこの後の茶菓子ナシだからね。」

ヤダヤダと嫌がるチビ達と「ケチっ」と叫ぶ河童に「やかましい‼︎」と一喝した後、ばぁちゃんに電話してみる。

「ダメだ、もうばぁちゃん寝ちゃってる。」

《仕方ない。ご飯食べたらネットで調べてみるか》

電話を切ってスマホをバッグにしまう。

 ふと部屋の中の光景を改めて見渡しながら呟いた。

「本当…不思議な光景だわ。」

「何がだ?」

寝そべりながら、まだ人のきゅうりの浅漬けを食べながら河童が聞き返す。

「いや、だってウチにこんなにたくさんの妖怪達が

 来て腕相撲とかしてるからさ。しかもそれが毎日

 で、こうやって普通にアンタ達と話してるのが何

 とも不思議で夢みたいだわ。」

「嫌なのか?」

「ううん、そうじゃない。何て言うか、もったいな

 いなと思って。」

「どうして?」

「私だけとは思わないけど、今はアンタ達と話たり

 遊んだりできる人間が昔よりかなり減ったでしょ

 ?」

「そういえば、そうだな。」

「きっと妖怪達と会いたいと思ったり一緒に遊びた

 い人達がまだいっぱいいるよ。だからまた、もっ

 と妖怪達と仲良くなったり友達になれる人間が子

 供や大人とか関係なく増えれば良いなと思った

 の。」

「それで?」

「せめて、ばぁちゃんや谷口さんにもこの摩訶不思

 議な光景を見せたい。会って欲しい。話してもら

 いたい。私だけ独り占めしてるみたいに思うんだ

 。贅沢かもって。だから、もったいないと思った

 んだよ。」

「オレらと話すのが贅沢でもったいない?変な事言

 う奴だな。まぁ、昔に比べればずいぶん減ったが

 オレらは気にしてないぜ。それにオレら、別に隠

 れたり逃げたりしてないじゃん。いつだって、そ

 こら辺にいるし話しかけられたら話すぞ。会おう

 と思えばいつでも会えるさ。」

「うん、分かってるよ。妖怪はいつだって人間のす

 ぐ側にいて一緒に生きてきたよね。それに気が付

 かなくなったのは人間の方。見えないんじゃなく

 て、見ようとしなくなっちゃった。存在しないと

 思うようになった。見えないから信じない、信じ

 ないから存在しないって人間の方が一方的に大き

 な壁を作り上げて拒絶してるんじゃないかと思う

 の。アンタ達は何も変わらず共存してるのにね」

《人間の方が変わっちゃった…》

「ちゃんとココにいるのに『いない』と言い張って

 、ちゃんと目の前に立っているのに『見えない』

 と誤魔化しているうちに本当に見えなくなって気

 が付かなくなって妖怪は存在しない者だと思うよ

 うになったんだよ。私はそれが悲しくて寂しい。

 いつもばぁちゃんが言ってる通りだ…。」

うっすら涙を浮かべながら言う私に、相槌を打っていた河童があっけらかんと話し出した。

「まぁ、昔よりは驚かせ甲斐の無い人間達ばっかり

 になったぜ。それでも全くいなくなった訳じゃな

 いぞ。お前みたいな人間もいるし驚く人間もたま

 にいるんだぜ。ちゃんと一緒に遊べる奴等もいる

 しな。だからオレらは、見えなくなったとか拒絶

 されたとか思っちゃいねえ。話して遊べる人間達

 と騒いで楽しんでるから全然寂しくないぞ。気に

 もしちゃいねえよ。」

「本当に?」

「ああ。オレらは時代が変わろうが何も変わっちゃ

 いねぇ。遊ぼうと誘われたら遊ぶ。仲間に入れて

 と言われれば気軽に仲間に入れるさ。そんなもん

 だぜ。何もお前が悲しくなる事ねぇよ。なぁ?」

河童が他の妖怪達に聞くと皆んな「おー。」と返事をする。その皆んなの返事と河童の言葉が無性に嬉

しくてジーンと感動が込み上げてきた。

