第3話 臨床実験

          臨床実験

 ついに、全身義体第一号は完成した、とは言っても、外郭やボディーモデルは無く、この全身義体に入る人物の容姿を3Dプリンターで再現した物が反映される事になって居た。

 当然ながら、検体になりたい奴なんか存在しなかったのだ。

 そこでエリーは、自らが検体と成る事を決断したのだった。

 それは、彼女の過去を洗い流したいと言う思いもあった事から来ていた。

 彼の前に生身の体で二度と立つ事が無くなると言う思いは強く葛藤として残って居たが、それ以上に、あの見知らぬおじさんとの一年間が、エリーは忘れたかったのだろう。

 確かに感謝はして居たが、毎晩相手をするのは辛い以外の何物でも無かったのだ。

 未だに夢に見て、深夜に目を覚ましてはトイレで嘔吐をする、それ程だったのだ。

 完全にPTSDだった。

 しかしエリーは、ずっと、暫くの間衣食住と教育を宛がって貰えたことへの感謝の念に覆い隠して来たのだ。

 只今、エリー・ナカムラ、24歳、遠距離ではあるが結婚中の、若奥様、もとい、皇太子妃であった。

 皇太子妃としての名前も既に頂いては居たが、私の様に穢れた娘がデカい顔をしては彼に申し訳なくて名乗れないと、名乗っては居なかった。

 本来一番楽しい筈の時期だったのでは無いかと、周りの同期生や、エリーの生徒達は口々に噂する。

 何が彼女をここまで追い詰めたのだろうとは、教授の言葉である。

 それは、誰もが彼女の過去を知らないからである。

 彼女以外に唯一全てを知るのは、それでも彼女を受け入れた、ハムダン5世その人だけであったのだ。

 一番の理解者にして、スポンサーであり、夫であるその人だけが彼女の味方だったのだ。

 そしてその日、ついに全身義体手術へと漕ぎつけた。

 スタッフである学生や博士号を持つ同僚、そして教授に見守られながら、エリーは全裸になり、3Dスキャナーに自ら入った。

 全身義体の外郭を作るに当たって不必要である体毛の全てを自ら剃って居た。

 スタッフは、この時の彼女の覚悟を、唾を飲んで真剣に受け止めた。

 産業スパイだった若干一名を含めて。

 スキャニングが終わり、外郭用硬質FRPと、シリコンに代わる新素材で作られた人工皮膚が形成されて行く。

 その様子も見る事無く、エリーは手術台で俯せに全身麻酔を掛けられた。

 最後に、皆の技術を信頼してますと言う一言を残して。

 ラボスタッフとしては、全身義体のプランをたった一人で構想し、ほぼ全ての内包技術を一人で生み出し、完成へと至らしめたこの頭脳を失う訳には行かなかった。

 何としても成功させねば成らなかった、スタッフ全員、これ以上ない程の一体感が生まれる中で、彼女の手術が始まった。

 そして、手術が佳境に至ったこの重要なタイミングで、奴らは現れたのだった。

 真っ先に奴らと対峙したのは、産業スパイとして送り込まれて居た筈の人物だった。

 エリーの最後の覚悟に、彼の気持ちが揺らいだ結果であった。

 まるでこの事態を招いた事を悔やんだ罪滅ぼしでもするかのように、真っ先に矢面に立ったのだ。

 懐に隠していた22口径で応戦するも、空しく返り討ちにあってしまった彼は、それでも一人は倒して居た。

 次に犠牲になったのは、エリーに秘かに想いを寄せていた、エリーの生徒の一人だった。

 成績優秀で、常にこの研究室でも、生徒陣営のリーダー的存在だった彼は、エリーを死なせてはいけないととっさに庇ったのだ。

 一人、また一人と凶弾に倒れていく。

 そんな中、最後までエリーの手術をギリギリのタイミングで終わらせたのは、教授だった。

 実に20発以上もの銃弾を受けながら、教授は立ち続け、事切れる直前、エリーの覚醒を促す最後のタップをし、エリーの全身義体を守る様に覆い被さるようにして倒れた。

 その直後、エリーの電脳が起動し、覚醒するまで10秒。

 既に手術中に最適化が済んで居た為にこの短い時間での再起動となったのである

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