第8話 彼女募集
年末年始、家族がヨーロッパへ旅行に行ったのをきっかけに数日間、久々の一人暮らしが始まった。
「今日会える?」
ミカンからメールがきた。
ミカンとは高校時代からの仲だった。高校は違ったけど同じB型、お互いダメな恋愛しかしてこなかったなど共通する部分が多く、異性のことについてどう思うものなのかを相談し合う仲だった。私にとってミカンは恋愛の師匠だった。
ミカンといつものように恋バナが始まった。
私がユリコ店長を好きなこと、ユリコ店長には家族があること、15歳差を感じさせないほど可愛すぎること。ユリコ店長とは付き合っていたわけじゃないのに惚気た話ばかり一方的に私は話した。そんな私の話を黙ってミカンは聞いていた。
「そんなに好きなら絶対に諦めたらダメ。家族ある人を奪ったらダメとか世間はいうけど、あなたの想いは本物だと思う。きっとその店長さんはあなたと一緒になったら幸せになれると思う。だから絶対に掴みなさい。どん底から上がってきたって感じがしてきたじゃん!逆に私は、、、見てよこれ。」
ミカンが腕を捲ると青いアザが無数にあった。聞くと兄から暴力を受けたという。
ミカンには私に起きた身の回りのことをとにかく全て話していた。ミカンも同じように身の回りの出来事を教えてくれていた。
幸せそうに話す私とは裏腹に、ミカンは今現在不幸だと言わんばかりの状況だった。自分勝手に話し続けた私を責めたが時既に遅し。彼女にも自信を持ってほしいと思った。
そこで私は彼女を励ますためにミカンの写真を撮りFacebookに投稿した。
大学時代の友人や先輩たちからすぐにコメントがきた。
《綺麗な子じゃん》
《連れてこい。会わせろ!》
《え、彼女?》
どのコメントよりもまず、彼女ということは否定するコメントをした。恋愛感情はお互いに全くなかった。
「ほら、ミカンも自信持ちなって!モテるじゃん!きっと良いことあるって!」
男社会を生きてきた私にとって、励ますためには見た目が褒められればとりあえず自信が出る!というなんとも阿呆らしい考えでとった行動だった。そこに深い意味はなかったがミカンは違った。
「店長さんとFacebookで友達なんでしょ?見られてたら良い気分しないんじゃない?さすがにあなたがそんなに好いてたら店長さんだって何か感じてるんじゃない?だって、Facebookで友達になんて普通ならないでしょ?」
女性側の視点で物事を話してくれた。だけど、今更投稿を消すというのもおかしい感じがした私はそのまま投稿を残すことにした。そしてミカンにこう告げた。
「そういうものかなー。だって、ユリコ店長は俺に気なんてないと思うよ?他の人から聞くのは家族と楽しそうに過ごした話とかそんなのばかりだよ?逆にさ、じゃあ気があるならこの投稿見てヤキモチ妬いてくれるかな?それならそれでいいじゃん!俺にも脈ありってことでしょ?!」
「え、それって私も巻き込まれるじゃん。無理無理!なんであなたの好きな人に喧嘩売るようなことしなくちゃならないの!!ほんとそれはおかしいって!」
ミカンはなおも消すように言ってきたが、私はユリコ店長の気持ちが知りたかった。私に対して恋愛感情があるなら何か動きがあるはず。そんな期待が不安よりも勝っていた。
ミカンには消しておくと告げて会計をし、自宅に帰った。
次の日、店に出勤するとユリコ店長が先にいた。
挨拶をして業務に就く。ここまでで何も反応はなし。
いつもより口数は少ないかな?と思いつつも、むしろ後ろめたさで様子を伺う私の方が口数を減らしている気がした。特にFacebookの写真について会話が出ることもなく、いつものようにユリコ店長との時間が進んだ。
島田さんが出勤してきた。島田さんの出勤のタイミングでユリコ店長が休憩に行った。
いつものように島田さんにユリコ店長の近況調査を実施した。
「どうですか店長、最近はなにあったとか言ってました?」
「店長ねー、大変みたい。少し落ち込んでなかった?」