《河童のヤツ、たまには良い事言うじゃない》

心の中がポカポカ温かくなっていると、その時

「おい、きゅうりが無くなったぞ。」

「へっ?」

「もっと、きゅうり持ってこいよ。」

「…(怒)‼︎」

わざと皿を狙って河童の頭をげんこつで力いっぱい殴ってやった。頭を押さえて「痛てぇ、痛てぇ」と転げ回る河童。

「せっかく人が感動してるのをブチ壊してからに…

 。食べたきゃ自分で取りに行け!」

《ちょっとでも良いヤツと思った私がバカだった》

「あははっ、河童がフウに怒られたぴょん」

「そんで殴られたぽーん」

キャッキャと河童の周りをチビ軍団が走り回る。皿を撫でながら河童は、

「人間の分際で…。オレを誰だと思ってんだよ?何

 様のつもりだお前?」

「河童の分際で何抜かしてんのよ?アンタこそ何様

 のつもり?アンタは、ただのへなちょこ河童でし

 ょうが!私はここの家主である中川楓子様。殴ら

 れたショックでお忘れになったのかしら?」

「うぅ、油すましさえいなければお前みたいな小娘

 なんて簡単に一捻りで殺してやるのに。」

「どうして急にあぶジィが出てくるの?全然関係な

 いじゃない。殺れるもんなら殺ってみなさいよ」

渾身の力で河童の脇腹に一発蹴りを入れると、ブゴッと奇妙なうめき声と同時に口から泡を吹き白目を剥いて床に崩れ落ちた。その一部始終を見ていた他の妖怪達から「おお〜!」と歓声が上がる。

「高校まで空手部の助っ人してたけど、まだまだい

 けるものねぇ。自分でもビックリだわ。さて、力

 比べしてるんでしょ?私は人間のやり方でやらせ

 て頂いますけど、さあ次はどなたがお相手?」

満面の笑顔で周りの妖怪達を見渡す度、次々と妖怪達は目を逸らして合わせようともしなかった。

 長い沈黙の部屋を見て、審判役のお稲荷さんの旦那様が大きな声で一言。

「一番強いのは楓子に決まりじゃ!」

すると割れんばかりの大歓声が上がり、全員から拍手が送られる。チビ達は楽しそうに「うわーい、フウ強いびょん!」「一番ぽん!一番ぽん!」と大はしゃぎした。

《何なのこの拍手喝采は⁉︎こんなにあっさり勝っちゃって、マジで大丈夫なの⁉︎》

「ちょ、ちょっと待った!本当に私が勝って良かっ

 たの?ねぇあぶジィ大丈夫?」

あぶジィは頷きながら、

「勝ち負けに妖怪も人間も関係ない。楓子の勝ち」

他の妖怪達も「そうだ、そうだ」と更に盛大な拍手を私に送る。本当に大丈夫なのかと複雑な気持ちである意味不安でいっぱいの私に誰も気が付かなかった。

《余りにもあっさり勝っちゃったから何故か素直に喜べないわ》  


 優勝しちゃった後、夕飯を食べ終えて片付けを済ませると約束した通りせことキジムナー達とかくれんぼしたり絵本を読み聞かせたりと、手加減ナシで甘えてくるチビ軍団と全力で遊んだ。かくれんぼの途中で逃げる時にせこの一人が、障子に足を突っ込んで穴を開けたので説教しきちんと「ごめんないぴょん」と泣いているせこに謝らせる。じゃあ次はとチビ達と破れた障子を遊び感覚で修理し、破いたせこの頭を撫でて「もう怒ってないよ」と笑顔で言う。するとせこはまた泣きながら私に抱きつき、私はヨシヨシと抱っこしてあやした。それを見た他のチビ達まで次々同じように抱きついてきたので、全員まとめてぎゅっと抱きしめる。チビ軍団はもう一回と何度も瀬上、私は何度も皆んなを抱きしめた。

 そうしているうちに遅い時間になったので、ぐずるせことキジムナー達を帰らせお稲荷さんの旦那様もいなり寿司のお土産を持って帰って行った。それからそれぞれの妖怪達が次々帰って行き、残ったのは何故かどこにいたのか分からなかった程気配が無かった雲外鏡とあぶジィと私の三人だけ。

