第二話

 そうして歩き始めると、遠くにぽつりぽつりと明かりが灯っていることに気がつく。

 他のチームも対処しているのだろう。チームを組む際のバランスとは、魔術の属性も含んでいたのかもしれない。そうでなければ明かりの確保は難しいはずだ。ダンジョン内に何か魔術具を用意しているのかもしれないが。

 手厚いのか手厳しいのか。思考を巡らせながら動く。トラップとはどういうものが想定されるか。それとは別に、地下ダンジョンで起こりえるハプニングは何か。事前に千陽との自主連中に話していたことも思い出す。

 千陽が気にしていたのは、足元の悪さだ。下の階層へと行くたびに、道が悪くなるのは地下ダンジョンの特徴だった。人が入っていない、というのもある。上層は、人が冒険して区画が整理されていく。下層になればなるほど、到着するのが難しい。それは実力という点でも、時間という点でもそうだ。

 今回の試験は、タイムアタックも含んでいる。どれくらいの時間がかかるのか。ダンジョンの地図を渡されるようなこともないものだから、まったく時間が読めない。

 午前九時スタート。さすがに午前の数時間ですべてが終わるとは思えないので、一日を予測しているのか。不測の事態を起こす生徒がいないとも限らない。余裕を見た時間配分をしているとしても、六時間ほどを試算できる。

 食糧持参の事前通達はそういうことだろう。

 所持用品に制限はなかった。厳密には、恐らくあるだろう。だが、学生の身分で手にすることが難しい超高位の魔術具などは元より数に含んでいないはずだ。俺たちが準備できる範疇のものを制限する意味はない。そうした考えだろう。

 実際、高位の魔術具を用意するのは、はてしなく難しい。自分で調合するような能力があれば、夕貴に主席を譲ることもない人物くらいなものだ。つまり、この学年には存在しない。

 購入するにしても、ツテがなければ入手は困難だ。ツテがあるのは一百野くらいなものだろうが、あれが自分の価値を引き上げかねない実家のツテを頼りにするとは到底思えない。つまり、こちらもこの学年には用意できるものはいない。

 どちらの可能性もないから、忠告もされていないのだろう。抜け道になってしまうが、そこまで人目を忍んで準備できるのならば、それはそれで別の才能として評価されていい。どちらにしても、監視もついている。度外れた妨害は気にしなくていいはずだ。

 それよりも、魔生植物に遭遇する確率のほうが高い。魔獣を放置していることはないだろう。魔獣は放っておくと高め合って成長し、ボスが発生してしまうのだ。

 そんなことになれば、生徒だけでは対処しきれない。実力を測るにしても、そんな危険を冒すことはないだろう。

 安全は確保されているはずだ。どれだけ確保しようとしても事故は防げないものだが。だが、危険を放置して事故や事件が多発すれば、学園の評判に関わる。競争率が激しいのは、生徒の序列だけではない。学園や魔術施設においても序列が影響している。

 魔術と序列は切っても切り離せない。一百野が辟易するほどに、家系にもそれは波及している。嫌になるほど身近だ。だからこそ、一百野はもうすっかり諦めているのだろう。抵抗力もなくしているから、やる気もない。

 数ヶ月学園に在席しただけの俺ですら、しみじみと実感している。千陽や夕貴、一百野を介しているかもしれないけれど。けれど、その距離感でも十分過ぎるくらいなのだ。学園が懲りていないなんてことはない。

 だから、破滅的なハプニングは除去して構わないだろう。これが卒業試験と言うのなら、また話は変わってくるだろうが。一年生の一学期の試験でできることなど、限りがある。

 限りはあるが、その具体的な内容は思い描くことはできなかった。圧倒的な経験不足だ。だからこそ、実力試験として成立するのだろうけれど。


「もう二階層ね」

「早かったな」


 ここまで何もなかった。暗さの問題は生じたが、それ以外はただの散歩も同じようなものだ。だからだろうか。そろそろ何かが起こるのではないか、とメタ視点での推測が捗ってしまう。

 階層を下る階段を見下ろして、こくんと息を呑んだ。暗闇の中に吸い込まれていく土造りの階段は不気味だった。


「足元気をつけて」


 千陽の言葉に頷き合って、階段へと足を進める。

 土の階段は踏みしめられて固まっているのか。見た目よりも堅固ではあったが、端のほうが崩壊している段もある。一段一段を確かめるように降りていく。今までは多少前後のある横列だったが、今ばかりは千陽を真ん中に置いた縦列だ。

