第10話

 返却された本を整理している途中、何気に窓を見ると雨が降っていた。

「あーあ、とうとう降ってきましたよ谷口さん。」

横で一緒に本の整理をしていた先輩で同僚の谷口さんに窓を指差し肩を叩きながら言う。

「本当。結構早く降ってきたわね。帰るまでに止む

 かしら?」

「どうでしょうねえ。今朝の天気予報では二、三日

 は降るって言ってましたから。谷口さん、車でし

 たっけ?」

「そうなんだけど、今日に限って旦那が乗って行っ

 ちやったのよ。だから電話してみないと。中川さ

 んは?」

「私はいつもバスです。でも今日みたいに雨が降る

 と、いつもより混んじゃうのが嫌なんですよね。

 今日も混むんだろうなぁ。」

「じゃあ旦那と連絡ついたら家の近くまで乗せて行

 ってあげるわ。」

「えっ、良いんですか?うわぁ、やった!助かりま

 す。じゃあお言葉に甘えてよろしくお願いします

 。雨が降ってきちゃったからもう誰も来ないと思

 いますし、さぁ早く片付けちゃいましょう。」

一人だけの利用者しかいない図書館内を見渡し、ニッコリ笑うと谷口さんがコツンと軽く頭にげんこつした。

「こらこら、司書がそんなに嬉しそうな顔しないの

 。でもまぁ、確かに今日は誰も来なさそうね。溜

 まってる本、全部棚に戻せそうだわ。」

「ほら、谷口さんだって嬉しそうじゃないですか。

 あっそうだ、また本を借りても良いですか?」

「良いわよ。中川さんって本当に本が好きなのねぇ

 。」

「だから司書になったんですもん。本は私の知らな

 い事をたくさん教えてくれるんですよ。何千年前

 の事から私達には見られない景色や生き物まで、

 色々教えてくれる。物知り博士で面白い先生みた

 いなんですよね。」

「優秀で勤勉な司書さんだこと。中川さんにとって

 司書は天職かも。」

「あはは、だと良いなぁと思っています。」

「話はここまでにして、ちゃっちゃと本を整理して

 棚に戻しちゃいましょう。」

「はーい。」



 子供の頃から本が大好き。いつも家にはたくさんの絵本や図鑑があって、その中から寝る時に読んでもらう本を選んでいた。選ぶ時は双子の兄と何にしようかワクワクしながら話し合ってたっけ。選ぶのは代わりばんこだったけど二人で決めた本を読んでもらって…。

大人になっても私は相変わらず本が大好きで、両親も兄も本が好きだった。

 だけど私が十九歳の時、両親と兄は交通事故で死んでしまった。突然大切な家族を一度に失った。

 地元の大学に通っていた兄、県外の大学に通っていた私。三人は私の所へ遊びに来る途中で事故に遭った。

原因は相手の居眠り運転。

 運転していた父さんが、慌ててハンドルを切っても間に合わなかったらしいと警察の方が説明してくれた。

   三人とも即死…。

 事故に遭ったとは思えない程父さんも母さんもそして兄もまるで眠っているみたいに綺麗で安らかな顔をしていた。呼んだらすぐに起きてくれるみたいに。

 でも三人は、いくら名前を呼んでも二度と起きてはくれなかった。

不思議と涙は出なかった。どうしても三人が死んだという実感が全く湧かなかったから。

 慌ただしく葬儀やら親戚に挨拶して回ったりと忙しく、それらが全部終わるとすぐに大学がある為実家を後にしなければならなかった。

 それから私は司書の国家資格を取得し大学を卒業した後、すぐ地元に戻った。とても古いけれど両親と兄が残してくれた思い出がたくさん詰まった我が家に。

 二階にある兄の部屋はそのままにして、一階の両親の部屋だった所を今の私の、部屋として使っている。

 それに司書になったのは、本が大好きだというのもあるが家族全員が大好きだった本に関われるから。本と関わっていられれば、ずっと家族みんな繋がっていると感じられるからだ。

 そして両親と兄は居なくなってしまったけれど、私にはばぁちゃんがいる。

かけがけのない唯一の家族。ばぁちゃんが居てくれるから私は独りぼっちじゃないんだ。だから私は大丈夫。寂しくない…。

 幸いにもこうして地元の図書館で司書の仕事もしていられるのだから。

《いけない!つい感傷的になっちゃった…。きっと雨が降っているからだ》

全部雨のせいにして、止まっていた手を動かし始める。

 ジャンルや作家ごとに本を棚に戻していると、一人だけだった利用者もいつの間にか帰ったらしく館内には利用者は誰もいなくなっていた。

 