「雲外さん、今までどこに居たの?全然気が付かな

 かったよ。居るなら居ると、もっとアピールしなきゃ気付かないっていつも言ってるでしょう。」

「だって、うるさい連中と一緒にいるなんて嫌よ。

 それに目立つの好きじゃないからカーテンの裏に

 隠れていたの。」

「目立たなくて良いから、せめて気付く所にいてよ

 。お菓子を出す時に困るんだってば。」

「あたし、飲み食いしないからお菓子なんていらな

 いわ。」

「それは知ってるけど、遠慮してるのかしてないの

 か分かりづらいんだよ。」

「遠慮してないわよ。本当にいらないんだもん。」

「だもんって…。雲外さん何?いつから現代語使っ

 てんの⁉︎」

「やっぱり今の時代に着いて行かなきゃダメでしょ

 ?何事も流行を先取りしなきゃね。」

「目立ちたくないと言ってる割には何故か地味に目

 立ちたいように見えるんだけど…。」

「そんな事ないってば!本当に目立ちたくないしお

 菓子もいらないの。」

「本当に?」

「本当よ。あたしはあんな野蛮な妖怪達と一緒にさ

 れたくないの。」

「…何か妙に使いこなしてるよね。」

「オーホッホッホッ、当たり前じゃない。テレビで

 いっぱい練習したんだもの。」

得意げに高笑いする雲外さんを見ながら、私は若干

引いてしまった…。

「あ、ああ、だからいつもあぶジィと一緒にテレビ

 を観てたんだ。」

「そうよ。テレビって面白いわね。薄っぺらい板み

 たいなモンに人間や物が動いたり喋るなんて不思

 議!」

「私は貴方が不思議ですよ…。」

 テレビっ子で、いつも黙々とお茶を飲んでる妖怪と流行を先取りしようとする妖怪。しかもドスの効いた野太いオッサンの声でオネエ言葉で喋る鏡ときたもんだ。

《よりにもよって何故この面子なの?どうしたら良いの?ものすごく変な雰囲気が流れてるじゃんよ》

「あたし側から見たら人間の方が不思議でならない

 わ。コロコロ服も髪型もそして話し方も変えてる

 じゃないの。時代のせいかもしれないけど。」

「そうだよね。」

「それに面白い道具を作っては壊すのを繰り返して

 て、あたしには何がしたいのか分からないわ。そ

 していつも人間同士ケンカしている意味がちっと

 も理解できないもの。」

「人間同士…そうだね、同じ人間なのに戦い合うの

 は私にも理解できないな。だからどうして?って

 質問されたら私は答えられない。でも私は戦い合

 ってる事を悲しいと思ってるよ。」

「不思議でならない人間の中であたしはあんたが一

 番不思議。あんた本当に人間?」

「はい?どこからどう見ても人間そのものでしょう

 。雲外さん、鏡が汚れてるんじゃない?」

「失礼ね!いつもピカピカに磨いてるわよ。でもさ

 百年以上たくさんの人間達を見てきたけど、あん

 たみたいな人間は見た事無いんだもん。何者なの

 、あんた?」

「だから普通の人間だってば!散々人間を見てきて

 るなら一発で人間だって分かるでしょう。それと

 も子供じゃないのに妖怪が見えてるから?」

「子供?何ソレ。何で子供が関係あるのよ?」

「だって本当は子供にしか妖怪って見えないんでし

 ょ?だから大人なのに妖怪が見えるから不思議に

 思うんじゃないの?」

「あんた、バカ⁉︎誰がいつ子供にしか見えないって

 言ったのよ?子供だけじゃなくて大人でも妖怪は

 見えるわ。子供も大人も関係ないの。むしろ昔か

 ら妖怪は子供より大人を驚かせてきたのよ。子供

 ばっかり驚かせても全然面白くないじゃない。」

「そっか、言われてみれば…。どの本にも妖怪は大

 人を驚かせたりイタズラしてる事ばかり書いてあ

 った!そうかぁ、大人でも見えるんだね。良かっ

 たぁ。」

「何が良かったのよ⁉︎あたしがあんたを不思議に思

 うのは、大人だからだとかそういう事じゃなくて

 中身よ!中身の事を言ってんの。あんたみたいな

 人間なんて今までいなかったもの。あたし、ビッ

 クリしちやったわ。」

「あのう…悪いんだけどちょっと話を逸らすけど、

 雲外さんのオネエ言葉もテレビで勉強したの?」

「そうよ。オネエ系と呼ばれる人間達がいっぱいテ

 レビに出てたの。それが面白い番組だったのよぉ

 〜。あたし、長いこと女の顔ばかり映してきたか

 らかしら?この言葉の方が妙にしっくりくるのよねぇ。何よ、あんた文句でもある訳?」

「いえ、少し気になったたけです。文句など滅相も

 ございません。」

女性の顔ばかり映してきたからと、テレビでたくさんのオネエ系の方々が出ている番組を観まくってる姿を思い浮かべれば、

《こうなるのもそれはそれで納得せざるを得ない気がするけど、野太い男性の声でオネエ言葉を話す鏡の妖怪っていうのはさすがにどうよ⁉︎》

というツッコミが喉まで出かかったが何とか我慢する。















 

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