第二章
第一話
「調子悪いみたいね、相変わらず」
「そう思うなら、コツを教えてくれてもいいんじゃないか?」
「そう簡単なことなら、不調になんてなってないでしょ?」
「そりゃ、そうだけどよ」
「少しは発動できるようになったんだから、進歩はしてんじゃん」
「だからいい、ってわけにもいかないから困ってんだよ」
「もう教師に頼りなよ」
「頼ってないわけないだろ」
それでも、俺の適正が変革するわけではない。どれだけ教えを乞うたところで、成果は芳しくなかった。それを軽率に口に出してくれる瀬尾は、決して悪くはない。軽率なことが気を楽にしてくれることもある。
「じゃあ、自主練するしかないね」
「これ以上なく真面目にやってるだろ。瀬尾も俺に構ってんなよ」
「あたしは今、休憩中だもーん」
からっと笑った瀬尾は、そのままふらふらと俺から離れていった。そうして、体育館の隅に収まる。
ふざけた調子だったが、休憩するまではちゃんと訓練していた。俺の相手をしてくれていたのだから、それは間違いない。瀬尾もそれほど外部魔術が得意ではないようだった。俺の未熟さに呆れずに付き合ってくれるのはありがたい。
俺が多少、外部魔術を発動できるようになったのは、瀬尾のおかげでもあるだろう。具体的なアドバイスをしてくれたわけではないが、付き合ってくれる人がいるというのは、それだけで気力が持つというものだ。
アドバイスのほうは、我が同室者がしてくれている。一百野のサボり癖は相変わらずであるが、魔術に対する知識は桁外れだ。そして、言語化するのが上手い。かつての夕貴によるポンコツな解説に比べたら、月とすっぽんだった。
その恩恵に与って、俺は外部魔術のコツを少しずつ掴めてきている。とはいえ、少し、といくらでも念を押さなければならない。その虚しさはあまりあるが、一百野に感謝しているのは本当だった。
前途多難な実技だ。だが、そうして過ごす日々は上手く進んでいた。上手くいかないこととの兼ね合いも取れていて、脱落はしていない。
最前線であろう千陽とは差がついているかもしれないが、懸命に突き進んでいる千陽のことは穏やかに見ていられていた。試合の日以来、会話を交わしてはいない。よろしく、は社交辞令であったのだろう。
そう決め込んでいたが、それはある日覆されてしまった。
「貴志君」
千陽が声をかけてきたのは、黙々と外部発動に励んでいるタイミングだ。
各々が好き勝手に訓練しているため、会話することも容易い。そのタイミングに、ごく自然に話しかけられてしまった。千陽はいつも他の生徒に囲まれていたはずだと言うのに。俺のところへ来る理由もないだろうに。
「久しぶりだね、なかなか話しかけられなかったから」
声をかけてくれるのは嬉しい。だが、よろしくの社交辞令を実行してくれなくてもいいけどなぁ、という考えしか浮かばなかった。自分がそこまで貧しいとは知らなかったが、何しろ千陽は色んな人に囲まれている子だ。わけもない気まずさがある。
「……なんか囲まれちゃって、身動き取れなかったっていうか」
困ったような顔で、隣に並んだ。このまま立ったまま話すってわけにはいかない。休憩するように壁際へ寄ると、千陽も同じように移動してきた。二人並んで、壁に背中を預ける。
「千陽は才能あるわけだから」
「だからって、よく分かんない絡み方されても困るよ」
「よく分かんないの?」
「教えて欲しいとか、なんとか」
「正当じゃないか?」
よく分かんない、と言うほどよく分からない絡みだとは思えず、首を傾げてしまった。
千陽はますます苦い顔になって、ずるずると座り込んでしまう。頭のつむじがよく見えた。
「よく知らない人に魔術を教えてって言われたって困るよ」
「知らない人なの?」
同級生。それどころか、クラスメイトのはずだ。それを知らない人で一緒くたにする千陽の豪快さには、苦笑が零れる。一度だけしか言葉を交わしていない俺に歩み寄ってきてくれる姿勢を考えると、そこには落差があるように思えた。
「だって、さも友達みたいな態度を取られても困る」
「そこまでか」
