第2話

【202X年04月01日 12時05分 AZ Information Technology本社 食堂】


社長挨拶の後は簡単な会社説明へと進み、それもつつがなく終了したところで時刻は11時50分。


そこから13時までは各自お昼休憩というアナウンスがあったからであろう。


会社の外観・内観に負けず劣らずな食堂に初めて入った新入社員の子達は、室内のデザインやメニューの豊富さなどに皆大はしゃぎ状態である。


しかし既存社員からしてみればもうこれが当たり前といった感じなのであろう。


そんな新人の一挙手一投足を微笑ましいそうに眺めながら各々が自由に動いている中、直哉とかぐやは2人用のテーブル席に向かい合う形で着席していた。


まあ状況としては自分で作ってきたのであろうお弁当を1人で食べようとしていたところに、直哉が滑り込んできたといった感じだが。


その証拠に直哉はテーブルに身を乗り出しながら必死に両手を合わせているところである。


「実は僕今お金なくて、今日の朝から何も食べれてないんですよ。ってことで…どうかお昼ご飯を食べさせていただけないでしょうか!」


「相変わらずこの会社の社長とは思えない発言ね。そんなに困っているならあの子に食べさせてもらえばいいじゃない。……どうせ今着ているスーツ一式も全部彼女に買ってもらったんだろうし」


(最初は着崩していたり髪の毛がぼさぼさだったせいで不釣り合い感があったけれど、こうしてちゃんと着せてあげると物凄く似合っていることを考えると…全面的に彼女のセンスがいいと認めざる負えないのよね)


どうやらあのだらしない直哉の身だしなみは入社式の最中にかぐやが面倒を見てくれたらしい。


しかしそれがまた今の彼女が不機嫌な理由に少なからず関わっていたりもするようだが……。


「ん~、そんな意地悪言わないでさ~。なんならそのお弁当でもいいから」


「………………」


発言した本人的には『たまにはお弁当じゃなくて食堂のご飯もよくない?』くらいの気持ちだったのであろう。


しかし言われた側からしてみればそんなこと知る由もない。


つまり直哉の中の価値観では『かぐやの手作りお弁当≦食堂のご飯』であると受け取られてもなんらおかしいことではない。


そして現にかぐやはというと……。


口ではああ言いつつも最初から自分のお弁当を直哉に渡すつもりでいたらしい。


差し出しかけていたそれをピタリと止めたと同時に目の光が一瞬で失われたところで、直哉は全てを察した。


「あっ……、いや違う! 違う違う違う‼ 今のはそういうことじゃなくて‼」


「………………」


「俺は食堂のご飯じゃなくてかぐやさんが作った料理が食べ―――」


いったい自分の何が悪かったのかを即座に理解し、弁明しようとし始めたところまではよかった。


よかったのだが、どうやらまだ完全には自身の誤りに気付いていないらしい。


そしてそれが更に火に油を注ぐこととなり、


「別に無理して『そのお弁当でもいいから』なんて言い方をするものを食べたいなんて嘘を言わなくて結構よ」


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよかぐやさん! それはいくらなんでも揚げ足取りってもんじゃないですかね? だいたい俺が昔から外食よりも家でご飯を食べる方が好きだって知ってますよね?」


果たしてあれを揚げ足取りだと言っていいのかは甚だ疑問だが、かぐやにとってはそれよりも気に食わない点があったらしい。


「(……それって結局自分の為に作ってくれたご飯なら誰のでもいいってことじゃない)」


誰にも聞こえないよう小声で不満を言いつつも表情はどこか嬉しそうなそれだ。


そしてそれをしっかりと見逃さなかった直哉がそこで声を掛ける。


もちろん絶好のチャンスをものにするためである。


「またなんか俺がやっちゃったってことはなんとなく分かるんだけど、正直何が悪かったとかは全然分かんないんだけど……えーと、取り敢えず俺はかぐやさんの手料理が好きです。ということで是非そのお弁当を食べさせていただけないでしょうか?」


ちなみに直哉はクズ男であるが御覧の通り口があまり達者ではない。


しかし達者ではないがゆえに、それは本心で喋っているという裏返しにもなる。


「………………」


その証拠にかぐやの表情がまた一段階柔らかいものへとなった。


「………ねぇ、駄目?」


そこに追い打ちを掛けるかのような天然でのおねだり。


「………はぁ~、まだこれ温めてないけどどうする?」


最後のおねだりがトドメとなった。


「かぐやさんが作るお弁当は冷めてても美味しいからそのままでいい」


「そういうのはいいから早く食べなさい。朝から何も食べていないんでしょう?」


(きっと私のこういうところがいけないんだろうなぁ……)


