第五話
ここ二週間とは一線を画す。本格始動という感じで、講義が始まった。
まだ基礎と呼べるばかりだった日々は過ぎて、ひとつひとつを取り扱うような丁寧さ。そして、より深いところへ掘り下げて、講義が展開されていく。追いつけなくなる生徒が出たところで、下に足並みを合わせてはくれない。成績でクラスを振り分けている。それ以上の細やかな対応は切り捨てられていた。
俺はどうにか講義にしがみついている。どうにか、というのは、少し低く見繕ったかもしれない。今のところは問題がなかった。
ただし、これは座学だけの話だということは、自分が一番分かっている。実技が始まれば、俺はかなりの後れを取るはずだ。
外部魔術の適正がまるでない。土属性であるが、体内の魔術を固めることしかできなかった。これが強化の始まりだ。普通なら、土ボコなどを作り出したり、地面にヒビを入れたりすることができる。だが、俺はそんなことはできない。
内部の変化しかないのだから、実技では苦労するのが目に見えている。自覚済みであるから、対策すればいい。そう考えられればいいし、考えることはできている。しかし、それを実行に移せるかどうかは、また別の問題だった。
外部魔術に対しての対応策がそんなに簡単に見つかるのならば、俺はこれほど難渋していない。過去の魔術師の記録を見ても、ことはそう簡単に解決するものでなかった。だからこそ、負担は分かりきっているのに解決策がないという面倒な立場に置かれ続けている。
ただ、それが不安かと言われると、必ずしもそうではない。もう慣れてしまっている自分がいる。慣れれば不安にならないわけでもないが、心を手懐けることはできるようになっていた。
これは開き直りというのだろう。それでも前向きな分マシなはずだ、と自分を慰める。慰める、と考える時点で健全とは言えないだろうけど。とにかく、気構えはできていた。
そして、その構えを試すかのように実技の講義が始まる。
EクラスはBクラスと講義時間が同じだ。AがFと、CがDと同じという構成を取っていた。実力の違うもの同士が入り乱れることで起こる化学反応を期待してのことらしい。
毎年、少しは効果があるようだ。そうでなければ取りやめになっていてもおかしくはないほど、全面的に和やかな空気とは言えない。
優秀なクラスは下のクラスを見下しているところがあった。それが直接的な邪魔や蔑みとして体現されるかどうかは、その時々による。保身のために、実被害があることは少ない。
しかし、その嫌な雰囲気は存在した。ギスギスしたものに飛び込みたくないのが、下クラスの本音だ。
だが、全体が全体を馬鹿にしているわけでもない。個人であれば、友好関係を結ぶこともできる。話が分かるものもいるし、学校からの強制であるし、それから逃れることはできない。
俺たちは針のむしろのような気持ちを感じながら、講義に参加する。
「では、まずは外部魔術について始めていきましょう」
教師の発言を受けて、それぞれに外部魔術の訓練を始めた。実技の講義というのは、こういうものらしい。ほとんど自主練と変わりがなかった
魔術の上達とは、結局のところ適正の問題になってしまう。それがなければ、教えてもらったところでどうにかなるものでもない。
俺だって、昔は夕貴に魔術を教えてもらっていたことがある。だが、感覚の話ばかりで、俺には理解することができなかった。
夕貴も俺も幼かったこともあるのだろう。夕貴だってかなり抽象的な擬音に身振り手振りというありさまだったし、俺だって知識が足りずに汲み取ることもできなかった。今なら分かるか、と言われるとそんなことはないだろうけれど。あのときよりは、いくらかよい会話ができるかもしれない。
俺と夕貴が仲良く魔術について会話ができるかどうかという別問題があるので、上手くはいかないだろうが。
思春期に入ってからこっち、夕貴は反抗期だった。俺だって、それに食らいついて構うほど、精力的な兄ではない。何なら魔術への引け目もある。愉快に会話するには、お互いに心の距離が開いてしまっていた。
今だって、夕貴の天才的な噂を外から聞くだけしか交流がない。その噂には、双子の兄は劣等生だと尾ひれがついているようだった。
悔しさに溺れるには、実力差があり過ぎる。ここまで差があると、悔しく思うことのほうが難しい。そんなことをしても、惨めさが増大していくばかりだ。
そうなれば目を逸らすことが増えて、距離はますます開いていく。それをどうにかしようと足掻く気持ちはもうなくなっていた。そんなことに時間を費やすくらいなら、魔術について学ぶほうがよっぽど有意義だ。精神の安寧のためにも。
そのためには、自主練の域を出ないものであっても実技の講義に身を入れることだった。
外部魔術は発動しない。分かっていても、定期的に試している。そして、練習するためには場所が必要だった。それをクリアできる時間であるのだから、手のひらをかざして魔力を集めていく。発動する気はしないが、それでも諦めきるつもりはなかった。
集めていた魔力が、少しずつ強化に回されているのが分かる。あまりにも身につき過ぎていた。自慢ではあるし、自信にもなっている。だが、今はそれじゃない、と手を振って魔力を散らした。外部を発動しようとしても、強化になってしまう。自分の適正には苦笑が零れるばかりだ。
くるりと周囲を見回すと、多種多様な魔術が展開されている。威力は知れているが、それでも確かな魔術だ。俺が知れているなんて評価するのもおこがましいだろう。
さすがに、まったく発動できていないものは見当たらない。逆に、威力の高い魔術を発動しているものもいた。
煌々とした灯りを放っている炎がある。見覚えのある元を辿ると、そこに立っていたのは千陽だった。紅の髪をなびかせて炎を放っている。その姿は鮮烈な存在感を浮かび上がらせていた。
千陽は、同じBクラスの生徒だろう。彼、彼女らに話しかけられて、笑顔で答えていた。今更ながら、そこに明確な生け垣があることを思い知らされる。
そうした感傷はとっくに手放したと思っていたが、今でも十分あったらしい。よろしくしたのはまずかったかもしれない。
その感情を振り払って、実技へと意識を向ける。成果が出るのかは変わらず怪しいが、それでも千陽に向き合うような勇気はないのだから仕方がない。認識していても近付けない存在との付き合い方は、よくよく知っている。今日もそうあればいいだけのことだ。
俺はまた、手のひらに魔力を集めることに集中し始めた。
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