エルザの一生

月影琥珀

第1話 出会いのはじまり

 

 夜もふけると暗闇のとばりが降りてくる。そんな中、煌々と部屋の明かりが照らし出される。硝子製のアンティークのランプ。それをそっと吹き消すのが私の、エルザの眠る前のひそやかな儀式だった。


 ある少女の話をしよう。少女は愚かでおとなしく、夢見がちだったが、こうと決まれば一直線に恐れずにつき進んでいく豪胆さも持ち合わせていた。これはそんな少女の初恋とその顛末の行く末を記したものである。


 この世はすべて偶然に見えて必然でなりたっているという。だからエルザと彼が出会ったのもまた、きっと必然だったのである。


 エルザは緊張しつつ、少し怯えていた。

 今日は母親の学生のとき友達だった人とその子供が村に引っ越しの挨拶に来る日だった。

なんでも、その親子は今でいうシングルマザーで、かなり生活に苦労しており、母一人、子一人で世間の冷たい目にさらされながら住むところを転々としていたそうだ。そしてまた居場所がなくなった親子は安住の地を求めて、村長の妻であるエルザの母を訪ねてやってきたというわけだった。


エルザの家は広い牧場を経営しており、広大な土地を所有し、多くの家畜がいる裕福な牧場主だった。父の下で働いている人も数十人はいる大規模な牧場で、そんななかエルザの家が所有する牧場の東に大きな森があり、その森から北に位置する小さな小屋を、住むところがなく困っている親子に貸し出す約束だったのである。最初は父も、見知らぬ人間を村にいれるのを渋ってはいたものの、母の頼みで仕方なく、たまたま余っていた小屋を親子に貸し与えることに決めたのだった。


今日は親子のその小屋への引っ越しの礼と挨拶に、エルザにとっては初めて会う、見知らぬ2人がやってくるわけである。生来おとなしく、人見知りするエルザは母のスカートのすそに隠れてドキドキしながら新しい住人を待ち構えていた。

ふと遠くを見やると、やたらと目を引く親子連れがこちらへ向かって歩いてきた。


その瞬間。


エルザはその親子を見つめて息をのんだ。あまりの見目麗しさに。


まず母親の方は、多少疲れは見えるものの、儚そうだが凛とした強さを感じる壮年の美しい女性だった。その隣の息子とみられる少年を見たとき、神の彫刻かと見まごうほど端正な顔立ちの少年だった。光り輝く金髪は太陽の光に反射されてきらめいて、またブルートパーズを思わせるような深い意志の強そうな蒼の瞳で、エルザは絵本の中の王子様が出てきたみたい、と感嘆のため息をついて見惚れるばかりだった。


 彼の母親らしき女性は、エルザの母親、エリシアと目が合うと大輪の薔薇が咲くように顔をほころばせた。

「久しぶり、エリシア。元気だった?」

「ええ、あなたも元気そうね。レティシア。引っ越しの忙しさでだいぶ疲れてるでしょう?挨拶なんて後日でもよかったのに」

エルザの母親は気の毒そうに眉根を寄せた。

「いいえ、気にしないで。行き場のない私たち親子に住む場所を与えてくれて本当に感謝しているわ。本当にありがとう。エリシア」

 今までさんざん住む場所に苦労したのだろう。レティシアからは言葉では言い尽くせない感謝の心意気がみてとれた。よほど今回の住む場所が安定したことでほっとしたらしい。


 エルザがじっと見つめていると視線に気づいたレティシアが笑顔でエルザの方に近寄ってきた。

「こんにちは。貴方が娘のエルザちゃんね。まあ、エリシアに似て可愛らしいわ。それに珍しいストロベリーブロンドなのね。綺麗な髪の色だわ。あっ!もちろん顔も整ってて、とても愛らしいわね」


 頬に手を添えて、目じりを下げて笑うレティシアの言葉に、あまりほめられたことのないエルザは顔を真っ赤にするばかりだった。そしてレティシアは思い出したように

「ああ、そういえば家にも貴方と同い年の息子がいるの。仲良くして頂戴ね。アベルって言うのよ」

「俺はおまけかよ。母ちゃん」

と声変わり前だが、愛らしい男の子の声がした。


視線をうつすとどうやら彼は不機嫌らしく、だぶだぶのシャツにサスペンダー付きのズボンのポケットに手をつっこみながらぶすっと突っ立っている。そんな彼とエルザの視線があうと思いっきり睨み返された。


 すると、ごいん!と鈍い音が響いた。レティシアが思いっきりアベルの頭をぶん殴ったのである。あまり清楚でおしとやかそうな母親からは信じられない早業の暴挙に、エルザは目を丸くした。

「こら、アベル!アンタさっきからなんなの、その態度!アンタが怖い顔で睨むからエルザちゃんが怯えちゃってるでしょうが!」

「いってーな!このクソババァ!別に睨んでなんかねっつの!」


 頭をさすりながら思いっきり母親に牙をむく少年。それにひとしきり説教している親子を見てなんだかエルザはおかしくなってきた。最初はあまりの美しさに驚いて人間じゃないみたいに思ったが、なんてことない、彼らはごく普通の、どこにでもいる親子だったのだ。そう思うとおかしくて思わず吹き出してしまった。とたんに二人の視線が集まってきたので、またまた赤面症のエルザは頬を紅くして母親のドレスのすそに慌てて隠れた。それをみたエリシアが申し訳なさそうに謝罪する。


「ごめんなさいね。アベル君。この子ちょっと臆病で、怖がりだし、人見知りする子なの。だから不愉快に思ったら申し訳ないんだけど、勘弁して頂戴ね」

「べ・・別に俺は・・・もぎゅッ」

「いーのよ。エリシア。この子がぶっきらぼうで愛想なしで、ケンカふっかけるような目つきしてるのがいけないんだから」


 これ以上息子がよけいなことを言わないようにしっかりと口を手でおさえ、レティシアは笑顔でフォローした。そんな中、となりで息子が苦しそうにバタバタ暴れているのだが、あえての無視である。なんとなくこの親子の力関係が分かったような気がしたエルザだった。こうして村であとの噂でもちきりになるであろう美形の親子との初対面は幕を下ろしたのである。


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