第79話~オーバーワーク~

インターハイ予選二日目。


美桜は前日の試合の結果を糧として、緊張は多少なりともあるが、初日ほどではなく、峰岸君の言葉や応援に来てくれた人達の言葉を胸に二日目の試合に挑む。


この日も個人戦は午前中で団体戦が午後に控えており、美桜が出る個人戦の二回戦は今日は三試合目と初日より早い。

美桜は早めに準備を済ませ、試合開始に間に合うようにストレッチや自主練で体を温める。


二日目は原さんや峰岸君は家の予定があり来れないとの事で応援は初日よりも少ないが美桜のファンや親衛隊の人達が来ており人数はいる方だ。


美桜達空手部は最終日まで残る為に全力で己の力を発揮する。

そうした中二日目の個人戦が着々と進んでいき、美桜も主将も勝ち残り最終日まで残る事が出来た。


午後の団体戦では美桜が調子を少し崩し、苦戦を強いられながらも主将や後輩達皆の頑張りがありどうにか勝利する事が出来た為、こちらも最終日まで勝ち進むことが出来た。



――インターハイ予選最終日。


いよいよ気合の入れどころの最終日がきた。

最終日な事もあり応援に来る人は初日や二日目に比べても一段と多い。

美桜のファンや親衛隊の人達、原さんや峰岸君もこの日は応援に駆けつけてくれた。

美桜の両親達も午後の団体戦に間に合うように都合をつけてくれた。


午前中の個人戦で美桜の試合は5試合目だ。

それまで少し原さんと峰岸君とおしゃべりをしていた。


「美桜ちゃん、最終日…いよいよだね。こっちが緊張するよ~。」

「私も少しだけ緊張してます…でも、いのりちゃん達が見ててくれるので安心して戦えます。」

「美桜ちゃん、そんな発言したら嫁にもらいたくなるよ。」

「ダメだよ、原さん。それは僕のセリフ。」

「はいはい、ご馳走様です。ほんとラブラブだなぁ。ところで美桜ちゃん、この最終日勝てば夏休みのインターハイ本戦出場なんだよね。」


原さん達と話している中で峰岸君のさらっと発言した内容に少し頬を赤らめる美桜。

そんな美桜にお構いなしに原さんは話しを振った。


「そうなんです。インターハイという事で今年は参加人数が多かったみたいで、予選と本選で分かれてると顧問の先生が言っていました。」

「そっかぁ…夏休みはいよいよ本選かぁ。それも全然実感ないなぁ。まさか美桜ちゃんが空手をするとは思ってなかったから。……試合、無理しないでね。」

「はい!ありがとうございます!そろそろストレッチと自主練行ってきますね!あと、他の学校の方の試合も少し見たいので、これで失礼しますね。また後で!」


美桜は原さん達とおしゃべりしながらも時間を見て試合の準備に入る為笑顔で原さん達に別れを告げた。


その場に残った原さんと峰岸君は美桜の背中を見送り二人だけで会話をした。


「……ねぇ、峰岸君…。美桜ちゃんの様子いつもと違うように思わない?笑顔で元気なんだけど…。」

「それ…初日も少し思ったんだ…。一ノ瀬さん…緊張からくるもので大丈夫としか言わなくて…。ずっと様子を見ているんだけど…全然ダメだ。試合は数分で終わってしまうから何も出来なくて。今は一ノ瀬さんを見守るしかなくて、何も出来ない自分が悔しいよ…。」


原さんや峰岸君は美桜の様子に違和感を感じていた。

だが、本人が笑顔で元気に振舞うので初日から少し引っかかっていた峰岸君は何も出来ずにいる事に悔しさで唇を噛む。


「……本当に美桜ちゃんの事、大好きなんだね…妬けちゃうなぁ。美桜ちゃんを近くで見てきたのに。なんか…急に目の前に現れた元カレに取られた気分とはこの事?」

「僕に聞かれても…。それにその例えはちょっと体験したことないからなんとも…。」

「あはは…だよね。美桜ちゃんを泣かせるような事したら私が峰岸君をひっぱたく。」

「…うん。そんな事にはならないから任せて。」


お調子よくしゃべっていた原さんの急な低い声の物言いに少し驚くが峰岸君は真っ直ぐに言い切った。

それを聞いた原さんは安心したような満足そうに笑い、二人は美桜を幸せにする為に協力関係を取る事にしたのと同時に、もし美桜が今回の大会で何かを隠していても本人がそれを見せない限り見守ると決めた。


そんな会話がされていたとは知らない美桜は個人戦に向けて準備をしたり他行の試合を見て参考にしていた。


体も程よく温まった頃、美桜の試合の時間が近づいた為、待機場所に行き深呼吸をして入場を待つ。


「(……この試合に勝てば…。絶対に勝って本選に行きます。………ぇ……手が……冷たい?緊張のせいでしょうか…それに…震えも…いえ、武者震いというものです。大丈夫、やれます。)」

美桜は自分の手の冷たさと震えに一瞬驚いたが、武者震いだと振り払い目の前の試合に集中する事にした。


美桜の試合時間がきて入場の指示が出た。

美桜はグッとこぶしに力を入れ顔を引き締めて試合に挑んだ。


試合開始の笛が鳴り、心を落ち着かせ一つ一つ攻防を繰り出す。

勝ち残りたいという美桜の意思に反してだんだん体が思うように動かせなくなってきた。

美桜は少し戸惑いつつも、冷静に相手の攻防に対処して、自分も攻防を続ける。

点を取ったり、取り返されたりしながらも試合終了ギリギリに美桜が技を入れて点が加わり何とか勝利した。


この試合を見ていた皆がいつもの様子と違うとハラハラしながら見守り勝利を願っていた。


美桜の試合が終わり心配していた原さんや峰岸君、主将が美桜に駆け寄り様子を聞く。

当の本人は笑顔で平気だと、次の試合も出ると強く伝える。

皆は心配しつつも美桜のやる気に強く言えずにいた。



―――場所は変わり、一ノ瀬家

バイトを予定より早く終えられた兄が帰宅した。

「(今は…12時30分を過ぎたとこか…。店長が気をきかせてくれて早く帰れてよかったな。たしか午後は13時30分って言ってたな。なんとか午後の試合に間に合うな。)」


兄は今の時間と美桜の試合時間を確認しながら準備する為自分の部屋に向かう。

兄の部屋に行くまでに美桜の部屋の前を通るのだが、美桜の部屋の前に紙の束が落ちているのを気づいた兄が拾い中を開いて見た。


「……なんだよ…これ…。あいつ…こんな事してたのか…。いつからだ?…いつからこんな…。父さんと母さんに連絡を…。」

紙の束に書かれていた内容を見た兄は愕然とした。

その内容を把握した兄は慌てて両親の携帯に連絡を入れる。


紙の束に書かれていた内容、それは美桜が作った自主練のメニューだ。

睡眠から食事の時間等の日常生活から筋トレや型の復習等空手に関するものまで事細かに書かれている。

だが、明らかにオーバーワークともいえる内容に兄は慌てたのだ。


兄が必要最低限の準備が終わり家を出ようとした時、玄関のチャイムが鳴った。

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