たとえクラスメイトでも、そのくらいの距離感の人間はいる。俺だって、気まぐれに話すのは瀬尾くらいなもので、他のクラスメイトが友達かと言われるとノーだ。だから、千陽の言うことも分かる。
ただ、俺だってそういった有象無象と確たる差はないのでは? という気持ちが拭えなかった。
「どさまぎは好きじゃないの」
「俺も同じじゃないか?」
試合終わりのどさくさ紛れ。なし崩し的な歩み寄り。やはり、大きな差とは思えない。だが、千陽の中では動かぬ違いがあったようだ。こちらを見上げてくる瞳が細められた。
「貴志君とは、ちゃんとよろしくって言い合ったじゃん」
「……それはそうかもしれないけど、今まで交流がなかったのに話すってところに着目すれば変わらないだろ?」
「全然違うよ」
千陽はすくっと立ち上がって、俺と目線を合わせようとしてくる。つま先立ちになっても、身長差は埋まらない。千陽はこんなに小さかったのか。
対戦相手として対峙しているときには、随分大きく見えていた。超人的な相手と言うつもりはないが、それほど存在感が際立っていたのだ。
そして、今だって存在感が消えているわけではない。どこか焦げ付いたような炎のにおいと、フローラルなシャンプーの香りが鼻先をくすぐる。
心臓の底がざわりとした。
「よろしくって言ったじゃん」
「それは、そうだけど……」
間近のそれに、喉を鳴らしてしまう。あけすけな態度を取ってしまっている嘆かわしさに、頭の後ろからじわりと熱が上がってくる気がした。
「ねぇ、貴志君」
もごもごとどもった俺を、千陽が腰に手を当てて胸を張って見上げてくる。存在感が膨れたような気がした。
「私と仲良くするの嫌? 迷惑?」
その姿勢は自信に溢れたようなものだ。だが、首を傾げて見上げてくる瞳は、揺れているように見える。ぐわっと競り上がってくるものに蓋をして、首を横に振った。
「そんなことは思ってないよ。ただ、あれだけ囲まれてて、俺より実力があって、たった一度だけ話した相手なのになぁ、とか」
「貴志君って、自己評価低いの?」
突如として突きつけられたセリフに、目を白黒させる。脈絡がない。驚くこちらにお構いなしに、千陽は臍を曲げていく。勝手に話を進められているような気がして、当惑するばかりだった。
「貴志君の才能だってすごいものでしょ? 一度話しただけって言うけど、一度手合わせした仲でしょ?」
「あれは模擬試合として勝手に組まれたものだろ」
「それを出会いのきっかけにしちゃダメなの? 私なんか気に障ることした?」
「そんなことないけど……なんで、そんなにムキになってんの」
少しずつ、こちらへ姿勢が前傾してくる。それを指摘すると、千陽はふーっと息を吐き出して、つま先立ちを止めた。
「だって、貴志君がつまらないこと言うんだもん。私は付き合いたい人は自分で決めるし、貴志君との試合が面白かったからもっと話してみたいって思ったの。なのに、なんか、つれないし……これでも、勇気出して声かけてるんだけど」
どこか拗ねたように斜めに見上げてくる。どきりと胸がざわめいて困った。ただの友人関係を求められていると分かっていても、脳内があわあわと泡を食っている。
「ごめん」
咄嗟に溢れ出た謝罪が失敗だったと気がついたのは、口にした瞬間だ。千陽がショックを受けた顔になる。
「違う違う!」
焦って、上擦った声が出た。千陽の目つきが恨めしい。一段と焦燥感に駆られて、舌先がもたつく。それをどうにか整えて、声帯を震わせた。
「声かけてくれたのに、ぐちぐち言って、ごめん。俺も千陽と仲良くできると嬉しい、です」
どうにか絞り出した言葉は、やけに実直で気恥ずかしさが滲み出てくる。それを取り戻すことができなくて、最後には敬語になる不始末に、肩身が狭くなった。
しかし、千陽はこちらの様子などまるで気にせずに表情を明るくする。血色のいい顔に胸を撫で下ろしたところを狙ったように、両手のひらを握りこまれてがちんと硬直した。
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