第四話
「貴志?」
「危なかったらフォロー頼む」
返事は聞かずに踏み出した。強化していたって、単身突っ込むことに恐怖がなくなるわけじゃない。
だが、これは俺の強みだ。体術を使って、飛んでくる魔術を避けながら直進していく。強化ありきの力技で、千陽と一百野が的となっているからできることだ。感謝を捧げながら、迷わずに照準を絞る。
前転し、受け身を取り、強化で弾きつつ捌く。
俺の実力は高くない。この中では没個性もいいところだろう。だが、それは魔術での戦闘だけで語った場合だ。
魔術の実技なんてのは、学園にやってきてからしか鍛えようがない。一百野家ほどの名家に生まれれば、また事情も変わってくるだろうが。そうでもなければほぼ横一線で、そこに並べば俺だって変わらない。それどころか、後退しているくらいだろう。
ただ、体術となれば話は別だ。身体を動かして学ばなければ意味がない。実践こそがすべてで、鍛え方だって初めからそこに頼ることになる。
うちは名家ではないが、体術に付き合ってくれる父がいた。おかげで、体術で魔術を捌く術を知っている。おかげで、この場で優位に身を動かせていた。自分が外部魔術を得意としなかったことが活きているのだから、何が起こるか分からない。
とはいえ、時々瀬尾の水圧が攻撃の狙いをズラしてくれている。すべてが自分の実力でいなせているとは思わなかった。中でも、一百野と千陽の貢献度は図抜けている。
その隙に行く道を邪魔する土塊が、ぼこぼこと地面から盛り上がってきた。避けることもなく身体と強化を使って飛び越えて、足を止めない。さすがのあちらも、俺の猛進には驚愕を隠せないようだった。
仮に突っ込んでくるとしても、一百野や千陽で読んでいたことだろう。俺自身、自分が最前線に立つとは思っていなかった。防御を司るという点では前衛であったかもしれないが、特攻するとは予想外だ。
それでもひたむきに突っ込んで、男の帽子に触れる。圧縮された水が腹部に直撃したが、勢い帽子を弾いた。宙に舞ったそれが、そのまま俺の後方に飛ばされていく。同時に自分の身も飛ばされたが、受け身で体勢を立て直した。
続けてやってきた水の塊は、炎で蒸発させられる。増幅のなくなった水魔術は、容易く消え去った。一瞥した千陽の表情は、いくらか楽になっているように見える。実際に楽になったかはどうかは分からないし、確かめている場合でもない。だが、充足感にはなった。
それを感じながら、立て直した身体をすぐに進ませる。前のめりになった眼前に飛んでくる風は、腕で払った。傷ができた痛みがあったが、擦過傷程度のはずだ。何度も見たかまいたちに強化を合わせられないほど、無様なつもりはない。
俺の前に立ちはだかる土壁は、後方から走ってきた雷が壊してくれた。その先には水の男が待っていたが、それくらいなら身のこなしで避けられる。
それに、体術だけになれば強化しているこちらのほうへ軍配が上がるはずだ。向こうがよほどの手練れであれば話は別だろうが、魔術具を使っていい戦いをしているほどの実力差しかない。負ける気はなかった。
水の男を躱して、風の女子の眼鏡に手を伸ばす。だが、簡単に奪わせてくれるはずもない。何より、先に男相手にやらかしているのだ。当然のように防がれる。そのうえ、一度にいくつも作り出せるかまいたちが舞った。
「貴志君!」
悲鳴のような千陽の声に、意識が叩かれる。腕をクロスさせて強化壁を張ったが、間に合う気はしなかった。
そこに、ぶわりと立派な炎のカーテンが広がる。しかし、距離の問題か。威力はいつもよりも格段に劣ったそれではかまいたちが消せることはなく、そのまま腕を切りつけた。実技用に耐えられるように作られているブレザーの厚い袖が破れる。
威力に押されて身体が後ろに逃げた。しかし、ここを逃がすわけにはいかない。せっかく近付いた距離を再度稼ぐことは難しく、今が最大のチャンスだ。俺は衝撃を無理やりに殺して、後方に逃げた身体をそのままに足先を蹴り上げる。
顔に当てるのに躊躇はあった。それは相手が女だからというわけではない。いくら実戦的に訓練していたといっても、顔面を狙うことなんてそうなかった。目潰しなどの致命傷になりそうな手段を訓練したわけでもない。だから、躊躇はある。