「いや、別にそんな風には見えなかったですよ?」
私の投稿で気に病んだと思っていた。やはり脈ありという筋で正しいのかもしれない。そう思いながら島田さんの話に耳を傾けた。
「なんかね、店長の旦那さん転勤するんだって。単身赴任になるか、子供のためについて行くかみたいな話になってるみたい。単身赴任の流れになるみたいだけどね。なんか落ち込んでるから旦那さんのことほんとに想ってるのかもね。転勤の準備の時は何日か休みとって子供を実家に預けてついてくみたいなこと言ってたわ。あんた店長疲れてるんだからしつこく近付いて話しにいって困らせたらダメだからね!」
島田さんの話を聞いていた時私はどんな顔をしていただろう。頭の中で整理出来ないほどの事態が起きていた。心の中で独り言を呟いた。
『転勤についていく?もう会えない?旦那さんを想ってるから落ち込む?あれ?俺のやってたことなんてそもそも眼中にすらない?え、そもそも子供を置いて2人で行くって夜はきっとそういうことだってするんだよね?あ、ダメだ。想像すると苦しい』
その瞬間、洗脳されていた当時の自分を思い出した。洗脳されていたとしても近くに誰かいることの安心感、寂しさを紛らすための相手が欲しい。そう思うと無性に誰かに縋りたくなっていた。
ユリコ店長が休憩から戻ってきた。朝とは打って変わって笑顔で私に話しかけてくる。
「どう勉強は?!頑張ってる?なんか色々充実し始めてきてるかな?」
「まあ、普通です。最近はそうですね、そろそろ彼女欲しいとか思ってるんですけど中々相手がいなくて。」
思わず口走った。嫌な性格の自分が顔を出す。逆走状態突入。こうなるともう止められない。
ユリコ店長が私の言ったことに回答する。
「人の出会いって、学生時代の人が8割、それ以外が2割なんだってさ。なにってことはないけどそういう統計があるみたい。だから紹介って難しいのかもよ?」
「へー。じゃあ桶谷店長はどっちの方なんですか?8割?2割?」
棘のある返し方だ。
「私はぁ、学生時代の同級生だよ。私実は結構昔からモテるんだよ!見た目と違って男前な性格って言われてなんか違うって思う人もいるみたいだけど!会社の先輩とかも泣かせたことあるから!」
そう言うと、側で聞いていた島田さんが
「店長わかるー!なんかやることカッコいいですよね!わかるわー!店長面白い!」
2人でゲラゲラ笑っていた。
そんな2人をこれ以上見ているのが嫌になった私はそそくさと2人に「休憩に行ってきます。」と告げてその場を離れた。
この日から私の彼女募集作戦が始まっていった。
まずは積極的に紹介を求めた。何人かの女性と会うことになった。
また、Facebookでも積極的に女性を口説くようなコメントを多用した。
とにかく誰でもいい。私の側にいてくれる人を募集した。
そしてそういった出会いがありそうな時には積極的にユリコ店長や他の従業員に告げた。自分は今彼女を募集していて色々していると。
時には飲みに行くと嘘をついたこともある。
実は警察官の採用がダメになったとき、完全に酒を絶った。自分に戒めのつもりで絶対に飲まないと誓った。そのことをユリコ店長も店の従業員も誰も知らない。チャラチャラしたろくでもない男としか思っていないだろう。
ただし、いざ私に興味がありそうな人間に出会うとその先というか一歩前には出られなかった。
どん底に落ちた自分の影が私に話かける。
『自分が何をしたのかわかってないのか?お前は幸せになんてなっちゃいけない。孤独と付き合うしかないんだ。お前は孤独。人生をダメにしたろくでもない奴なんだから』
何よりも他の女性に会えば会うほどユリコ店長の顔が頭に浮かんだ。他の女性と会話をすれば、ユリコ店長の透き通った高めの声を聴きたくなった。
そして結局、彼女は出来なかった。
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