第3話

【202X年04月01日 13時10分 天夜総合病院 共用廊下】


「今日の午前中は入社式だっただけじゃなく寝坊した俺の代わりに社長挨拶までしてくれてたから忙しいかと思ってさ。まさかメアがお昼ご飯を用意してくれてるなんて思わなかったんだって」


「……100歩譲ってお昼の件は目を瞑るとしても、既に入社式の件を把握していたのならば他の女にしっぽを振りに行く前に何かするべきことがあったのではないか?」


お昼休みが終わり、再び天夜総合病院の職員達はそれぞれの仕事を行うために院内の廊下を行き来している。


それはもちろんこの病院の理事長兼看護師であるメア・フィレンツェも同じである。


つまり周りの人達からして見ればこの状況はAZ ITの社長が天夜総合病院の理事長にぺこぺこ頭を下げているという奇妙な光景として映っているはずなのだが……。


お互いの会社がとある目的のために数年前から手を組んでいるからという理由だけでなく、きっと普段からよくあることなのであろう。


職員はもちろん多くの患者までもが特に気にしていないといった感じだ。


「その件に関しましては本当に申し訳ございませんでした! でもですねメアさん? あなた最初から俺が寝坊するように仕組んでましたよね?」


何か確かな証拠でもあるのだろうか。


今回の件に限れば間違いなく悪いのは直哉であるはずなのだが、話を逸らすためかここで反論に出た。


しかしそれがまたメアの怒りを買うこととなったらしく、病院内と外を繋ぐ自動ドアの前で一度足を止めた。


そして今にも殴りかかりそうな表情をしながら後ろを振り向き、


「お前、昨日私が寝た後こっそりタバコを吸っただろ?」


「………………」


すーーーぅ。


「確かに私はあの日以降、お前に色々と制限を付けさせてもらっている。しかし流石にそれでは可哀そうだからと目を瞑ってやれるところは瞑ってやると言ったが、絶対にタバコだけは吸うなとも言ったはずだぞ? まさか忘れたなんて寝ぼけたことを言うわけではあるまいな?」


「………はい」


「だからお前が寝ている間に少しだけ力を解放させてやったり、自然と目が覚めるまで起こさなかったりと気を遣ってやったっというのに…あの泥棒猫と言葉は被るが随分と偉そうじゃないか」


「………すいませんでした」


今のメアの言葉で全面的に自分が悪かったことを理解しただけでなく、財布や電子マネーが使えなくなっていたことにも全て納得がいったらしい。


直哉は素直に謝罪の言葉を述べた。


しかしメアの怒りが収まることはなく、綺麗なエメラルドグリーンの瞳でキッと睨みつけてき、


「口だけの謝罪などもう聞き飽きた。じゃあな」


冷たい口調で会話を強引に終わらせると同時にポケットから取り出した日焼け止めクリームを直哉の胸に押し付けた。


そして一段と強く睨みつけてから一人で自動ドアを潜り抜け、春らしいやわかな日差しが照り注ぐ外へと出て行った。







【202X年04月01日 15時00分 AZ Information Technology本社 特別会議室】


役職上、草薙直哉はAZ Information Technologyの社長である。


そしてAZ Information Technologyという会社は表向きには社名の通りIT関連の仕事を行っている。


また部署としてはWEB・通信・ソフトウェア・ハードウェア・情報処理サービスの五つがあり、そっちの業界では完全に敵なしだったりする。


ちなみにいくら直哉には桜小路かぐやという非常に優秀な社長補佐がいるとはいえそんな大企業を1人で遣り繰りできるはずもない。


ということで基本的には各部署のトップに丸投げ状態であったりするのだが、その人達は全員この会社の裏の仕事にも深く関わっている。


「警察庁長官であられる金四郎さんが直々にウチに来られるなんて珍しいですね。いつもは『仕事だ、早く来い』の一言で人を呼び出すくせに」


AZ IT本社の上層階にある特別会議室。


別名、悪魔災害対策会議室にはそう嫌みを言った直哉とその隣で真剣な表情をしているかぐや。


「立場上どうしても私は中々外に出られないのは直哉も分かっているだろう? そんなに拗ねるなって」


どこか申し訳なさそうな表情を浮かべながら弁明のような言葉を発した、桜小路かぐやの実の父親にして警視庁長官こと桜小路金四郎の3人が集まっていた。


「それは俺も分かっていますので別に責める気はありませんし、大方今日はそっちも新入社員及び昇格した既存社員に対する事業説明をしているところ。つまり俺みたいな奴がいきなり行くと面倒なことになる可能性が大いにあり得ますからね」