自分の駄目さを攻めながらもかぐやは直哉に自分の分のお弁当を手渡した。


「よっしゃー、かぐやさん本当にありがとうございます。ということで、いただきます!」


「はい、どうぞ」






【202X年04月01日 12時20分 AZ Information Technology本社 食堂】


そんなこんなで直哉はかぐやの手作りお弁当を、かぐやは食堂で注文してきた日替わりランチを食べているところで、


『それでは次のニュースです。日本で唯一のカジノ店こと『ヘブン トウキョウ カジノ』がオープンしてから今日で丸1年であることを記念し、午前10時過ぎ、店舗前にて○○総理大臣が挨拶をされました。こちらはその映像です』


食堂の各所に設置されているテレビの一つではお昼のニュースが映されていた。


しかし皆、あまり政治やニュースには興味がないらしい。


ただ一人を除いて。


『我々政府による入念な事前準備及び発生しうる問題の数々に対する施策や法整備が功を奏する結果となり、当カジノは無事なんの問題もなく1周年を迎えることが出来ました。初めは国民の皆様から反対の声が多く聞かれましたが―――』


(『我々政府による入念で完璧な手腕のおかげでこの国は今、色々と上手くいっているだろ。当時、政府主導のカジノ運営計画に反対していたにも関わらずその恩恵を受けている奴ら今どんな気持ち~?』ってか? 別に俺には関係ないけど)


その一人こと直哉は件のニュースに対し、自身の感想を述べながらゆっくりとお弁当を食べ進めていた。


「なお?」


「………………」


向き合う形で一緒にお昼ご飯を食べている相手のことなど、


「ねぇ、なお!」


「………………」


完全に眼中にないといった感じで。


「ねぇ、てば‼」


そしてついに我慢の限界がきたかぐやは若干怒り気味に大きい声で再度呼びかけた。


「うぇ⁉」


「はぁー、私の話ちゃんと聞いてた?」


「えーと……、なんでしたっけ?」


彼女の呼びかけに対して何の反応も見せなかったのだから、もちろん聞いていたはずなどあるまい。


そのため直哉は申し訳なさそうに質問返しをしながらも、しっかりと箸は止めずにお弁当を食べ進める。


そんな相手の気持ちを逆撫するような行為を平然と行ってみせた姿に実は周りの社員達が肝を冷やしていることなどつゆ知らず。


しかしそれとは裏腹にかぐやはワザと表には感情を出さないようにしているものの、実際は嬉しくて仕方ないのであろう。


「なんで今日の朝、遅刻してきたのかって聞いたんです」


先程までの怒りは完全に消え、柔らかい声でそう問いかけた。


にも関わらず直哉にとっては何かマズいことでもあるのだろうか。


直哉はそこで一旦箸を止め、視線を逸らした。


「………今日の入社式での社長挨拶を考えてたら寝るのが遅くなって…寝坊しました」


「そういうことはシャツの襟で隠れているキスマークをどうにかしてから言ってくれる?」


恐らく直哉が着崩していたスーツを正してあげた際に見つけ、その瞬間に全てを察したのであろう。


いくらかぐやが直哉の元カノであるとはいえ、普通であれば他の女の気配が感じられれば少なからず面白くないはず。


にも関わず彼女は依然普段通りどころか、相変わらず感情を隠そうとしているものの機嫌の良さが滲み出ているくらいである。


そんなちぐはぐな状況に恐怖心を抱き始めた直哉の顔を一筋の冷や汗が垂れた。


「あっ、あはははは、既に全部お気付きでしたか」


「………………」


にこにこ♪


「………………」


ぅう゛


「………………」


にこにこ♪


「でっ、でもねかぐやさん! 隣で一緒に寝てたっていうのにメアの奴、起こしてくれなかったどころか朝起きたら俺の財布がなくなってるし! このスマートウォッチに登録されてる電子マネーまで全て止められてたんだよ⁉」


「財布の中身はともかく、電子マネーに関しては全部あの子のお金でしょうが。というかどうせ財布の中もロクに入っていなかったんでしょう? それなのになにを偉そうに威張っているのよ、まったく」


「うぐっ」


「その様子だとどうやら図星みたいね。それで実際のところはどうなのかしら、自称AZ ITの副社長さん?」


一体いつからであろうか。


まだお昼休み時間であるにも関わらず、さっきまで直哉とかぐやの近くで昼食をとっていた社員は皆いなくなっていた。


そして先程までワザと自身の感情を隠していたはずのかぐやはそれを止め、何故か前面に押し出している。


まるで誰かに対する挑発かのように。


「はぁ?」


事実、AZ Information Technologyという会社に社長と社長補佐はいるものの、副社長という役職を担う者は今も昔もいない。


それは当事者を含め、少し離れたところから野次馬をしている社員も知っている共通認識である。


そのため直前、直哉が発した『はぁ?』の言葉の意味はもしかしたらそういうことかもしれないし、違うかもしれないし。


結局答えを知っているのは本人のみだが、一つだけ分かることがある。


間違いなくこの後、痴情のもつれが発生するであろう未来が…である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る