第9話 家族旅行

 仕事をする傍ら、ボランティアには相変わらず通わせてもらった。人が喜んでくれることがとにかく嬉しかった。自分の存在で誰かを勇気づけられる。それがとにかく嬉しかった。

 人脈も広がった。ボランティアに来る同年代の大学生達と色々な話もできた。猪田先生の周りの先生達とも関わることができた。校長先生を引退して不登校児の面倒を見ている人が多かったためいわゆるお偉いさん達から色々と社会について教えてもらったりもした。

 もっともっと人のためになりたいと思っていた私はボランティアの幅を広げた。政令市のアピールになればとの思いで市が企画したイベントのボランティアにも顔を出した。イベントで撮影した風景写真などをFacebookにアップしては来るコメント一つ一つに返信した。ただし、ユリコ店長に嫌われてしまいたいという想いもあって、チャラ男を象徴するような返信をし続けた。

 仕事にも変化があった。店の近くで催事イベントとして出店が決まったらしい。ユリコ店長は2ヶ月近く、催事イベントで勤務するとのことで会う機会がめっぽう減った。

 この頃には私も店の従業員達から受け入れてもらえていたため、特段人間関係での苦労はなかった。唯一の男だったが女の世界にいると自分も少し可愛らしく変化していった気がしていた。

 ユリコ店長は催事出店に備えてメイン店舗と催事出店での短期アルバイトを各1名募集することにしたとのことだった。

 なぜかユリコ店長に進言した自分がいた。

 「男の従業員とかは辞めた方がいいですよ!短期で真面目になんて出来ませんから!」

 完全に2ヶ月他の男にユリコ店長をとられたくないという思いから発言した。

 その思いが通じたのか2人の女性をユリコ店長は短期で採用した。

 

 ユリコ店長とは会う機会が圧倒的に減った。

 それでも店に顔を出してくれる時間があった。もっとも、店に顔を出してくれる時のユリコ店長は反則だった。

 店の従業員は制服が至急されていたため皆制服で勤務をしていた。しかしながら催事場は私服での販売ということになっていた関係で当然、ユリコ店長もこの時期は私服勤務だった。

 私服で現れるユリコ店長は控えめに言っても女神だった。

 「ごめんねー。こっちのお店も忙しいのに空けちゃって。堀さんにいじめられてない?勉強もちゃんと出来てる?応援してるからね!」

 と優しく声をかけてくれる日もあれば、

 「きみさー、やっぱり納得出来ない!何あのFacebookのコメント!女の子にね、かわゆしとかそんな思わせぶりな発言したらどうなるかわかってる?!そんな気もないくせにそういうチャラチャラした発言するのほんっとやめて!!そういうの私大っ嫌い!」と怒り出す日もあった。


 そして催事も佳境を迎えたころ、島田さんからユリコ店長の近況報告を聞いた。

 「なんかね、店長単身赴任に決めたみたい。3月に何日間かついて行くから休むってさ。でね、来週辺り家族で沖縄行くんだってさー!単身赴任になる旦那さんと離れる前に家族で旅行ってなんかいいよねー!」


 この頃には何を言われてもある程度の覚悟が出来ていた。ユリコ店長には2人の娘がいた。8歳と4歳の女の子。きっと幸せな家族が離れ離れになるんだから育ち盛りの子を、寂しくさせないために家族で思い出作りに行くんだろうと心の中でなんともいえない気持ちで理解した。

 いや、実際は私も連日のように実施された模試や数々の公務員試験を受けるために忙しくしていたこともあってユリコ店長のことは霞んでいたのかもしれない。はたまた会う機会が減ったことで気持ちが落ち着いていたのかもしれない。いずれにしてもこの時にはユリコ店長がとる行動に落ち着いて対処できたと思う。


 沖縄に旅行に行くと知ってから、ユリコ店長が下の子を連れてきた。なんでも少しの時間、面倒を見ていてほしいということだった。

 なんとも不思議な気持ちだった。目の前に好きな人の子がいる。もしも私がユリコ店長を略奪なんてことがあればこの子を養っていくのかな?なんてことを考えながらユリコ店長に嫌われたくない思いでその子に接した。ボランティアで数々の子と遊んだ経験を今ここで!そんな思いで構い続けたが途中でバカらしくなった。

 好きな人の子、でも自分の子じゃない。しかも大好きな旦那さんとの間で生まれた愛の結晶。あの男勝りなんだけど可愛いユリコ店長がその旦那の前では女の顔になって、喘ぎ声をあげて生まれた子。そんな思いがどんどん湧き出るうちに、自分でも気持ち悪くなってきた。呼吸が早くなる。苦しい。

 トイレに駆込み荒ぶる呼吸を落ち着かせた。

『自分は絶対に幸せになる。ユリコ店長以上に素敵な女性と恋に落ちて絶対に幸せになる。』

そう言い聞かせて、売り場に戻った。ユリコ店長がいた。

 いっそこの人を嫌いになってしまおう。そう思うことにした。態度にも出すことにした。ツンケンした態度をとればこんなに辛くならないと思った。

 でも、考えれば考えるほどどんどん好きになっていった。

 止められないこの思いを抑えたくて失恋ソングをたくさん聴いた。

 毎日、泣きながら勉強していた。

 そしてユリコ店長は沖縄旅行から帰ってきた。

 誰もユリコ店長の沖縄旅行についての記録を教えてはくれなかった。ユリコ店長が話さなかったのか、私に言わないようにしていたのかはわからなかったが、ユリコ店長が買ってきた好きでもないチンスコウを食べながら過ぎたことを忘れようと思っていた。

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