「相変わらず年齢の割に中身が子供だなお前。まあ、そうさせてるのは間違いなく俺達のせいなんだけど」


そんな金四郎の言葉を聞いた瞬間、かぐやは一人黙って悔しそうに下唇をキュッ噛んだ。


それを横目に見ていた直哉は力を込め過ぎて真っ白になっている彼女の右拳をそっと解いてから、


「はーぁ、俺の冗談に対してそうやって乗っかてくるの本当に止めてくれませんかね。その度に純粋な心を持ったかぐやさんが本気にしちゃうんで」


「はははは、すまんすまん。どうしても父親としてはいつ何時であっても娘の願いを叶えてやりたくなってしまうものでな。隙あらばつい…な」


「余計なお世話よ! というか父さんは一々私達の関係に口出ししてこないで‼」






【202X年04月01日 15時05分 AZ Information Technology本社 特別会議室】


あれから父娘の言い争い、メアがこの場にいない理由説明へと続き5分が経過したところでようやく本題へと移ることになった。


「それで、結局今回の仕事内容は何なんですか?」


「ああ、まずはこの映像を見てくれ」


金四郎がそう言いながら慣れた手つきでこの部屋にある大型モニターへ、ドローンに取り付けたカメラで撮影したと思われる映像を映し出した。


「この映像が撮影されたのは今日の午前10時過ぎ。今回悪魔堕ちした人物のプロフィールは


・東京都在住

・佐藤 健太郎

・26歳

・男性

・職業不詳

・災害ランクはCランク


悪魔墜ちの原因としては当現場であり国内唯一のカジノこと、ヘブン トウキョウ カジノでの借金によるものと思われる」


「昼のニュースがフェイクニュースでなければ確か今日その時間、その場所では我が国の総理大臣様がドヤ顔でご高説を垂れていたはずじゃないですか?」


「残念ながらそのニュースはフェイクでもなんでもなく事実だ。あえて言うのであれば表面上は全て政府主導でやっているかのように語っているが、実際は民間委託で丸投げ状態であるという点のみだな」


日本政府に対して何か思うところでもあるのだろうか。2人の会話を黙って聞いていたかぐやは実に不快そうな表情を浮かべている。


「つまり今日の周年挨拶は日本政府による隠蔽工作という意味合いも含まれていただけでなく、そのまま自分達で問題の処理を行おう計画まで立てていたと」


「ああ。今回の依頼主であるカジノの店長が一体アイツらに何を説明されたのかは分からないが、大方反対勢力によるテロ組織によって店は爆破。犠牲者はたまたま店内にいた男が1人だけ。みたいなシナリオを聞かされたのだろう」


「えーと、本日ヘブン トウキョウ カジノは日本政府による視察の為、休業とさせていただきます。1周年という記念すべき日にお休みを頂いてしまい大変申し訳ございませんが、今後皆様により楽しんでいただけるような案をご用意するための1日であるとお考えいただけますと幸いに存じます…と」


直哉はスマホを片手にヘブン トウキョウ カジノのホームページに書かれているお知らせの一部を読み上げた。


「ちょっ、それてつまり今日1日お店は閉店状態にあったはずなのにも関わらず1人の侵入者がいたってことになるわけで、何も知らない世間からしてみれば警備面に何か不備があったんじゃないかって思うのが当然じゃない!そんな恰好のネタが出てきた日には何かしらの責任問題が―――」


「発生するだろうね。そして今のところその責任を取らされる予定にあるのが…今回の依頼主である店長さんと」


かぐやは感情的な声を上げたの対し、直哉はただ淡々と静かにそう事実のみを述べた。


「まあそういう事情があって私達警察のところへ相談に来たという訳だ」


「ちなみに今回の依頼料の請求先は?」


「そんなの政府に請求していいに決まってるじゃない!」


「と私も言いたいところなのだが現実はそうもいかない。なので申し訳ないが今回も民間人相手の料金設定で頼む」

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