Curse Contract(カース コントラクト)

ITIRiN

第1章:歪な世の中

第1話

【202X年04月01日 10時15分 都内某所】


日付に相応しく歩道横や道路の真ん中にある植樹帯にずらっと一直線に並ぶ満開の桜の木。


そしてそこを様々な方法で道行くサラリーマン、まだスーツに着せられていることが一目で分かる新入社員の集団。


はたまたまだ春休み中の女子学生が彼氏と待ち合わせをしているのであろうか。とある店舗の前で他の人の邪魔にならないよう端の方でつまらなさそうにスマホを弄っているなか。


奥の方から一人の若い男がママチャリを立ち漕ぎで爆走してきて


「どいて、どいて!、どいてー‼」


他の人同様スーツを着用しているもののネクタイは緩めているし、寝起きなのかはたまた癖毛なのかは分からないが…どちらにしろぼさぼさなのは変わらない白髪の髪。


しかも彼の目は死んでいるだけでなく全身から全くのやる気が感じられないという有様。


しかし着ているスーツや履いている革靴は全てブランドものに加え先程の大声。


でもその人物が乗っている物はギアすらついていない正真正銘、ごく普通のママチャリ。


「やっべー、完全に遅刻だよ‼ 絶対に怒られる‼ つか一緒に寝てたんだから起こせよ‼」


そんなちぐはぐで奇妙な男だからだろうか。


歩道を自転車で走っていいのは13歳未満もしくは70歳以上という、今時小学生でも知っているほど一般的な法律。


それを思いっきりガン無視しているどころか誰に迷惑をかけるわけでもなく、それぞれがマナーを守って歩道を歩いている人達を邪魔者扱い。


そんな理不尽過ぎる状況にも関わらず誰一人として文句を言うものはおらず、皆が一斉に両端へと避け…道の真ん中を開けた。


「皆さんご協力ありがとうございまーす! はいはい、どいてどいて‼」


明らかにヤバい人なのは間違いないが、しっかりとお礼は言うらしい。


ついでにどう考えても車道の端っこを走った方が効率的であると思うのだが、どうやらそれをする気はないらしく引き続き大声を上げながら堂々と歩道のど真ん中を突き進んでいった。






【202X年04月01日 10時30分 AZ Information Technology本社 敷地内】


どうやらその後も我が道を行く状態で突っ走て来たらしい男はとある会社の外壁に立てかけられている


『AZ Information Technology・天夜総合病院 合同入社式会場』


という看板が見えてきたことを確認すると。


「おっちーゃん‼ 入場許可の準備‼」


流石は見るからに大企業というべきだろうか。


相変わらずママチャリを漕いでいるとは思えないスピードで一直線に進んでいる先には例の看板と、営業時間外は閉じられ敷地外と敷地内を明確に分けているのであろう大きく立派な門。


そしてその近くに建てられている、これまた立派な警備室。


そこで普段から働いている人なのだろうか。


そんな彼の大声を監視カメラのマイク越しに聞きつけるや否や、特段驚いた様子もなく逆に呆れたような表情を浮かべながらそこの窓を開けた。


そのまま慣れた手つきで片手に収まるサイズの四角い端末を握ると、それを持った右手を外へと出した数秒後。


かなりの額がするであろうスーツにも関わらず遠慮なしに左裾をシャツごと上へと勢いよく捲り上げたかと思えば、そのまま左腕につけたスマートウォッチをそれにかざした。


もちろんかざす瞬間、直前、直後の全てにおいて自転車のスピードを一切落とすことなくである。


にも関わらずしっかりとおっちゃんと呼ばれた筋肉質でガタイの良いスキンヘッドの男性が持っていた機器は反応したらしく、入場を許可することを意味する『ピッ』という音が鳴った。


