第四話
衝撃しかなかったと思っていたが、微妙にダメージはあったらしい。
自室に戻ってシャワーを浴びると、腕の辺りがヒリヒリした。ケロイドができているわけでもないので、ただの擦過傷でしかない。ただ、試合でできた傷には違いなかった。
強化をすり抜けた攻撃があったかと思うと、ほんの少しへこむ。怪我するのなんて久しぶりだった。そもそも模擬試合のような対戦をすることがないとはいえ、自分の強化に自信が持てるようになったところだったというのに。
「絆創膏かな」
包帯や湿布が必要でないだけマシかと、ため息をシャワーに紛れ込ませる。他の部分も確認してシャワールームを出ると、手早くジャージに着替えて一息を吐いた。
部屋着に気を使う気力もない。同室者がもっと人目を気にして、こちらも気にし過ぎるタイプであったら、俺もここまで無関心ではいられなかったかもしれない。
だが、一百野は無頓着だ。制服のワイシャツを羽織っただけの下着姿でうろうろしていることもある。ゆえに、こちらだって緩い格好でいた。部屋でリラックスできるのだから、文句もない。
ただ、帰ってこない一百野に気を揉んでしまうことには参っている。どうしたもんか、と脱衣所を出ながら天井を見上げた。
今日の試合の結果を反映したクラス編成は、既に出ている。一百野はFクラスに落ちていた。試合に出ていないのだから当たり前だとは言え、一体何を考えているのか。関係ないと言えば関係ないが、本当にいいのかという疑問は解消したいところだ。
どうしたもんかなぁ、と考えながらベッドに横たわった。ここで途方に暮れるほど親身になれないのは、言うほど時間を重ねちゃいないからだろう。それでも気になるのだから嫌になる。もだもだとベッドの上を転がっていると、わずかな物音がして目を開いた。
「何? お前、帰ってたの?」
物音は二段ベッドの上からで、覗き込んできたのは誰でもない一百野だ。
「お前こそ……何、やってんの」
「寝てたんだよ」
「そういう意味じゃない」
気になってはいたが、いざとなると突く気にはなれない。心配していることを知られるのが気恥ずかしいわけでもなかった。いや、多少はむず痒いけれども。
「試合で勝てるような魔術は持ってないからな」
「不戦敗にすることもなかっただろ」
「Fクラスのほうが気楽でいいよ」
「そういうことかよ」
「だって、負けたらEクラス据え置きだろ? 一百野が負けてEクラス滞在っての結構うるせぇのよ。だったら、不戦敗Fクラスのほうがまだ諦められるだろ」
「諦められる?」
「プレッシャーなんてものがあるんだよ、俺にも」
逆さに見下ろしてきながら、肩を竦める。逆側から見たってブレない。それどころか、額がすべて公になっているにもかかわらず、顔の造形が優れたイケメンはすべての動きがさまになる。
「それは気付きませんで」
「一度でも優秀のレッテル貼られたらおしまいだからな」
そう言い終えた一百野は、ぱっと首を引っ込めて話を切り上げた。
優秀のレッテルね、とその響きに目を細める。一百野に追及することはなく、そのままベッドへと潜り込んだ。
うちの天才も思うところがあるものだろうか。
いつだって風をまとっているかのような夕貴の金髪が揺れ動くのが瞼の裏に蘇った。
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