閉館間際、思った通り訪れる人はおらずほとんどの本を棚に戻し終えると谷口さんが声をかけてきた。

「中川さん、本はもう私一人で戻しておけるから今

 のうちに借りたい本を選んでらっしゃい。」

「良いんですか?すみません、じやあ後はお任せし

 ますね。早く選んできますから。」

脚立から降りると、司書から利用者に変わりスキップしそうな足取りで本を選びに行く。

 ここの図書館は、かなりジャンルが豊富でコアでマニアックな本まで置いてあり書店でもなかなか扱っていない本も多くあって毎回選ぶのに迷ってしまう。

 悩んだ挙句、何とか三冊選んで三年前から電子化された為に作った自分の電子カードで素早く借りた。外ではまだ雨が降り続けている。窓の外を見ながらぼんやりと、

《あぶジィがウチに初めて来た時もこんな風に雨が降ってたなぁ》


 帰り支度を済ませ、谷口さんと一緒に館長へ挨拶をして階段を降りていると

「今日はどんな本を借りたの?」

「ご当地お菓子グルメ本と好きな作家さんの新刊二

 冊借りちゃいました。」

「グルメ本と推理小説に児童書…。相変わらず面白

 い本のチョイスの仕方するわね。中川さんらしい

 選び方だわ。でも中川さんのチョイスの仕方、不

 思議で大好きよ。」

「面白いですか?好きなジャンルも作家さんもあり

 ますけど、こんなに本が揃ってるんですから色々

 な本を読みたいんです。何というか読まなきゃ損

 !って感じなんですよ。」

「そういう考え方も私は好きだなぁ。それにあなた

 自身が面白いもの。あっそうそう、旦那が迎えに

 来るのに少し時間かかるそうなの。だから一階の

 休憩コーナーで待ちましょう。」

 谷口さんと並んでソファに座り、お茶を飲みながら昨日のはぁちゃんとのケンカの話をしていた。

「それでケンカになったんですよ。もうかなりの高

 齢なので一緒に暮らしたいのに、楓子の世話には

 ならんの一点張りなんですから!何故そんなに同

 居するのを嫌がるんでしょうか?私は祖母が心配

 で言ってるんですけど…。」

《ばぁちゃんにもしもの事があったらと考えるだけで怖いのに。ばぁちゃんまでいなくなつちやったら私、どうしたら良いの?》

シュンとしている私に谷口さんは紅茶を飲みながら

「そう落ち込まないの!おばあさんだってすごく元

 気なんでしょ?だったら元気な内は、好きにさせ

 てあげなさいな。」

「でも…。」

「きっとおばあさんも一人でやりたい事がたくさん

 あるんじゃないかしら。だからそう心配しなくて

 も大丈夫よ。」

「お年寄りってそんなものなんでしょうか?」

「そんなものよ。」

谷口さんは優しい顔をして私の頭を撫でてくれた。本来なら恥ずかしいけれど、今は安心する。

 雑談をしながら笑ったりしていると、ふと谷口さんに聞いてみた。

「あのぅ、谷口さんは妖怪が突然家に訪ねてきたら

 どうしますか?」

唐突な質問に、紅茶を噴き出しそうになり慌ててハンカチで口を拭きながら谷口さんがとても驚いた表情で私を見る。

「いきなり何変な事聞いてくるの⁉︎」

「いや〜別に他意は無いんですけど、妖怪をどう思

 ってるなかなぁと思って。この前テレビで宇宙人

 は本当に存在するのかという番組をちょっと観た

 もんで…。」

「あぁ、それなら私もチラッと観た。つまらなかっ

 たわ。って何故宇宙人じゃなくて妖怪なのよ?」

「宇宙人はわざわざいる、いないを議論しなくても

 いて当たり前だと思うんですよね。だったら妖怪

 はどうなのかなと思ったんです。」

「そういえば中川さん、一時期やたらと妖怪につい

 てもの凄く調べてたわね。パソコンて検索しまく

 ったり図書館にある妖怪の名の付く本を片っ端か

 ら借りたりして。もう図書館にあるそういう本、

 全部読んじゃったんじゃない?」

「え、ええ、まぁ…」

「本当に⁉︎凄いわね。でもあなた険しい顔しながら

 検索してる姿なんて鬼気迫る雰囲気で近寄りがた

 かったのよ。何だったのアレ?」

「えーっと、あの…あの頃ちょっと妖怪がマイブー

 ムだったと言いますか…」

苦しい言い訳をしながら、えへへと笑って誤魔化した。

《あぶジィの事やら他の妖怪達の事を必死で調べてたんだけど、そんなに怖かったのかな?》

しかし谷口さんは、気にする様子も無く少し考えた後

「そうねぇ、妖怪かぁ。一度会ってみたいわね。」

「えっ、見たいじゃなくて『会ってみたい』ですか

 ?」

「うん。信じる、信じないは置いといて、私は妖怪

 って見るより会う者だって思ってるもの。」

「どうしてですか?」

「存在しないんだったら妖怪について書いてある文

 献や古書があんなにたくさんあるハズないじゃな