だが、今はどうこう言っていられない。向こうだって本気であるのだから、手心など加えてやるつもりはないと即断して、足を振り抜く。肩口に当たったのは、いくらかの手心だったかもしれないし、単に狙いが甘かったのかもしれない。
しかし、大事なのは風の子の体勢を崩せたことだ。場所は失敗したが、威力はあった。弾かれた風の子から眼鏡が落ちる。瞬間、水が流れてきて、そのまま眼鏡を水の塊の中に掴まえ、発動者の元へ戻った。瀬尾が眼鏡を手に片頬を上げて笑う。
見事なカバーに安心したところで、地面に身体を打ち付けた。受け身を取る暇もなく打ち付けられて、呻き声が零れる。瞑ろうと思わずとも、瞼がぎゅっと落ちた。
「貴志君っ」
近寄ってくる千陽のほうへ、どうにか顔を向けて視線を投げる。かまいたちと水圧が束になって襲いかかっているのを目撃して焦ったが、千陽が手のひらを宙へとかざしてかまいたちの軌道を反らし、水を蒸発させる。とさっと横に屈んできた千陽に上半身を持ち上げられた。
「大丈夫? 息できてる?」
「ああ」
俺と千陽が会話している間にも、雷撃や水圧、土壁にかまいたちが飛び交っていた。一拍の余地もない戦闘は、一年にしてはなかなかのものなのではないだろうか。そう思えるほどに、戦況は目まぐるしく変わっていく。
その中で、ふわりと舞い上がった帽子が視界の端に入った。千陽もそれに気がついたらしい。それから、はっと息を呑む。なんだ、と気付いた方向へ身体を起こそうとしたが、素早く動くことができない。
千陽は寸秒躊躇ってから、俺の背を支えるのをやめた。それで倒れることがないのを確認した千陽は、そのまま気がついた方向へ……帽子のほうへと戦場を横切る。
「おい、待て、火ノ浦!」
千陽の思惑に気がついたらしい一百野の怒号が響いた。
俺も状況を確認すべく立ち上がる。視線の高さが変わって視界が広がったことで、千陽が向かっている方向が見えた。それは帽子の行く先だ。ぞわっと身の毛がよだつ。
先にあるのは、宝箱だった。
その中には、魔石が積まれている。冗談じゃない。魔石とは魔力を収めて利用するものだ。通常状態では、魔力が充填されているわけではない。だが、一切の魔力を持たないわけでもないのだ。
石自体が持つ魔力があるから、魔石と呼ばれ、石と区別されていた。そこに、魔力を増幅させる魔術具が飛んでいく。最悪の展望が脳内を貫いて、反射のように喉が鳴った。
「千陽っ!」
「止めなきゃまずいでしょ!?」
千陽だって分かっているから止めに走っている。それは分かっていたが、近くに寄るなど無防備甚だしい。
「瀬尾、さっきの!」
「待って……ッ」
攻撃は一進一退だ。瀬尾にとっては、やり過ごすのが精いっぱいなのだろう。即応できる余裕はないらしい。
そもそも、瀬尾は小さい。体躯の小ささは魔術の放出の反動に耐えるのにも、相手の魔術の衝撃に耐えるのにも不利だ。どれだけ鍛えたところで、たっぱの大きさには限界がある。瀬尾はその中で全精力を注いでくれているはずだ。
きっと待っていても間に合わない。地面を蹴り出す。だが、身体の節々が悲鳴を上げて、足首に激痛が走った。落下のときにやらかしたのだろう。それでも、わずかでも千陽のそばへと距離を詰める。
「引け!」
そう叫んだのは、水男だった。危難の忠告は、こちらに向けたつもりはないのだろう。だが、それには純粋な心配だけが乗っていた。さすがにこの事態は予想外であるらしく、ここに来て初めて慌てた様子を見せている。
千陽は足を止めない。
「くそっ」
間に合わない。どうしたって、今の足では千陽の前に万全な強化壁を張ることはできそうになかった。
距離と強化は比例する。遠いところで張っても意味がない。一歩でも、半歩でも、爪先ひとつ分だけでも。執念で進む間にも、帽子は着実に落下していく。
分かっていた。引け、と水男が叫んだところで、気付くには遅かったのだ。戦闘をし続けていた一年生が意識を切り替えて、咄嗟に魔術を発動したとしても、もう誰も間に合わないほどに遅かったのだ。
それでも、千陽の炎は生み出されるところだった。しかし、間に合っていない。帽子が接着すると同時に、魔石が魔力を増幅させて、爆発する。
「千陽!!」
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