第二話

「ここだ」


 声に出したのは一百野だったが、全員一致の感慨だったはずだ。あれからも度々迷路のような道に迷い込みながら、扉のある通路へと辿り着いた。

 他に特徴もないのだから、ここのはずだ。周囲に他の生徒の姿はない。だが、俺たちはかなり出遅れている。ただでさえ、階段の崩落があった。その後も、あちこち迷っていたものだから、遅いほうに含まれているはずだ。

 だから、生徒が見当たらないことも気にせずに、俺たちはその扉へと手をかけて中へ入った。中には宝箱がある。その中には、魔石がいくつも詰め込まれていた。そばには、指示を書いた石盤が設置されている。

 一人ひとつを持って戻ればいいようだ。それぞれに魔石を手に取ると、ひと心地がつく。戻るまでが試験だが、辿り着いた達成感があった。

 艱難辛苦、というほど強大なトラップと向き合ったわけでもない。だが、四苦八苦ではあった。

 思った以上に、弛緩している。それは俺だけではなかったのか。それとも、俺がそうであったからいけなかったのか。帰るために扉を潜ったところで、思いも寄らぬ突風に身体が煽られた。

 その威力はただの風と称して流していいものではない。身体が浮く。それどころか、顔のすぐ横を掠めていった風は刃のように鋭い。

 咄嗟に後方へ飛んだ俺のそばに、三つの足音が並ぶ。回避行動は四人揃っていたようだ。風に舞い上がっていた土埃が収まって、視界が開けていく。

 その先に待ち構えていたのは、見たことのある三人組だった。男一人と女二人。千陽に絡んでいた。……勧誘を試みようと絡んでいた、あの三人だ。

 すぐに魔力を動かした。強化へ回す魔力量の調節など、考えずともできる。


「あいつら……」

「Bクラスのやつらだ」

「どういうつもりなの?」

「騎士の噂の子たちだから……」


 打つつもりもなかった舌打ちが落ちたのは、狙い撃ちに好感を持てるわけもないから当然だ。

 構えている一百野も、いつになく嫌気の差した渋面を浮かべている。そもそも、そうしたことに関わろうとしないからか。一百野のこんな顔を見るのは初めてだった。だからこそ、異常事態であることを痛切に感じる。


「どうする?」


 囁く一百野と目を合わせた。俺が主導するのを是としていることには苦笑が零れるが、残当なのだろう。騎士みたいだと露悪的な陰口を叩いていた相手なのだから、俺が対面すべきだ。

 とはいえ、ここにはもう一人当事者がいた。


「どういうつもり?」


 声高に三人に問いを投げたのは、その片割れ。千陽だった。真っ当な姿は気高い。こんなふうに不意を突いてくる三人を相手にさせるのを躊躇うほどに。そして、同時に腸が煮えくりかえる。


「蹴落とすのはおかしくないでしょ?」


 妨害もあり。禁止されていないし、他の生徒たちも同じようなものであるのかもしれない。しかし、三人の悪意ある攻撃は、蹴落とすにしても悪質だった。

 千陽が目を細める。極めて静かな表情変化だったが、その鋭さは静かなゆえに沸々と燃える青い炎を連想させた。鳥肌が立つ。

 しかし、千陽がここまで苛烈な反抗心を抱くのも意外だ。感情豊かではあるが、人と衝突したいほうではないだろう。

 ……いや、この間の接触でも、怒りを抑えきれていなかったか。その感情に、ときを超えて火がついたのかもしれない。千陽は本気で敵対を選ぼうとしていた。

 少しでも、インターバルを置けるように。そうでなくても一触即発にならないためにも、俺はその間に挟まる。


「だからって、こんな不意打ちをする必要があったか?」


 問いがなだらかに受け止められるとは、到底思っていなかった。

 こちらを見る三人の目は峻烈だ。目の敵にされる。今までそれは、少し遠くにあった。噂にはなっていたが、それで攻撃されたことはない。こうして直接ぶつけられる悪意には怯みそうになる。慣れなさは如何ともしがたかった。

