第三話
試合後の疲労から復活してEクラスの列に戻った。
試合を終えた列は、気合いが抜けきってしまっている。大きな声で感想を零すほど浮かれてはいないが、どこか気の抜けた会話が細々と走っていた。
勝ち負けを報告し合うのは、この二週間ぽっちでそれなりに仲良くなったものたちだろう。俺にはそんなものはいないと思っていたが、そんなこともなかったらしい。試合から戻ってきた瀬尾が、俺の隣にやってくる。
「どうだった? 貴志」
「強化だけで勝てると思うか?」
「相手、火ノ浦さんでしょ? そりゃ無理だ」
「……そっちはどうだったんだ?」
好評を得て噂になっている同級生は、何人かいる。それこそ、自分の妹がそれだ。千陽も同じように噂になっている子の一人だったらしい。噂に振り回される気はなかったが、少しは情報収集しておいたほうがいいのかもしれないと思い直した。
「負けちゃったよ」
「そんなあっさり……」
「あっさりしてたのは、そっちも一緒じゃん」
「水魔術なら、それなりにやりようはあるだろ? いい勝負しそうなものだけど」
その青系統で統一されたパーソナルカラーからイメージできる水魔術が、瀬尾の適正だ。その調和は分かりやすい。
「いつの間にそんなにあたしの実力認めてくれてたの?」
「そんなに贔屓してるつもりはない」
「それはそれでひどいな」
軽口が回るのは、緊張が解れたからだろうか。瀬尾とのやり取りは気楽で、試合の疲れがいくらか癒やされる気さえした。
「それより、夕貴さんはすごいね」
「そんなことは分かりきっていただろ」
周囲にも、夕貴を褒めたり感心したりする声がある。
だが、こうして繰り返し口にする必要があるのかは甚だ疑問だ。新入生総代として入学式の挨拶を任されていた。首席であることも詳らかになっている。今になって感銘を受けるようなことはない。分かりきっていたことではないか。
「妹自慢?」
「自慢できるほど仲良くない」
「それ、関係なくない?」
「あるんじゃないか? 俺が自慢できるようなことじゃないって話」
俺の実力ではないし、妹だからって贔屓しておだててやりたいとは思えない。
認めるべくは認めているが、だからと言ってすべてを許容しているのとも違う。同じように扱えるのであれば、俺と夕貴は良好な関係を築けているはずだ。俺から歩み寄る気概もあったかもしれない。今となっては、没交渉である。
「家族とか家系とか、自慢したっていいんじゃない。別に」
「そんなことしてられないだろ。一百野だって家系に胡座をかくわけでもない」
「一百野は胡座をかかないっていうか、座布団蹴り飛ばしてるっていう感じでしょ? 興味ないっていうか」
「魔術に興味がないわけじゃないみたいだぞ」
「学園の序列には興味ないでしょ? って話」
それを言われると、苦笑いを零すことしかできない。
魔術のことにはさらさらと口を開いていたが、試合に意欲的だったかと言われるとそれは違う。
日常を見ていたってそうだ。講義を真面目に受けている様子なんて見たことがない。カバンも講義の教科書も新品同様にピカピカだった。たったの二週間でボロボロになるのも問題だろうが、やる気のなさは同室者だから知っている。
いや、瀬尾くらいの関係しかないクラスメイトにも表向きになっているようだ。
「今日だって来てないし」
「え?」
表どころではない報告に、きょろきょろと周囲を見渡す。
イケメンとして目立つ男だ。そうでないにしても、百九十センチはあるかという長身で目立っている。見渡していなければいないと信じるしかないほど、明確にいない。
「マジかよ」
「朝は? 同室でしょ?」
「普通に出かけてたと思うけど」
「登校じゃなかった、と」
「まさかテストをサボるとは思わないだろ」
「一百野家の坊ちゃんは何考えてんのか分かんないね」
「序列に興味ないにしたって、単純に成績は必要だろうに」
「まぁ、今日の分はクラス編成にしか影響ないだろうけど」
「出席日数は別だろ?」
「まだたーっぷり余裕があるでしょ?」
「瀬尾はサボり支持?」
「適度な自主休講に文句はないよ。力抜くのも大切じゃん」
「意外に呑気だよなぁ」
「意外?」
ことりと首を傾げられる。俺は苦虫を噛み潰した。
「そこまで瀬尾のことは知りません。ごめんなさい」
「別に謝るまでしなくていいけども」
オーバーな態度に、瀬尾がくつくつと喉を鳴らして笑う。
そして、それはさすがに行き過ぎだったようだ。まだ試合を待っている列から、鋭い視線が飛んでくる。同じ列にも、窺うような目線があった。
アイコンタクトを交わして黙る。千陽のことも、夕貴のことも、一百野のことも、棚上げだ。そこからは他の試合に目を向けて、きちんと講義に参加した。
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