 い。いるからこそ大昔の本から近代の本まである

 し画図も残ってる。ずっと書かれてきた訳だから

 いると思うわよ。」

「そうですよね。調べててその膨大な資料の多さに

 驚きました。」

「でしょう?もし架空の者だったとしても元となる

 何かがあるって事だし。『火のない所に煙は立た

 ない』と言うじゃない。」

「説得力ありますね、谷口さんの話…」

「そう?ありがとう。だから私は会えるならぜひ会

 ってみたいわ。それに何だか妖怪って神聖な感じ

 がするの。だからかしらね、子供の時しか会えな

 いのは。私はもう大人だから会うのはもう無理か

 もしれないわねぇ。」

「よ、妖怪は子供の時しか会えないんですか?」

「そうらしいわよ。子供って無邪気だから。」

《という事は、じゃあ何?私って子供と一緒なの⁉︎》

「…谷口さんって変わってますね。」

「ちょっと失礼ね!一番変わってる人に言われたく

 ないわ。でも意外だったな、あなたが妖怪につい

 て聞いてくるとは思わなかった。そういうの本の

 中だけで興味無さそうだもの。」

「興味ですか…。元々信じる、信じないとか全く考

 えたり全否定するつもりはありませんよ。私の知

 らない世界はいっぱいありますからね。全部知っ

 てる訳じゃないのに最初から否定するのは良くな

 いと思ってるだけです。」

「確かにそうね。中川さんらしい考え方だと思う。

 そういう所も好きよ。」

「何だか偉そうですよね。」

「良いんじゃない?でもね私、あなたの事が時々す

 ごく気になるの。今みたいにきちんとした考え方

 を持ってて、普段の仕事もてきばきこなすし歳の

 割にはずいぶんしっかりしてる人だと思う。」

「そうですか?」

「だけど、しっかりし過ぎというか無理してたり我

 慢してる部分もたくさんあるように見えるの。悩

 みも悲しみも何もかも自分の心の中に閉じ込めち

 ゃって、自分一人で背負い込んじゃって弱い所を

 見せないようにしてるみたいで…。」

「そんな事無いです…。」

「頑張り過ぎて、この娘は大丈夫なのかしらって母

 親みたいな気持ちになっちゃうのよ。強そうでい

 て、本当は繊細で寂しがり屋さん。そして、超天

 然なのよね。あら、話が逸れちゃったわ。ごめん

 なさい。」

「いえ。でも…私、そんなに強がってるように見え

 ますか?そんなつもりはないんですけど。それに

 寂しがり屋って、私は充分大人です!しかも天然

 じゃありませんってば。」

「ほら、そうやってムキになるって所は子供って事

 よ。それに、自分がどれだけ天然なのか無自覚だ

 し。それでいて二十六歳にしては若年寄りでもあ

 るのよね。若いのやら若くないのやらさっぱりだ

 わ。」

「ひどーい!」

「本当に中川さんって不思議で掴み所が無い人。だ

 けどね中川さん、冗談抜きでもし何かあったらい

 つでも言いなさい。」

「じゃあ谷口さんをお母さんと呼んでも良いですか

 ?でもありがとうございます。嬉しいです。とこ

 ろで、私、若年寄りなんですか?結構ショックな

 んですけど⁉︎」

「あら、それも無自覚なの?あなた時々お年寄りが

 言う様な事言ってるのよ。しかも休憩時間、ジュ

 ースとかじゃなくてお茶しか飲まないじゃない。

 昆布茶を持参してきた時なんてビックリしたわ」

「だって私、コーヒーや紅茶飲めないんです。飲め

 るのは日本茶と中国茶だけ。昆布茶はたまたまで

 すって。それに、ばぁ…祖母の影響でもあるんで

 すから。もう谷口さんったら…。あのう、冗談抜

 きで気にかけて頂いて本当にありがとうございま

 す。」

「どういたしまして。でもお母さんとは呼ばないで

 。私、まだこんなに大きな娘を持つ年齢じゃない

 んだから。」

「あはは、谷口さんだって面白い人じゃないですか

 。それに私も谷口さんの考え方、大好きです。」

《そっか谷口さん、私の事気にかけて下さってたのか。心配されてるのかな?だったら心配かけないようにしないと…》


 そうこう話している間に谷口さんの旦那さんが迎えに来てくれた。車内でも賑やかで、旦那さんも交えてとても楽しく話が盛り上がった。

 家の近くのスーパーの前に降ろしてもらう際、旦那さん共々今度ご飯でも食べにおいでと誘って下さり「はいっ」と元気に返事をして車を見送る。

 スーパーで買い物を済ませ、歩いて帰りながら先程の谷口さんの言葉を思い出す。

《寂しがり屋と言われて正直ドキッとしたな。案外谷口さんって人を見てるんだなぁ。感心しちやった。でも今はまだ…》


 

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