 だからと言って、こっちだって何とも思っていないわけもない。自分たちに落ち度はないのだ。勝手に敵対視されて、攻撃を受ける。一百野に瀬尾。そして、何よりも千陽に絡んで危険な目に遭わせているのは我慢ならなかった。

 騎士、と罵倒として称されようとも、ここで退くつもりはない。必要とならば、騎士として千陽の前に立とう。


「一百野を引き入れておいて言うか」

「……実力を認めているなら、リスクは取らないほうが無難だと思うが」

「人の力でかっこをつけるなんて愚かだと思わないの?」

「騎士君の実力じゃないでしょ?」


 その音が、騎士なのか貴志なのか。音だけで判断することは難しかった。だが、ご丁寧につけられた敬称はざらついている。どっちにしたって、挑発されていることだけは確かだ。


「分かってるよ、そんなことは」

「だったら狙われるのも分かると思うけど」

「俺だけが狙いなら、もっと作戦を練って分断させて一人のときを狙えばよかっただろ」


 周りが巻き込まれている。何よりも、千陽が。その事実が沸々と怒りを育てた。自分の中に、そこまで冴え渡る怒りが眠っていたのかと目が覚めるような心地がする。

 千陽によって引き起こされる感情は、今まで湧き上がってきていたものよりも、ずっと衝動的で手綱を引くのに苦労するばかりだ。しかし、衝動に振り回されても、実力が倍加されることはない。その事実だけを拠り所に、俺は大様さを心がけて対話を試みていた。


「これが一番効率的だもん」

「魔石をどうにかしないと失敗にはならないからな」

「……この場自体をどうにかするつもりか。妨害にもほどがあるんじゃないか」

「宝の場所は他にもある。そのひとつが使いものにならなくなるのも想定内のはずだよ」


 なるほど。他の生徒の姿がここにない理由が分かった。必ずしも、ここが最奥に設定されていない。他の場所でも同じように壮絶な妨害行為が行われているのだろうか。


「行くぞ」


 もう不意打ちではない。アドバンテージをなくしている。それでも、強気の先手を譲るつもりはないようだ。一気に畳みかければよかっただろうに、と相手のやりざまを研究しているのは今じゃない。


「構えろ」


 突風が吹き荒れる間際に零された低音に、俺は強化壁を展開する。

 外部と内部の境目の魔術。俺がまだ他のものよりもマシに使える薄い膜のような壁に、風の塊がぶつかって、宝のある小空間を揺らした。頭上から土塊と砂利が落ちてくる。


「威力高いね。増幅魔術具使ってるかも」


 言ってしまえば見るところのない緩い能力で講義を切り抜けている瀬尾は、冷静なほうだ。何事にも熱くなっているのを見たことがない。そして、今はそれが力になっている。

 一年生の魔術師見習いにとって、魔術具のブーストには大きな意味があった。むしろ、頼るところが多い。俺たちの魔術のレベルには差があって、序列が決められている。試験的な数値では、それは明確な差であるはずだ。

 だが、実戦の点で言えば、俺たちの間にそれほどの実力差があるわけではない。経験不足は、どっこいどっこいの不器用さに変じる。その際に使用される魔術具の効果は計り知れなかった。

 それが分かっているからだろう。状況判断を下す瀬尾の声にも、硬質な響きが混ざっていた。


「不利だね」

「Bクラ三人だからな。普通でも不利だ」

「呑気に分析してる場合かよ。一百野が一番威力出せるんだから、頼むぞ」

「試験で重傷者出して許されるのか?」


 一百野が鼻に皺を寄せてこちらを一瞥する。

 自身の魔術に自信があるのはいいことだし、それを確認することは重要だ。無茶できる幅が変わってくる。そこまで無茶苦茶するつもりはないが、むざむざ負けてやるつもりもなかった。意外なほどに好戦的な生気が磨かれる。

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