「ナイスおっちゃん、おはようございまーす! そして行ってきまーす‼」


「行ってくるのは勝手だけど、ここまでくると逆に行かない方がいいんじゃねのか‼ 間違いなくもう遅いぞー‼」


この男性が入社式のことを言っているのであれば、それは間違いないであろう。


なんせ『AZ Information Technology・天夜総合病院 合同入社式』は10時開始の12時終了の2時間で予定が組まれているのだから。


いくらまだ2時間ある中の30分しか経っていないとはいえ、そんな重要な場に1分でも遅刻しようものなら今すぐ家に引き返して転職サイトを開きたくもなるものである。


とはいえこの不審者同然の男にはそんなことお構いなしといった感じで、敷地内の駐輪場を目指し一直線で突き進んでいった。






【202X年04月01日 10時50分 AZ Information Technology本社 駐輪場】


警備室前を通過してから数分後。


あの後もスピードを一切緩めることなく自転車を漕ぎ続けていた男はそのままドリフトで無理やり停止及び華麗な駐輪をしてみせた。


してみせたのならば、そのまま目的地へと向かえば良さそうなものなのだが何故か彼はその場で仰向けに倒れ込んでいた。


否、気絶していたのだが…どうやら意識を取り戻したらしく


「…………んっ、ぅ……ん…?」


そう小声で呻き声を出しながら、気だるげに自身の左腕を上げてスマートウォッチを確認した。


「10時50分ってことは20分くらい……流石に無理しすぎたか? まあお叱りのメッセージはまだ入ってないし…取り敢えずいっか」


誰に言うでもなく独り言を呟きながらゆっくりと起き上がると、自分が着ているスーツの砂埃を手で叩き落とした。


その後先程までの勢いが嘘かのように、しかし今度は見た目通りの人間がこの敷地内にある大ホールへと向かって歩き始めた。






【202X年04月01日 11時00分 AZ Information Technology本社 大ホール】


普通の人ならば駐輪場から大ホールまで徒歩1分のはずなのだが、今の彼はその10倍は時間と労力が必要なようだ。


その証拠に若干呼吸を乱しながら『AZ Information Technology・天夜総合病院 合同入社式会場』と書かれた紙が貼られている扉を静かに開けた。


「(すいませーん。ちょっと遅刻しちゃいました)」


(なんて小声で言いながら入ったところでどうせ誰にも聞こえていないし、気付かれもしないことは最初から分かってるんだけどね~)


どうやらこの男は室内の設計図から各関係者の座席位置及び立ち位置までの全てが頭の中に入っているらしい。


その為会場内には数百人という人間がいるにも関わらず余裕しゃくしゃくといった感じで、しかし最後まで抜かりなくこっそり室内へ入ったのも束の間のこと。


今は社長挨拶の最中だからだろうか。


ステージにのみ照明が当てられており、その他の場所は真っ暗な状況下でいきなり自身の右腕を掴まれた。


「(―――――ッ⁉)」


「(なお、遅い‼ 今何時だと思ってるの? もうとっくに入社式は始まっているどころか、社長挨拶も終わりそうなのだけれど?)」


「(なんだかぐやさんか。ビックリさせないでよ)」


「(ビックリさせないでよって、なおならこの部屋に入る前から私がここで待ち構えていたことぐらい気配で簡単に分かるでしょうが)」


かぐやと呼ばれた女性は恐らくこの会社の社員なのであろう。


見た目が若いのは確かなのだが、良い意味でスーツが似合っているあたり軽く見積もっても社会人として5年以上は働いていると考えてよさそうだ。


そんな彼女の問いかけに対して何か知られたくない秘密でもあるのだろうか。


「(あっ、あはははは……。流石に今日だけはマズいと思って急いで来たからさ、警戒力が疎かになってた…みたい)」


若干言葉に詰まりながらもちゃんと理由を説明してきたことを受け、流石に完全には納得をしていないのであろうがこれ以上問い詰める気もないらしい。


「(はぁー、どんな事情があろうとも万が一自社内で私達が襲われたなんてことがあったら笑いものもいいとこなのだから、ちゃんと気をつけなさいよね?)」


「(はい、すいませんしった! 以後気を付けます!)」


どうやらこの二人が小声で話している間に社長挨拶は最後の締めへと入っていたらしく、それも終わったようで壇上に立っている金髪ロングヘア―の女性は


「以上、副社長である私からの挨拶と激励の言葉といたします」


という言葉で新入社員に対するスピーチを締めたのであった。


いったい彼女がどんなスピーチをしたのかは分からない。


だがしかしどうやら当事者であった新入社員だけでなく、来賓客や自社の社員といったこの場にいる者の多くが感銘を受けたらしい。


普通であれば直前まで喋っていた人が頭を下げてから拍手をするものだが、それよりもかなり早い段階で大きな拍手が会場内を埋め尽くした。


つまりそれだけ人々の心を掴んだということであろう。


「(いったいあなたは、いつ、どこの会社の副社長になったんですかね?)」


「(チッ、やっぱり私が社長代理で挨拶をするべきだったわ)」


どうやら若干2名ほど例外もいたようだが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る