第7話 スマホ
外はすっかり冬景色になっていた。
初めて出た給料でお腹いっぱいご飯を食べた。
この時期、払い続けてもらった借金が終わっていた。
いつものように仕事に行くとユリコ店長がニコニコしながら話しかけてきた。
「きみ凄いよ!なにあのメモ!凄くわかりやすいし、ちゃーんとメモしてくれてるね!あんなにちゃんとメモしてる人見たことない!凄いねー!」
左手の薬指をキラキラさせながら言ってくるユリコ店長。なんとも言えない感情もあったけど、それでも内心は嬉しさではち切れそうだった。ユリコ店長に褒められた。そのことが嬉しくてたまらなかった。
店長のことを想うあまり書いていた内容だとは言えるわけなかったけど、誰よりもユリコ店長が喜んでくれることが嬉しかった。
店長に旦那がいようと、子供がいようと関係なかった。私が彼女を好きなのだからそれでいい。そういう気持ちだった。
そしてこの日、ユリコ店長が島田さんや沖さんと何やら楽しそうに話していたのを盗み聞きした。
ユリコ店長は私が異性だからか、歳の離れたただの従業員だからか、決して家族の話や近況についての話はしてこなかった。だから身の回りで起きていることは誰かとの会話を必死に聞き耳を立てて聞くか、ユリコ店長のいない日に島田さんや中山さんから聞くしかなかった。
「えー、店長携帯変えたんですか?!いいですね!」
沖さんがいう。
「スマホねー!使い方よくわからないんだけどさー、とりあえずFacebook?とかは登録したんだよねー。」
ユリコ店長がなにやらよくわからない単語を話している。
「店長ネコも買ったんですよねー!可愛いー!」
島田さんもユリコ店長を持ち上げる。
Facebook、、、巷で流行っているアプリだ。
自分のアカウントを作成して色々な人と繋がることができるアプリ。当時はmixiやモバゲーが主役だったが、飛ぶ鳥を落とす勢いで普及していたのがFacebookだった。
なるほど。探せばユリコ店長にヒットして繋がれる。そんなことを考えた。
そして話題を合わせるためには私もスマートホンに変えるしかない。思い立ったが吉。次の日、スマホに機種変更した。
ユリコ店長より先に使いこなして話題にしようと思った。彼女よりたくさんのことを知っている自分というものをアピールしようと思った。全ては彼女のために。それが私の生き甲斐だった。
そして、いよいよチャンスが巡ってきた。
「桶谷店長!俺、最近スマホに変えたんですけどFacebookやってますか?」
「おー、きみも変えたか!私もスマホにしたんだよ!Facebookもやってるよ〜!」
「店長の名前探しても出てこないです。名前は?どんな風に探したら出てきますか?」
「えー、教えなーい。ていうより多分見つけられないんじゃない?」
「そんなー、教えてほしいのに。」
結局その日、教えてもらうことができなかった。
相手にされていないと感じた。15も違うとあっけなくあしらわれても仕方ないのかもしれない。そもそも恋愛対象として見ているのは私だけであって、彼女にとっては一従業員でしかないのだと思うとその日に見える景色はほとんどが地面。つまり顔が上がらなかった。
それから数日経ったある日、ユリコ店長から電話が来た。
「昨日大丈夫だった?堀さんにいじめられたんでしょ?というより前から色々されてたんだって?どうして言ってくれなかったの?気付けなくてごめんね。嫌だったよね。しかも、私が休みの日にされるんでしょ?他に何かされてない?」
当時、堀さんという年頭のおばさんは、自分のミスを全て私のせいにしていた。そしてそのミスを堀さんのでっち上げだということを私は誰にも言わなかった。誰が言ったかとか、誰が何をしたとか、私には関係がなかった。起きたことには対処するだけ。そう考えていた。でもその日、堀さんは自分のミスであるにも関わらず私のせいにするだけでなく、私に対して「なんでそんなこともできないの?というか自分でしたことわかってる?!」と私にくってかかってきた。何も言い返さなかったが、恐らくその光景を見ていた他の従業員がユリコ店長に報告したのだろう。
私は落ち込んだつもりはなかったが落ち込んでいると。
私はユリコ店長に迷惑をかけたくなかったことを伝えた。
そしてその日、ユリコ店長の電話番号を電話帳に登録した。
思えば従業員なのに店長の連絡先も知らなかった。店の電話からかけてくれば事足りていたからかもしれない。
でもその日、間違いなくユリコ店長のあのスマホから私に電話が来たのだ。
嬉しさのあまり、電話帳の中のお気に入りボタンを押しだ。
【桶谷店長】ではなく、【ユリコ店長】と。
結婚して相手の苗字を名乗っていることを受け入れたくなかった。
それからは朝のオープン前のペアはユリコ店長と組むことが多くなっていた。
朝の時間が被ることが多くなると会える時間が長くなるだけでなく、店までの道のりでイヤホンを付けてお気に入りの曲を聴いて歩いていると横からスっと顔を出して挨拶してくれる可愛い顔を拝めるようになった。
ユリコ店長が朝、私を見つけては一緒に仕事へと出勤するようになっていた。他の誰ともそんなことはなかった。ユリコ店長との時だけ、一緒に仕事に行くことができた。
ほんとうは心配してくれる電話越しの声を聞いた時、そのまま「あなたのことが好きです」と言いたかった。
彼女を独占したいと思うようになっていた。他の誰でもなく、私だけを見てほしいと。叶わない願いだとわかっているからこそ、願った。
そして、ユリコ店長からFacebookの友達申請がきた。すぐに承認した。
その日、夜空を見上げると月よりも輝く星があった。その星は右へ左へ動いて突然消えた。
UFOというものを初めて見た。宇宙人も浮かれた私の顔を見にでも来たのかな?そう思えるほど気分が高揚していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます