第2話 二人で登校する日



 やがて二人は村の小学校に入学することになった。

 初日は無事入学することができたものの、困ったことがおきた。エルザが村への学校への行く道を覚えられず、迷子になってしまうのである。一人じゃ心もとないと事態を心配した母親は、おとなりとはいえ、だいぶ離れてるものの、一番近くの家であったアベル少年に一緒に行ってくれるように頼んだのであった。


 一緒に登校する当日。

 当然ながらアベル少年は不機嫌だった。

「あーあ、なんで俺が女なんかと一緒に学校行かなきゃならないんだよー」

と頭の後ろに腕をくんで、案の定ご不満のようである。そのうしろを顔をうつむかせながらとぼとぼと歩くエルザの姿があった。


「ご、ごめんね。アベル君。私、家からあんまり出たことないから。まだ道になれてなくて・・・。森の中を通って行かないといけないけど、いつも途中で道がわからなくなっちゃって・・・」

「つーか別に森の中通らなくても遠回りになるけど迂回していけば良くね?それと普通にアベルって呼び捨てでいーよ」

「う・・・そうなんだけど」

「お前、筋金入りの方向音痴なんだなー」


   ズキリ


 少年の何気ない言葉は正論だとわかっているがゆえにエルザは深く傷ついていた。けれども顔には出さず、ただうつむいて黙っていた。

そして密かにもうこの少年には頼らないで、誰にも迷惑かけずに一人で帰ろうと強く決心していた。

 そして帰り道。

 本来ならアベルを待たなければならなかったが、エルザは彼とはちあわせしないよう急いで森へと向かった。そして意を決すると森の中へ入っていった。

 森の中はかろうじてそこを通る人がふみしめた道なき道があったが、エルザはそれを慎重にあるいていった。




 けれども。

「あれ・・・どっちだったっけ?」

 ずいぶん歩いたと思ったが、行けども行けども出口は見えない。たちまち自信がなくなって、森の中で一人ぼっちという状況にだんだん恐怖があふれだしてきた。しだいに日は暮れ、しまいにはどこからか、動物のうなり声が遠くから聞こえだしてくる始末。エルザは怖くなってもう一歩も動くことができなくなってしまった。


 すると後ろからガサゴソと茂みをかき分ける音が聞こえる。 

 誰か助けにきてくれたのか、と一縷の望みをかけて視線をうつすと、よりにもよって茂みの奥から出てきたのは、かすかにうなり声をあげる野犬だった。野犬はだらりと舌をたらし、あきらかに獲物を狩る眼でエルザを凝視していた。一方、エルザはというと初めて見る毛むくじゃらの野犬の前で哀れな子ウサギのように怯えて震えていた。


 どうしよう、逃げなきゃ――――。


 そう思うけれども足がすくんで動かない。ただもう襲われるのは時間の問題だと確信したエルザは次にくるであろう衝撃に目をつぶってこらえた。

 しかし、その瞬間はいつまでも来ることはなかった。



「・・・・?」

 恐る恐る目をあけると目の前に自分を守るように一つの影がたっているのが見えた。その影の先に一人の少女を守らんとして凛として立っている少年の姿があった。

「あ、アベル・・・どうして?」

「まったく。人が学校の門で待てども全然来ないから、クラスの奴らからお前が先帰ったって聞いて、あわてて追っかけてきたら、案の定、道に迷ってやがるし・・・しまいには野犬に襲いかけられそうになってるし、とんだトラブルメーカーだな、お前は」

「ご、ごめんなさい」

「別に謝らなくていい、それよかちょっと危ないから後ろ下がってろ」

 突然現れた脅威に一瞬たじろぎはしたものの、野犬はうなりをあげてアベルへと襲い掛かってきた。しかし、少年はパニックになるわけでもなく、静かな瞳で野犬を一瞥すると、先ほどからどこかで拾ってきたであろう木の棒を落ち着いて構えていた。そして野犬が噛みつこうと接近したのをみはからって、その鼻面にしたたかに棒を打ち付けた。


 まさかの鼻に手痛い直撃をくらった犬はぎゃんと啼き、たちまち戦意喪失した。先ほどから威嚇するようにピンと伸びた尻尾も今は降参したかのように尻尾を丸め、きゅーんきゅーんとすすり泣くような声をあげると、2、3度まわりをぐるぐるまわったかと思うと尻尾を巻いて逃げ出してしまった。


 エルザは恐ろしいものが去った安心感でほっと脱力した。と、同時に自分が勝手に先に帰ったのに、必死になって自分を探してくれ、なおかつ勇敢に野犬にたちむかってくれた少年に感動していた。感激のあまり、勢いよく彼に飛びついた。

「アベル――――――ッ! ありがとう!」

「ばッばか!いきなり抱きつくなよ!」

 少年は照れているのか、抱きついてきたエルザを真っ赤な顔でなんとかひきはがした。


「いいか。しょうがないからこれからは一緒に帰ってやるから、もう一人で先に帰ろうなんてするなよ。けど、学校から二人で帰ったらクラスの奴らに何言われるかわかんねぇから、俺はここの森の入り口にある切り株で待ってるから。お前も授業終わったらそこにこい。そっから一緒に帰れば問題ないだろ」

と照れ隠しなのか早口でまくしたてた。あまりの勢いにエルザも素直にうなずく。


 こうして二人は一緒に歩いて無事に家路につくことができた。それからというのも、これがきっかけで二人の心の距離は近づいて、次第に仲の良い友人という間柄になった。

 それから二人は学校が終わった後でもしょっちゅう二人で遊ぶようになった。正確には、エルザには弟のアランもいて、姉によくくっついてたアランもアベルになつくようになり、三人で過ごすようになった。


 村の中に通っている川にかかってる石造りの橋の下で魚をとったり、山の中に入って行ってキノコとったりして毎日が冒険のようだった。なぜかアベルはキノコや木の実を食べられるものを知っていて、教えてくれるたびに感心するエルザだった。だから、少女の心に徐々に恋の花が芽吹くのも不思議じゃなかった。その花が無残に散らされることになったとしても。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エルザの一生 月影琥珀 @kohaku5111

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