 他の生徒の姿はない。階段はいくつも存在しているのだろう。ダンジョン内はだだっ広い。そうでなければ、一年生全員で一斉に試験を行うことはできないはずだ。

 他の生徒と移動通路が被らないことは僥倖だろう。同じ道筋となれば、辿り着く時間も同じになる。タイムアタックに挑んでいるのだから、不利もいいところだ。自分たちのチームが順位に貪欲であるかは不明だが、周囲は血気盛んだ。そばで競争したいとは思えなかった。

 ばらけていることに安堵したところで、千陽がいきなり足を止める。背中にぶつかりそうになって急ブレーキをかけた。


「瀬尾さん?」

「物音しない?」


 からんからんと石か土塊か。何かを蹴り飛ばしたような音がして、みしみしと家なりのような音が続く。はっとしたころには、足元が揺れた。


「戻って!」


 叫んだのは千陽だった。

 すぐにこちらを振り返った千陽がそのまま俺の身体を反転させて背を押す。逆の手では瀬尾の腕を引き上げているようだった。火球はその場に浮かんでいる。かなり的確な制御ができているんじゃないか。絶妙な加減に感服したが、そこに頓着している場合ではない。

 千陽の切羽詰まった表情に、激しく揺れる地面の不安定さ。がらがらと鳴る地響きから、最悪の想像はできる。俺はすぐに元来た階段を駆け上がった。

 逃亡の先頭は不本意ではあるが、前後を入れ替えている余裕などあるはずもない。むしろ、全速力で駆け抜けなければ、後ろの邪魔になってしまう。

 俺は遠慮なく駆け抜けた。一階の地面を踏みしめても止まらずに進む。止まって崩れたらおしまいだと考える思考力は正常だった。だが、もう後ろが極限かもしれないと考えられるほど広い視野はない。


「きゃああ」


 二重に聞こえた悲鳴に背筋が戦慄く。もうそこからは勘でしかない。滑るかのようにUターンして、足一本を一階の地面についている千陽の腰を抱いて引き上げた。瞬間、腕がもげるほどの重みが加わって、その場に崩れ落ちる。

 千陽は真っ青な顔で、瀬尾の腕を掴んだままでいた。瀬尾の掴まえられていないもう一方の手のひらが辛うじて地面を掴んでいるが、ほとんど添え物だろう。それでも、爪先が真っ白になるほど力んでいた。


「瀬尾さん!」


 千陽がもう一方の腕も添えて踏ん張る。俺もすぐに千陽を支えていないほうの腕で、地面を掴んでいる瀬尾の腕を掴んだ。強化をかけて、力をブーストする。

 とはいえ、強化は筋力を引き上げるのではなく、硬化する方向のものだ。多少は筋力も上がるが、足場の悪い中では自力の限度があった。硬化することで重量が変わる。俺は今重石になっているので、片腕を千陽から離すわけにもいかない。


「瀬尾、踏ん張れ」


 言うまでもないことだろうが、声をかけなければ不安で仕方がなかった。頷くように微かに頭が動いたが、それ以上動くことはできないようだ。


「足元をどうにかできれば……」


 俺たちが腕だけで引き上げるには、地盤が緩かった。瀬尾のほうでも俺たちのほうでも、足場が問題だ。千陽のそれは独り言の願いのようなものだっただろう。断然、答えが用意されているとも思っていない。

 だが、俺にしてみれば舌打ちが零れそうになるものだった。俺は土属性だ。土でできた地下ダンジョンは、本来なら俺のテリトリーのはずだった。

 だが、俺は外部魔術に難がある。地形変化を成すことも容易ではなければ、地面の強化もそう簡単にはできない。

 ……正確に言えば、できないわけではなかった。

 ただ、その場に触れている必要がある。魔力の流れを外部で操ることが絶望的なまでに上手くいかないのだ。手さえつけて、直接魔力を注ぎ込めるのならば、多少は外部魔術を発動できるようになった。そこから進歩するのがここからの課題だったのだが、それが裏目に出ている。

 今できなきゃ意味がない。かといって、腕を手放すわけにも腰を手放すわけにもいかない。身動きが取れなかった。誰もが奥歯を噛み締めて、その場に留まっている。解決策を探そうとするも、思い浮かぶのは自分が行動することだけだ。しかし、重石は動けない。

 人手が足りなかった。チームは四人が必要。これはそうしたバランス論をかざすことなのかは分からない。トラップなのか妨害なのかも分からない。ただ、もう一人いれば、と思わずにはいられなかった。

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