第11話 咲かない桜

 3月に入り、試験勉強や模試に追われることが多くなっていた。

 ユリコ店長は旦那さんと一緒に転勤先に行き数泊していたようだが、この時期は私自身あまりシフトを入れてもらっていなかったこともあり気にすることなく生活できた。

 毎日予定でいっぱいだった。ボランティアに加えて、人と話す機会を作るために職業支援施設にも通った。たくさん動けばお腹が減ったし、色々考えると甘いものが欲しくなった。

 仕事に行かない代わりにFacebookでの投稿は増え、とくに甘いものを食べるとその都度画像をアップした。私は甘いものがとにかく好きだった。そんな私の投稿を見ていたであろうユリコ店長は、コメントこそしてくれることはなかったが仕事で会うたび、

 「なんかさ、甘いもの好きで画像アップしておいしそうにやってるのみると女の子みたいだねー!色々可愛いなーって思いながら見てるんだ実は!」

 ユリコ店長にからかわれた。

 塩野さんの一件以来、少し踏み込んだところまで会話が出来るようになっていた。

 ユリコ店長には妹がいてよく食べる人だということなど身内のことを話してくれた。

 ただ、決して家庭の話をしてくることはなかったし私も聞きたくないことだったから都合が良かった。

 ユリコ店長は私の名前の語尾に「子」をつけて女の子呼びにして笑ったり、血液型占いで私をからかったりと会えばそのたびに私をいじり倒した。

 女の子らしさに拍車をかけるように、私がユリコ店長に好きな色を尋ねられたとき、ピンク!と答えたことで益々女の子みたいだとからかわれたり、忙しかった私にとってはユリコ店長に会える日は癒しの時間だった。その影響もあってか、普段は気にすることがなかった路上に咲く色々な花に興味を持つようになった。色とりどりの花を見ていると不思議と気持ちが落ち着いた。

 ユリコ店長に花を見ると気持ちが良いということを話すと、珍しくからかわれなかった。

 「私も花が好きなんだー!良いよね。お花!見てると落ち着くよねー!」

 ユリコ店長が好きなことには敏感な私。もっともっと色々な花を見つけて積極的に話をしようと思った。

 既に桜が綺麗な季節を迎えて、どこを見ても桜が綺麗に咲いていた。

 消防の試験には体力試験も科されることからこの頃、体力錬成も始めていた。

 いつも同じコースをランニングするのだが、その日はなぜか違う道を走ってみたくなった。

 自宅から遠いところを周回するように走り、戻ってくる途中、自宅近くの公園を覗くと桜の木がいくつも立っていた。

 ここの木はどれも蕾はあるが咲くには程遠い状態だった。少し道をズレると周りの木は花を咲かせているのに、この周辺だけは違った。咲かない桜を見て自分に重ねた。

 警察がダメになった時、自分という桜が一瞬で散ってしまった。それでも、桜は毎年花を咲かせる。だから自分ももう一度花を咲かせるんだ。そう思っていたが現実は、二度と咲かない桜だと感じていた。それだけ明日の自分を迎えることが怖かった。ユリコ店長に会っている時間はいい。明日の自分のことなんて考えなくてよかった。

 むしろ彼女はまるで魔法使いのごとく、私を幸せな気持ちにしてくれた。

 それでも、彼女から離れると私は咲かない桜であることを自覚する。この桜に共感して写真を撮った。そしてFacebookに投稿した。

 『咲かない桜』と題して。

 仕事に行くと、ユリコ店長が投稿した写真について話してきた。

 「珍しい桜だね!まだ咲きたがらないんだ?!あとから目立とうとする遅咲きさんの桜かな?!」

 

 「あの桜もう咲かないですよきっと。蕾だけどんどん落ちてくダメな桜です。」


 「きみー。自分が咲かない桜だとか、この桜とおんなじだーとか思ってない?あのね、君は大丈夫。咲きます。というか、この桜も咲きます。綺麗に咲くために力を蓄えてるだけ!君だって満開に咲かせるために力をどんどんつけてるでしょー!だからそんな落ち込まないの!ね!」


 いつも前向きな返答をくれるのがユリコ店長だった。咲かないんじゃなくて力を溜めている。思いもしない表現だった。私の投稿から言いそうな話を先読みして回答を用意してくれてるのだろうか?そのぐらい彼女の回答にはいつも説得力があって背中を押してくれた。

 私も咲きたい。綺麗に咲いた姿をユリコ店長に見せて、喜んでもらいたい。

 

 桜のことを話した後から少しずつユリコ店長は私の投稿にコメントをしてくれるようになった。


 会えない時間もユリコ店長を感じることが出来るようになり、嬉しかった。

 メールアドレスも知らない。電話番号は知っていてもこちらからかけることはない。その中で唯一彼女と繋がることが出来るのは、私が投稿した時だった。

 私はことあるごとに投稿をするようになった。

 あの時投稿した一つ一つが彼女へ向けた投稿、すなわちラブレター感覚だったということを彼女は知る由もなかっただろう。

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